番外編③:誕生――新たな時代の子
それから十か月近く。
ルドルフとムエルタの間には、もうすぐ新しい家族が増えようとしていた。
「ルド……!」
「ルタさん!?」
ある夜。
ムエルタが突然、腹部を押さえた。
「……き、来たかもしれない」
「えっ!?」
「赤ちゃん……生まれる!」
「よ、よし! 落ち着け俺! 落ち着け……!」
「ルド、私より慌ててない?」
「だ、だって俺、父親になるんだぞ!?」
「ふふ……」
しかし、次の瞬間。
「……っ!」
「ルタさん!?」
ムエルタが苦しそうに顔を歪める。
「冗談言ってる場合じゃない! すぐ産婆さんを呼んでくる!」
「お願い……!」
ルドルフは大急ぎで家を飛び出した。
⸻
それからしばらくして――。
「うぅぅ……!」
「頑張ってください、もう少しですよ!」
「ルド……!」
「ここにいる! 俺はここにいるからな!」
「絶対……手、離さないで……!」
「離さない!」
ルドルフはムエルタの手を強く握る。
「俺も一緒にいる! だから頑張れ!」
「うぅぅぅぅ……!」
そして――。
「もう少し!」
「頑張れ、ルタさん!!」
「――っ!!」
「……!」
次の瞬間。
部屋に、小さな産声が響き渡った。
「……おぎゃあ……おぎゃあ……!」
「…………」
ルドルフは呆然とする。
ムエルタも息を切らしながら、その声を聞いていた。
「……生まれましたよ」
「……赤ちゃん」
ムエルタの目から涙がこぼれる。
「……私たちの子……」
「……ああ」
ルドルフも目を潤ませながら笑った。
「俺たちの子だ……!」
産婆が小さな赤ん坊を二人の前へ連れてくる。
「男の子ですよ」
「男の子……!」
「……男の子か」
ルドルフはそっと赤ん坊の小さな手に指を差し出す。
すると――。
きゅっ。
小さな手が、ルドルフの指を握った。
「……!」
「ルド?」
「……握った」
「ふふ……」
「俺の指、握ってる……!」
ルドルフの目から涙が溢れた。
「はは……こんなに小さいのに……ちゃんと俺の息子なんだな……」
「うん」
ムエルタも我が子の頬を優しく撫でる。
「……可愛い」
「……ああ」
二人はしばらく我が子を見つめていた。
そして――。
「……名前」
「うん」
「もう決めてたよな」
「うん」
二人は顔を見合わせる。
「『アルト』」
「……アルト」
「人間と魔族――二つの種族の間に生まれたこの子が」
ムエルタは我が子を胸に抱く。
「いつか二つの種族を繋ぐ存在になってくれたらいいなって」
「……人間と魔族の調和を保つ存在」
ルドルフも頷く。
「いい名前だ」
「うん……」
ムエルタは優しく微笑む。
「アルト」
「……お前は、人間でも魔族でもある」
「どちらかを選ばなくていいんだ」
ルドルフが続ける。
「人間の父ちゃんと、魔族の母ちゃん」
「その両方の血を受け継いでるんだからな」
「……だから」
二人は同時に我が子へ語りかける。
「自分らしく生きろ」
「アルト」
「私たちがずっと見守ってるから」
「……うん」
アルトはまだ何も分からない。
ただ、小さな手を握りしめている。
その小さな命こそが――。
数百年に及ぶ人間と魔族の争いが終わった時代に生まれた、最初の世代の一人だった。
⸻
そして翌日。
両家にもアルトの誕生が伝えられる。
「男の子かぁぁぁ!!」
ルドルフの父は大喜び。
「俺の初孫だぞぉぉぉ!!」
「もう、お父さんったら!」
母も涙を流しながら笑う。
一方、ムエルタの父は――。
「……男の子」
「はい」
「……俺の孫」
しばらく黙り込んだ後、
「……よし!」
「お父さん?」
「俺が立派な農家に育ててやる!」
「そこは本人が決めるんじゃない?」
母が苦笑する。
「……そうだな」
アルトの写真を見つめるムエルタ父
「だが、あの子がどんな道を選ぼうと……俺はあの子の味方だ」
母も微笑んだ。
「ええ。私たちみんな、あの子の味方よ」
⸻
その日の夜。
農園の小さな家。
ムエルタは眠っているアルトを胸に抱き、ルドルフと並んで窓の外を見る。
満天の星空。
「……綺麗だな」
「うん」
「昔はさ……」
ルドルフが静かに呟く。
「人間と魔族が、こんな風に一緒に暮らせる日が来るなんて想像もできなかった」
「私もだよ」
「でも……」
ルドルフはアルトを見る。
「この子が大きくなる頃には、それが当たり前になってるといいな」
「……きっとなるよ」
ムエルタは微笑む。
「だって、この子がその未来を作っていくんだから」
「……ああ」
二人はアルトを見つめる。
かつて勇者と魔王軍の幹部だった二人。
敵同士だった二人から生まれた、新しい命。
その名は――アルト。
人間と魔族。
二つの種族の架け橋となることを願って名付けられた、小さな男の子。
そして彼の誕生は――。
人間と魔族が共に歩み始めた、新しい時代の象徴となった。




