秘密ばかりで、ごめんね……
洗濯機が回っている間に、遠夜はリビングを掃除していた。掃除機をかけて、床を拭いて。洗濯機が鳴れば、洗濯物を干して。
シェアハウスの住人である二人は、今は大学だ。今日は、二人とも学食で食べると言っていたな。
なんて、思いながら、空を見上げていた。冬の今は寒い。北海道生まれの遠夜ですら、寒いと感じるので、都会育ちの人達には、かなり堪えるだろう。
一人の時間は嫌いだ。様々なことを思い出してしまう。でも、人が多いのも嫌いだ。
掃除も洗濯も終われば、後はすることがない。小さくため息のように息を吐いては遠夜は自室に向かった。
今日はあいにくの曇り空なため、布団を干すことはかなわなかった。
布団に潜り込み遠夜は目を閉じた。
※ ※
優しく『俺』の頭を撫でてくれる優しい手が好きだった。頬に柔らかく口付けてから『母親』が、浮かべる幸せそうな笑みが好きだった。
「あ、紅葉さん。遠夜が、目を覚ましましたよ」
「おはよう、私達の宝物」
あう、と『俺』は声を出して、短い手を伸ばした。『父親』が『俺』の手を握ってくれる。
少しひんやりとしたその手は高い体温の『俺』には、心地よかった。
視界も定かではないが、懸命に『俺』は彼等を見ようとした。その時、意識が落ちた。
奈落。そう。奈落というのが正しいのでないかと思うぐらい、深く遠夜は堕ちていった。
底だろうか。ふわりと思いのほか怪我無く地面に遠夜は、足をついた。
きょろりと遠夜は、辺りを伺う。真っ黒の壁。上を見上げても何も見えない。真っ暗な底。
「遠夜」
誰かが遠夜を呼んだ。ぼんやりと光が灯っているそこに、視線を遣った。
遠夜に似ているようで似ていない青年がそこにいた。にぃっと笑っている赤みがかった黒髪の青年。
「待ってるからな」
彼の言葉を聞いた瞬間。今度こそ遠夜の意識はフェードアウトした。
※ ※
ひんやりとした何かが遠夜の額に触れる。そろり、と遠夜は目を覚ましてそちらに視線を遣った。
恋人の海月碧が、遠夜の額を心配そうに触れていた。
遠夜が起きたことに気付くと彼は柔和な笑みを浮かべ「おはよう、遠夜」挨拶を口にした。
「おはよう、碧……」
本当にここは、現実なのか。なんて、思いながら返す。海月は、大丈夫? と遠夜に尋ねた。
「ちょっと、熱い気がする……」
「へーき。布団にもぐってて身体が火照ってる? だけだから」
「そう? なら、いいけど」
ポンポンと遠夜の頭を撫でて海月は、遠夜から離れた。もそもそと起きあがって遠夜は、時計を確認して驚く。時刻は夜の七時を回っていた。
「わ……っ! ごめん! すぐご飯作るね!」
慌ててベッドから出て遠夜は、階下に向かう。食事当番が怠けてたらダメじゃん!
リビングに適当に置いていたエプロンを身に着けて夕飯を作り始める。この時間だけど、栄養面は考えないとね。なんて、思いながら材料を手にした。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様でした」
相変わらず早食いで大食いの海月にお茶を出しながら、遠夜はお決まりの言葉を口にした。
もう一人の住人は小食で早々に食べて自室に向かってしまった。
「遠夜は、食べないの?」
「俺は、後で食べるよ」
まさか、自分の分は作ってないなんて、恋人にも言えなくて。もっと言えば、自分の病気の様なものを一切話していなかった。
気付いているのかいないのか、海月は「そう」とだけ返してお茶を飲んでいる。
それをぼーっと見ながら、遠夜は思う。碧は、自分のこと話してくれたのに、俺は隠し事ばかりだなと。
言おうと思っても海月の「無理しなくていいよ」その言葉についつい甘えてしまうのだ。
視線に気付いた海月は首を傾げ「どうしたの?」
「何でもないよ?」
「そう?」
「うん。あ、お風呂沸いてるから、入ってきたら?」
「そうする」
カップを遠夜に渡して、海月は風呂場に向かった。カップをキッチンのシンクに置き、洗い始めた。
話したい。けど、無理だ。だから、碧の言葉に従ってるだけ。甘えてるのもあるけど。
なんて、思いながら洗い終わったカップを拭く。時計を見れば九時を過ぎようとしていた。
冷蔵庫を開けて、栄養ドリンクを手にした。海月が見ると「また、そんなものを!」と言って怒るかもしれない。でも、ごめんね、碧。俺は、食事が怖い。
何かを思い出しそうで。
心の中で謝りながら、遠夜は栄養ドリンクを飲み干した。




