33 入国審査
他国から品物を仕入れて帰ってきた商人の馬車、反対にシュベルクランに仕入れにきた商人の馬車。そういった馬車に混じって、関所に並ぶ。
程なくわたしたちのキトキト馬車は取り囲まれた。商人さん達に。
「おいこれはリガルの絵じゃないか?!」
「食器の絵付けしかしなくなったと聞いていたが、馬車に絵?!」
「なんで馬車に絵が……?」
「貴族の馬車……じゃないのか?! どういうことだ」
「馭者はどこだ? 中の人と話がしたい!」
貴族は別の入り口を使うらしく、シュベルクランでは時価数億らしいリガルさんの絵に注目が集まっている。
そんな商人達も、馬車を引いているシロとクロに気づくと、二匹が馬ではなく明らかに魔物なことに、シン……っと静かになって、遠巻きに様子を見るだけになっちゃった。
「リガルさんて、画家さんだったの?」
窓のカーテンを閉めた馬車内で、アシャールさんに聞く。
「そうですね、昔は。貴族達に戦争画ばかり描かされて、嫌になってアオリハで磁器の絵付けをはじめたんですよ。この大きさの絵画は百年ぶりですかね。もっとも絵だけでなく、彫刻やら……描いたり彫ったり捏ねたり、何でもする人ですよ」
「わぁ……」
マルチなアーティストさんだったのだわ。
そんなおしゃべりをしている間に、入国審査の順番が来た。
神官服を着たアシャールさんが馬車を降りる。その後をムウを鞄に入れて頭にピホを乗せたわたし、ミケ子を鞄に入れた奈々美さんと続いた。皆、虫の垂れ衣付きの菅笠を被っている。
そしてアシャールさんが馬車を空間収納に仕舞って、キトキトコンビが後に続いた。
「こちらが事前申請した入国許可証になります」
「冒険者証も持っているなら提示して貰おうか」
わたし達は全員冒険者証を入国審査員の兵隊さんに手渡した。
じっと手を見られたわ。あれかしら、眼鏡のギルド長さんが言ってた、仕事のしてない手って思われたのかしら。
兵隊さん達は慎重に冒険者証の情報と入国許可証の情報に間違いがないか確認してますよ。そういう仕事熱心で真面目な様子を見ると、コンビニでアルバイトの札付けた方のレジに並んだ時のように、ゆっくり頑張って〜と応援したいような気持ちになるわね。
「顔を見せていただきたい」
あら、なんだか口調が丁寧になったような?
冒険者証を返して貰うと同時に、布を上げて言われた通りにする。
兵隊さんは確認が終わると、上官さんのところへ何か報告に行った。
キトキトコンビのキトキト耳がぴくぴく震え、兵隊さん達の会話を聞き取って、キトキトと教えてくれた。
「第四皇妃の弟、アシャール神官で間違いないようですが、連れの二人は平民じゃないかも知れません。どうしますか?」
「何故そう思った?」
「貴婦人のような手で冒険者とも労働者とも思えません。それに待っている間も背筋が真っ直ぐなんです。無駄に動き回ったり見苦しい姿勢になることもない。平民の所作じゃありません」
「伯爵令嬢からは、アシャール神官が来たら捕らえるよう言われているが、連れの方は逃すか……」
「しかし王宮からは、すぐに出向くように伝えろと伝達が来ているんですよね? 関わらない方がいいんじゃないですか」
「キットキト」(と、話てるの)
「キトキット」(話してるの)
なるほど。大人しく並ぶ日本人の性質と、わたしは腰痛と肩凝りの防止に、奈々美さんは多分美容的に、姿勢に気を遣っていたことが、思わぬ誤解をよんでいるわ。
なんとなくそんなものかと深く考えてこなかったけど、たまごの仲間たちの言葉が理解できるの、迷い人にライ様が与えてくれる言語を理解する祝福のお陰みたいなのよね。アシャールさんはわたしと魔力の一部を交換している影響で、理解できてるみたい。
アシャールさんは兵隊さん達に声をかけた。
「皇宮に出向くよう伝達があったのでしたら、そうしますよ。もう行っても宜しいですよね」
兵隊さん達はハッとして、アシャールさんを見た。
「まさか、ここからの声が聞こえていたのか……」
アシャールさんがわたしをひょいとシロに乗せると、それを見た奈々美さんも素早くクロに飛び乗る。
兵隊さん達が、あっ……という顔をした時にはもう、アシャールさんはわたしの後ろに乗っていた。
「こちら三人分の入国税です。全部見落とさず拾ってくださいね」
大量の銅貨を勢いよくばら撒いて、アシャールさんはシロを走らせる。もちろんクロも付いていくし、兵隊さん達が必死の顔で銅貨を拾いはじめた。
銀貨じゃなくて銅貨ってところが性格悪いと思うのよ。
国境の領地を抜けたところで、人通りの少ないところを探してキトキト馬車を出す。
ちゃんと準備して、手順を踏んで入国してるはずなのに、何故こんな追われてるような感じになっちゃうの?
「国境を警備する辺境伯は王妃側の派閥なので、どうやら私を捕らえたかったようですね」
「そうなんだ」
「そうなんだ……じゃ、ないですよ香子さん。アシャールさんを捕らえたがってたのは、伯爵令嬢なんですよね? ご令嬢、手を出してたんですか?」
のんびり納得したわたしと違って、奈々美さんは鋭く切り返した。
アシャールさんは目が笑ってない笑顔を浮かべる。
「奈々美さんは体調のせいで気が立っているようですね。ヴァレ茶を用意しますので、ベッドルームでゆっくり休んで下さい」
「つまりお付き合いがあったと?」
わたしは奈々美さんにヴァレ茶を渡し、自分とアシャールさんにはパナマ草茶を用意してアシャールさんを見た。
アシャールさんは深いため息をついた。
「誤解なきよう言っておきますが、そのような関係は一切ありません。この見た目で多くの女性と関係があったように誤解されがちですが、私は至って香子以外にこの身を許したことはありませんよ」
「待って! いつ身を許されたのか、わかんないわ」
「出会った翌日に、私に熱い抱擁を求めてきたのは誰でしょう?」
「え?! あれ? …… …… ……あれね! そうね! ぎゅってしたわね」
初めてアシャールさんの手料理を味わって、感動した勢いのあれね。
あれで?! などとは言わない。言えば沼に嵌る。あぶない誘導尋問だ。うっかりすると本当にどこまで身を許されてしまうか、わかったもんではないんだわ。
アシャールさんのことは大事だけど、それとこれとは話は別。体力ないので今更肉体的な男女の愛は、ぎゅっとするまでで充分。魔力なら好きなだけ交わらせても良いけど。
でもアシャールさんがどこまで望んでいるのかわからない。
わかんないのよねぇ、本当に。
夫婦だから当然……と迫って来ることは全くないので。
あの雨の夜の口づけだけが、例外だった。
「しかし皇宮に呼ばれるとは、面倒ですね」
アシャールさんはちょっと険しいお顔になりましたよ。
「でも大神官様がそうだったように、お姉さんもグランヒュームでアシャールさんが死んだと思ってたんじゃないの? だったら会いたいと思うんじゃないかしら」
「姉が私を呼び出す時は、皇宮ではなく、お亡くなりになった前皇后の離宮を使用していました。ですので、皇帝からの呼び出しかと」
奈々美さんは膝の上のムウを撫でながら聞いた。
「グランヒューム王国の様子が聞きたいんじゃないんですか? 勇者召喚ってどの国も警戒してるんですよね?」
「確かにそうですが、皇帝ともあろう者が、わざわざ嫌いな者を呼び出して聞く必要はありません。宮廷で宰相なりに対応させれば良いのです」
この国は皇帝の居住区や謁見の場が設けられているのが皇宮で、政務に携わる部署があるのが宮廷らしい。
つまり皇宮への呼び出しは、そのまま皇帝の元に参じるようにとのお達し。
まあ、呼び出されたのはアシャールさんだし、わたし達はその間に宮廷で土地購入の手続きについて聞いたりとかすれば良いかしら。
そんな風にのんびり考えいてました。この時までは。
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