十夜と遠夜
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「十夜って、不思議な人だよね」
『我』の八時の団子を奪って食べている幼馴染はそう言った。
人気の茶屋で買ったそれはさぞ美味だろうな。そんな言葉を滲ませて我は幼馴染――棚田志知瀬を睨んだ。
「わぁ、十夜怖い」
けらけら笑いながら彼はそう言った。
そのまま団子を詰まらせて死んでしまえ。なんて、心にないことを思った。
仕方なく我が淹れた茶を飲みながら、志知瀬は「話戻していい?」
戻すも何も我は貴様と話をする気はない。それより、団子返せ。
再び視線に込めて志知瀬を見ると「あーん」なんて、ほざきやがる。
ムカついたので、一発殴ってやった。
「いたぁい……」
一個だけ串に残った団子を口にして咀嚼する。うむ、やはり、美味だ。
同じ茶屋で買った茶を飲む。此方も美味だ。流石人気店。
ほっこりしていると「ねぇねぇー」構ってほしそうな志知瀬に渋々視線を遣った。
「十夜って不思議な人だよね。ね?」
同意を求められても困る。我は、困惑してると伝えるべく、志知瀬の肩を二回軽く叩いた。
「やっぱ自分じゃ分かんないかぁ……」
どこか残念そうに志知瀬は、そう言って茶を飲んでいたのだった。
不思議な人、か。我からすれば志知瀬の方が不思議だ。
記憶がなくて喋れない我を友人――彼は弟の様な幼馴染という。喋れない、表情を変えない。
こんな我に付き合う物好きは志知瀬以外知らない。何気なく我は喉に手を遣った。
喋れないのは、喉に酷い火傷を負っているからだそうだ。何故そこに。なんて、思ったのは随分前だ。
傷だらけで、我はこの町に来た。高そうな着物がボロボロだったそうだ。
何があったのか。当初憲兵達はひっきりなしに尋ねたが、我が喋れなくて記憶がないと知ると憐みの視線を向けた。
「火傷、痛む?」
心配そうに此方を覗き込む志知瀬。異邦人の多い町では、珍しくない金色の瞳が我を映す。
鏡のように透き通る瞳に覗かれると我の全てが暴かれる。そんな気がした。
ゆるりと首を振って、痛みはないと伝えた。ほっとした笑みを志知瀬は浮かべた。
何故、彼がここまで我を気遣ってくれるのかは分からない。記憶のない幼馴染が心配だから? それとも、可哀相だから?
「十夜。オレさ。十夜を可哀相だと思ったことないよ」
まるで心の中を読んだように志知瀬はそう言った。どういうことだ。志知瀬を思わず見つめる。
「大事な幼馴染だから。大好きな弟だから。ようやく帰ってきた友達だから。ずっと、行方知れずの子が帰ってきたんだよ? 心配するなって言う方がおかしいよ」
眉を下げて志知瀬は、悲しそうに笑い。我の両頬を彼の大きな手が包んだ。
「だから、泣かないで。ね?」
我の目尻に指を這わせ、志知瀬は何かを拭う。泣く? 我が? 疑問に思い我は自分の目元に指を遣った。
そこからは、とめどなく水が溢れていた。これが、涙?
「十夜は、昔から笑ったり怒ったりしなかったんだよね。泣いてるところなんて、見たことない。オレの言葉で傷付いたら、ごめんね。十夜も自分を傷付けないで。周りが、十夜をいじめて十夜が悲しかったらオレが食べてあげる」
ちゅっと志知瀬は、我の唇に口付けた。本当に悲しみを食べるかのように何度も口付ける。
どう? と顔を覗き込む志知瀬に、悲しみは食べられてしまったので頷く。
なんだ。悲しかったらこうやって食べてもらえばいいのか。
「十夜。この方法は、オレ以外にしたりされたりしないでね」
そう言う志知瀬の言葉の裏も意味も分からないが、我は頷いた。当然だ。志知瀬以外の男に口付けられてたまるか。
……別に変な意味ではない。我は志知瀬のことは兄の様な幼馴染で友としか思っていない。




