番外編:ルドルフとムエルタの結婚式
魔王との最後の戦いから、しばらく経ったある晴れの日。
王都の教会には、多くの人々が集まっていた。
今日ここで――
かつて人間と魔族、敵同士だった二人が、夫婦になる。
新郎、ルドルフ。
新婦、ムエルタ。
二人の結婚式だった。
教会の扉が開く。
白いドレスに身を包んだムエルタが、ゆっくりと祭壇へ向かって歩いてくる。
その隣には、かつて彼女を「冷酷非道の悪魔騎士」と恐れていた者達の姿もあった。
そして最前列には――
ラミレス、リーネ、シドウ。
かつての勇者パーティーの仲間達が並んでいた。
「……」
ムエルタが祭壇の前に立つ。
その隣に立つルドルフは、少し緊張した面持ちで彼女を見る。
「……綺麗だ」
「……ルド」
ムエルタの頬がほんのり赤くなる。
そして司祭役を務めるのは――ハーミア。
かつてがムエルタに『いつかお二人が結婚する際には私が司祭として、お二人に祝詞を捧げます』と話していたハーミア
その約束が、今日叶った。
「それでは……」
ハーミアが静かに口を開く。
「人間と魔族。かつては互いに憎み、争い、傷つけ合ってきた二つの種族」
参列者達が静かに耳を傾ける。
「しかし、この二人はその長きにわたる因縁を乗り越え――互いを知り、互いを愛し、今日この日を迎えました」
ハーミアは二人を優しく見つめる。
「愛とは、相手の違いを消すことではありません」
「違いを知った上で、それでも共に歩むこと」
「どうかこれから先、どんな困難が訪れようとも――今日ここで交わした想いを忘れないでください」
「……はい」
「……ああ」
二人が同時に答える。
そして――
「それでは、誓いの言葉を」
ルドルフがムエルタの手を握る。
「ルタさん」
「うん」
「俺はもう勇者じゃない」
「知ってる」
「聖剣も返した。これからは実家の農園を継いで、普通に畑を耕して、飯を食って……そんな毎日を過ごす」
「……うん」
「でも、その普通の毎日に――君がいてほしい」
ムエルタの目に涙が浮かぶ。
「これから何十年、何百年……俺が生きている限り、君を愛し続ける」
「……私も」
ムエルタは涙を拭いながら微笑む。
「私も、ルドを愛し続ける」
「……」
「人間と魔族なんて関係ない。勇者と悪魔騎士なんて関係ない」
「私はただ――」
ルドルフの手を強く握る。
「ルドの妻になりたい」
「……俺もだ」
その光景を見ていたラミレスは――
「……うっ」
肩を震わせる。
「ラ、ラミレス殿?」
シドウが横を見る。
「……ズズッ」
「……泣いているのでござるか?」
「泣いてねぇよ!」
「いや、明らかに泣いているでござる」
「うるせぇ!」
ラミレスは慌てて目元を拭う。
「だってよぉ……」
再び二人を見る。
「俺の親友が……こんな立派になって……」
「……」
「最初はただの馬鹿で、お気楽で、何考えてんのか分かんねぇ奴だったのによぉ……」
「ラミレス殿」
「こんな綺麗な嫁さんまで貰いやがって……!」
「声が大きいでござる」
「うわぁぁぁぁん!!ルドぉぉぉ!!」
「完全に泣いてるじゃないですか」
シドウは苦笑しながら、ラミレスの肩をポンポンと叩く。
「まぁ……分かるでござるよ」
「……シドウ」
「拙者も嬉しいでござる」
「……お前まで泣くなよ」
「泣いてなどいない」
「涙出てんぞ」
「これは汗でござる」
「目から出る汗があるか、おい」
二人は顔を見合わせ、笑った。
⸻
そして式も終盤。
「それでは最後に――」
ハーミアが微笑む。
「新婦から、未婚の女性の皆様へ幸せのお裾分けを」
「……!」
リーネの目がギラリと光った。
「……ブーケトス?」
「はい」
「……」
リーネはゆっくりと立ち上がる。
「よし」
「リーネ?」
「……絶対取る」
「え?」
「絶対に取る!!」
目が本気だった。
教会の後方には、独身女性達が集まっている。
「それではいきます!」
ムエルタがブーケを高く掲げる。
「せーのっ!」
ポーン!
ブーケが空高く舞う。
「来たぁぁぁぁぁ!!」
リーネが猛然と飛び出す。
「うおおおおおおおお!!」
「リーネさん!?」
「アタシのだぁぁぁぁ!!」
他の女性達を圧倒的な勢いで押し退け――
バシィッ!!
両手でブーケをキャッチ。
「取ったぁぁぁぁぁ!!」
「……」
「……」
「……」
教会が静まり返る。
リーネはブーケを抱き締める。
「……これでアタシも……」
「リーネさん」
「今度こそ……!」
「リーネ」
「結婚できる!!」
「まだ分からないでござるよ」
「シドウ!!縁起でもないこと言うな!!」
⸻
二次会
夜。
結婚式の二次会は大盛り上がりだった。
「いやぁ、今日は本当にめでたい!」
「おめでとう二人とも!」
「末永くお幸せに!」
ルドルフとムエルタは、仲間達から祝福を受けながら酒を飲んでいた。
「ありがとう、みんな!」
「本当にありがとうな!」
その隣では――
「……」
リーネがグラスを傾けていた。
「……」
ぐびっ。
「……」
ぐびっ。
「……」
さらに一杯。
「……」
そして。
「なぁ、リーネ……ちょっと飲み過ぎじゃねぇか?」
「るっさいわねぇ!別にいいじゃないのよぉ!」
そう言うとリーネはフラフラと立ち上がり、ルドルフのいる主賓席まで歩みよる
「リ、リーネさん?」
「……ヒック、ルド……アンタばっか幸せなのがムカつくのよぉ~~~!!」
「えっ!?」
リーネが突然ルドルフに飛びかかる。
「このぉぉぉ!!」
グリグリグリグリ!!
「痛い痛い痛い!!」
「アンタなんかぁ!昔からそうよ!いつもヘラヘラしてるくせにぃ!」
「リーネさん、酔ってる!?」
「酔ってないわよぉ!!」
「酔ってる人が言う台詞だ!」
「ルド!」
ムエルタが立ち上がる。
「その手を離せ!」
「うるさぁい!」
「私の夫に何をする!」
「夫!?」
リーネがさらに号泣する。
「うわぁぁぁぁん!!」
「な、泣くなよ……」
「アタシなんて彼氏すらいないのよぉぉぉ!!」
「……」
「なのにアンタは可愛い彼女作ってぇ!結婚までしてぇ!」
「リーネさん……」
「幸せ者ぉぉぉ!!」
「……まぁ、その……」
ルドルフは苦笑する。
「ありがとう」
「なんで感謝するのよぉぉぉ!!」
再びグリグリ。
「痛いって!!」
その様子を見て、ラミレスとシドウ、ハーミアは大笑い。
「ハハハハハ!」
「相変わらずでござるなぁ」
「でも……なんだか嬉しいですわ」
ムエルタも、呆れながら笑っていた。
「まったく……」
そしてルドルフも笑う。
「こういうのも、俺達らしいな」
ムエルタがそっと彼の手を握る。
「うん」
「これからも、ずっとこんな日々が続けばいいな」
「……ああ」
二人は顔を見合わせる。
その向こうでは――
「うわぁぁぁん!!誰かアタシにも幸せ分けてぇぇぇ!!」
「リーネ殿、酒はほどほどに……」
「うるさぁい!!」
「シドウ、助けて!」
「無理でござる」
「ハーミア!」
「私も無理ですわ」
「ラミレス!」
「俺はもう知らん!」
「お前らぁぁぁ!!」
笑い声が、夜の街に響き渡る。
魔王を倒した英雄達は、もう戦ってはいない。
剣を握る必要もない。
ただ、大切な仲間の結婚を祝って――
酒を飲み、笑い、騒ぐ。
それだけで十分だった。
そして翌朝。
二日酔いで死んだように眠るリーネを見ながら、ルドルフは呟く。
「……結婚式って、こんなに疲れるもんだったんだな」
ムエルタが笑う。
「でも、楽しかっただろ?」
「……ああ」
ルドルフは彼女の手を握る。
「最高に幸せだったよ」
「私も」
二人は寄り添いながら、穏やかな朝日を眺める。
――これから始まるのは、英雄ではなく。
一人の夫と、一人の妻としての。
新しい人生だった。




