番外編②:ムエルタ、母になる
結婚してからしばらく。
ルドルフとムエルタは、王都から少し離れた農園で穏やかな新婚生活を送っていた。
朝は二人で畑仕事。
昼は収穫した野菜を市場へ持っていき、夜は家で食卓を囲む。
かつて勇者と魔王軍の幹部として戦っていた二人とは思えないほど、平和な日々だった。
そんなある日のこと――。
「……ルド」
「ん?」
「ちょっと、話があるんだ」
「どうした? なんか深刻そうな顔してるけど……」
ムエルタは少し俯きながら、自分のお腹にそっと手を当てる。
「……私、赤ちゃんができた」
「…………」
一瞬、ルドルフの動きが完全に止まった。
「……え?」
「だから……赤ちゃん」
「…………」
「……ルド?」
「……俺たちの?」
「うん」
「…………マジで?」
「マジ」
「…………」
そして――。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
「わっ!?」
ルドルフはムエルタを抱きしめ、その場で嬉しそうに何度も跳ねた。
「やった!! 俺たちの子供だ!!」
「ふふっ……そんなに喜んでくれる?」
「当たり前だろ!! 俺、父親になるんだぞ!?」
「……うん」
「すげぇ……俺が父親……!」
ムエルタも嬉しそうに笑う。
しかし――。
しばらくすると、ルドルフの表情が少しずつ変わった。
「……でも」
「ん?」
「……大丈夫かな」
「何が?」
「俺たちの子供だよ」
ルドルフはムエルタのお腹を見る。
「人間と魔族のハーフになるんだよな?」
「そうだね」
「……世界じゃ、人間と魔族が何百年も争ってきた」
「……うん」
「今は平和になったとはいえ……みんながみんな、俺たちみたいに割り切れるとは限らないだろ?」
ムエルタの笑顔が少し曇る。
「もし学校に行ったら……」
「……」
「『魔族の血が入ってる』って理由で、いじめられたりしないかな」
「……ルド」
「俺は勇者だったから……魔族と一緒に暮らしてることを理解してもらえた」
「うん」
「でも、この子は何も悪くない。ただ俺とルタさんの子供として生まれてくるだけだ」
拳を強く握るルドルフ。
「それなのに……親のせいで嫌な思いをすることになったらって考えると……」
「……」
「俺、怖いんだ」
ムエルタは黙ってルドルフの手を取った。
「ルド」
「……ん?」
「私も、少し怖いよ」
「ルタさん……」
「私だって元魔王軍だ。昔は人間を敵として戦っていた」
自嘲気味に笑う。
「そんな私が母親になるんだもんな。正直、不安になることもある」
そしてムエルタは、自分のお腹にもう一度手を添える。
「でも……」
「……」
「この子が生まれてくる頃には、もっと世界は変わってるよ」
「……!」
「人間も魔族も関係なく、一緒に笑える世界にしていけばいい」
「ルタさん……」
「それに――」
ムエルタはルドルフの手を自分のお腹へ重ねた。
「この子には、私達がいる」
「……」
「もし誰かがこの子を傷つけようとするなら、私が絶対に守る」
「……ああ」
「ルドも守ってくれるでしょ?」
「当然だ」
ルドルフは力強く頷いた。
「俺はこの子の父親だからな」
「ふふっ」
「それに……」
ルドルフは少し照れながら笑う。
「俺たちが昔、敵同士だったことなんて関係ない」
「うん」
「この子にとっては、人間も魔族も関係ない。ただ『父ちゃんと母ちゃん』なんだ」
「……そうだね」
二人は静かにお腹を見つめる。
まだ何も感じない。
まだ小さな命。
それでも確かに、二人の間に新しい家族が生まれようとしていた。
「……なぁ、ルタさん」
「ん?」
「名前、どうする?」
「気が早くない?」
「いやいや、大事なことだろ!」
「そうだなぁ……」
ムエルタは少し考える。
「人間でも魔族でも、どっちでも似合う名前がいいな」
「俺もそう思う」
「それと……」
「それと?」
ムエルタは微笑んだ。
「この子が大きくなった時に、自分の生まれを誇れるような名前」
「……ああ」
ルドルフはムエルタの肩を抱く。
「じゃあ二人で考えよう」
「うん」
「ゆっくりでいい」
「うん」
「この子が生まれてくるまで、いっぱい考えよう」
「……うん!」
二人は寄り添いながら、まだ見ぬ我が子へ想いを馳せる。
そして数日後――。
両家に妊娠を報告すると。
「な、何ぃぃぃぃ!? 孫だとぉぉぉぉ!?」
ルドルフの父は農園中に響き渡る声で叫び、
「まあまあまあ!! 私がおばあちゃんに!?」
母も大喜び。
一方――。
「…………孫」
ムエルタの父はしばらく絶句した後、
「……そうか」
そして、拳を握りしめる。
「……俺が爺さんかぁぁぁぁ!!」
「お父さん、声が大きいですよ」
母は穏やかに笑いながら、
「ムエルタ……よかったわね」
「うん、お母さん」
こうして――。
かつて敵同士だった二つの種族。
その両方の血を受け継ぐ新しい命が、この世界に生まれようとしていた。
そしてルドルフは密かに決意する。
この子が、人間だろうと魔族だろうと、誰かに差別されることのない世界を作る。
それこそが、勇者を辞めた今の自分にできる、新しい使命なのだと。




