眠り姫
でも、
「遠慮してるのも、あれだ。恋人なんだから。恋人を心配しない人なんかいない」
そう呟き遠夜の部屋のドアをノックした。
コンコン。
一分待っても遠夜から返事はなかった。寝てるのかなと思いながらも嫌な予感がした。
海月は「入るよ?」一応断りを入れて中に入って。
絶句した。
いつも青白いなと思っていた遠夜の顔色は更に青白くて。
前々から細いなぁって思っていた身体は、今にも折れそうなほどやせ細っていた。
そして。
極めつけに傍に転がる血の付いたカッターナイフと……。紅い水たまり。
「遠夜!!」
血の気が引く。俺はまた大切な人を喪うのか。
遠夜のシーツを破いて腕にきつく巻き付ける。簡単に止血をしては、遠夜を横抱きにする。
腕の中の酷く頼りない存在に気を付けながら海月は近くの病院に走った。
大学病院までは距離があるので、仕方なく個人病院に入った。
ベテランなのか、海月の腕の中の遠夜に気付くと看護師はすぐに診察室に通してくれた。
今、遠夜は手当てをしてもらっている。ただ、血液型が特殊なため輸血は難しいと言われた。
合わない血液を入れられれば、最悪死ぬ。
ああ、なんで同じ血液型じゃないんだ!
海月は叫びそうになるのを必死に堪えた。過行く時間が遠夜の命の灯を消していく気がした。
輸血用の血液が見つかったのは、それから五時間後だった。隣県の病院で見つかった。
すぐさま輸血されて、ようやく海月は安堵の息を吐いた。
けど、現実は酷く残酷だった。
「小波さんを大学病院に移します。しばらく入院が必要ですね」
「遠夜は、いつ目が覚めますか?」
今は貧血で寝ているだけだと海月は思っていた。医者は言いづらそうに口を開く。
「私は精神科医ではないので、何とも言えませんが……。小波さんが、目覚める確率は低いでしょう」
「え……?」
「酷なことを申しますが、小波さんは目を覚ますことを望んでいないかと思います。自殺しようとした方は――」
もう、そこから医者の言葉が入ってこなかった。海月は呆然としていた。
もう、遠夜は目を覚まさない?
あの、愛らしい笑みも。声も。見れない? 聞けない?
そ、んな……。
海月は医者の心配そうな声にも応えることはできなかった。
遠夜が大学病院移ってから、毎日海月は見舞いに行っていた。返事がなくても、遠夜に語り掛ける。
「今日ね、少し雪が降ったんだ。二月になるとかなり冷え込むね。あ、そういえば、七星さんに聞いたんだけど、遠夜って2月生まれなんだってね。バレンタインデーに生まれたんだよね。遠夜らしいや。誕生日プレゼントは、何が欲しい? 巳月さんが許してくれるなら猫飼いたいね」
ひとり言のように部屋に満たされる海月の言葉。無理矢理笑みを浮かべて話す様は見ていてかなり辛い。
いつもなら温かい遠夜の手を海月は握った。子供体温の遠夜を抱き締めて寝たい。
「遠夜は、今何の夢見てるのかなぁ。起きたら俺にも教えてね。遠夜のことは何でも知りたいから。だから。だから、早く起きてよ……っ」
ついに涙が零れ落ちてしまった。遠夜が起きた時、心配かけないように気丈にふるまっていたのに。
自分は元気だよって。笑って言いたかった。
だけど、愛しい人がこんな目にあってるのに笑って過ごすなんて無理だった。




