番外編ラスト:それでも、僕は僕
――アルトが生まれてから、数年後。
ルドルフとムエルタが共に暮らすようになった小さな村。
農園を営むルドルフとムエルタの家には、今日も元気な声が響いていた。
「父ちゃーん! 母ちゃーん! 行ってきまーす!」
「おう、気をつけてな!」
「寄り道しすぎないのよー!」
「はーい!」
小さなランドセルを背負ったアルトが、元気よく家を飛び出していく。
人間の父、ルドルフ。
魔族の母、ムエルタ。
そして、その二人の間に生まれたアルト。
見た目は人間に近い。
だが、よく見ると母親譲りの小さな角があり、瞳も少しだけ魔族らしい色をしていた。
「アルト!」
「おーい!」
村の子供たちと合流し、学校へ向かう。
――しかし。
その途中。
「……おい」
「……?」
村でも一番体格の大きい少年が、アルトの前に立ちはだかった。
「お前、魔族の血が入ってるんだろ?」
「……うん」
「やっぱりな」
少年はニヤリと笑う。
「半分魔族ってことは、半分人間じゃないってことだよな?」
「……」
アルトは黙り込む。
「お前の母ちゃん、昔は魔王軍だったんだろ?」
「……母ちゃんは……」
「怖ぇー!」
少年がわざとらしく叫ぶ。
「魔族の子供だ!」
「魔族だー!」
周囲の子供たちが囃し立てる。
アルトは俯いた。
「……やめてよ」
「何だよ、怖いのか?」
「違う……」
「じゃあ魔族なら魔族らしくしてみろよ!」
少年がアルトの肩を押す。
「……っ!」
アルトは地面に尻餅をついた。
「ははは!」
「アルト、泣いてんの?」
「泣いてない……!」
必死に涙をこらえるアルト。
それでも、目には涙が溜まっていた。
「半端者!」
「人間でも魔族でもない!」
その言葉が、何よりも胸に刺さった。
⸻
その日の夕方。
「ただいま……」
「おかえり、アルト」
畑仕事を終えたルドルフが笑顔で迎える。
「……」
「ん?」
アルトは何も言わず、そのまま家の中へ入っていった。
「……アルト?」
ムエルタも異変に気づく。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
「本当に?」
「……うん」
二人は顔を見合わせる。
明らかに何かあった。
だが、無理に聞き出すことはしなかった。
その夜。
アルトが眠った後。
「……ルド」
「ああ」
「今日、学校で何かあったみたい」
「……やっぱりか」
二人とも沈んだ表情を浮かべる。
「私たちの子だから……」
ムエルタが拳を握る。
「私が魔族だから……」
「ルタさん」
「……あの子に辛い思いをさせちゃったのかな」
「違う」
ルドルフは即座に否定する。
「アルトは何も悪くない」
「……」
「悪いのは、誰かを生まれで決めつけることだ」
⸻
翌朝。
アルトが学校へ向かおうとした時。
「アルト」
「……父ちゃん?」
ルドルフが呼び止めた。
「昨日、何かあっただろ?」
「……」
「話したくなかったら、無理に話さなくてもいい」
アルトはしばらく黙っていた。
そして――。
「……僕」
「うん」
「魔族なの?」
「……」
「それとも人間なの?」
ルドルフはしゃがみ込み、アルトと目線を合わせた。
「アルト」
「……うん」
「お前はアルトだ」
「……」
「人間か魔族かなんて、そんなことは二番目でいい」
ルドルフはアルトの頭を優しく撫でる。
「お前は父ちゃんと母ちゃんの大切な息子だ」
「……父ちゃん」
すると後ろからムエルタも歩いてくる。
「それに、アルト」
「母ちゃん……」
ムエルタは微笑んだ。
「あなたは人間と魔族、両方の血を持っている」
「……うん」
「それは恥ずかしいことじゃない」
ムエルタは自分の角を指差す。
「母ちゃんは魔族」
次にルドルフを指差す。
「父ちゃんは人間」
そしてアルトを見る。
「そしてあなたは、その二人から生まれた」
「……」
「だから、誰かに『半端者』って言われても気にしなくていい」
アルトの目から涙がこぼれる。
「……でも、怖い」
「うん」
「またいじめられるかもしれない」
「……そうだな」
ルドルフは誤魔化さなかった。
「これからも嫌なことを言われるかもしれない」
「……」
「でもな」
ルドルフはアルトの肩に手を置く。
「一人で抱え込む必要はない」
ムエルタも反対側からアルトを抱きしめる。
「辛かったら、いつでも私たちに言いなさい」
「……うん」
「それに」
ムエルタは少しだけ笑う。
「もし本当に困った時は……母ちゃんが話をつけに行く」
「ルタさん」
「……冗談だよ」
「絶対冗談じゃないだろ」
「ふふっ」
アルトは涙を拭った。
そして――。
「……行ってきます」
「おう!」
「いってらっしゃい!」
アルトは学校へ向かって走り出した。
⸻
その日の昼休み。
昨日の少年が、またアルトの前に立った。
「おい、半端者」
アルトは一瞬、足を止める。
だが――。
「……僕は半端者じゃない」
「は?」
「僕はアルトだ」
「……」
「父ちゃんは人間で、母ちゃんは魔族」
アルトは胸を張る。
「僕は二人の子供だ!」
少年は驚いたように目を丸くする。
「だから……僕は僕だ!」
しばらく沈黙。
すると、後ろから一人の少女が声を上げた。
「……アルト、カッコいい」
「え?」
「私、アルトのこと変だなんて思わないよ」
さらに別の子も。
「俺も!」
「私も!」
少しずつ、周囲の子供たちがアルトの側へ集まってくる。
ガキ大将は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「……チッ」
そのまま走り去っていった。
アルトは呆然とする。
「……僕」
自分の胸に手を当てる。
「……僕は、僕なんだ」
⸻
その日の夕方。
「ただいまー!」
「おかえり!」
「今日はどうだった?」
「うん!」
アルトは満面の笑みで答える。
「僕、友達できた!」
「……!」
ムエルタは嬉しそうに笑い、ルドルフも大きく頷いた。
「そうか!」
「うん!」
「よく頑張ったな、アルト」
「えへへ!」
ルドルフとムエルタは我が子を抱きしめる。
――まだ、人間と魔族の間に完全な理解が生まれたわけではない。
差別も偏見も、すぐには消えない。
それでも。
その壁を一つずつ乗り越えていく子供たちがいる。
そしていつか――。
アルトが成長した時。
父と母が願ったように、彼自身が人間と魔族を繋ぐ架け橋となっていく。
勇者ルドルフと悪魔騎士ムエルタ。
二人の間に生まれた少年、アルト。
彼の物語は――ここから始まる。
――完――




