第7話 攻略対象五人の事前分析
それからの一ヶ月は、書庫にこもって過ごした。
宰相に提出した資料の見直しと改善。そしてメインは、攻略対象五人の事前分析だ。
入学後に動かすプロジェクトの骨格を、今のうちに作っておく。返答が来てから考えるのでは遅い。来る前提で次の手を仕込むのが、社畜の習性だ。
ノートに一人ずつページを作り、分かることを書き出していく。
まずは王太子にして私の婚約者、マクシミリアン・エーレンベルク。
ゲームの設定では「即位したら民政改革をしたい」と考えている人物だ。特に平民の教育水準の向上は、彼が強く望む政策だとされていた。
その設定が現実でも生きているなら、改革プロジェクトの筆頭として最も動いてくれる人物になる。
問題は、十五歳の婚約者の提案をどこまで真剣に受け取るかだ。こればかりは、実際に会って話すしかない。
次に、リヒャルト・グラーフェンベルク。名字が長すぎる。
宰相の息子で、銀髪。宰相の私信に「息子がまた隣国との通商条約について質問してきた」という一文があった。外交への関心は本物らしい。
ならば、外交関係の提言書を任せれば、やりがいを感じてくれるだろう。宰相との情報交換の中で、さりげなく動向も探っておく。
バルトロウ・アイゼンハルトは、騎士団長の息子。
書庫に、騎士団の訓練制度の問題点を指摘した内部文書の写しが一通あった。署名はなかったが、筆跡はバルトロウの父のものに似ている気がする。
どうしてそんなものが、うちの書庫にあるのか。……いや、本当に、なぜあるのかしらね。
考えても答えは出ないので、ひとまず横に置く。
あの文書が本当に騎士団長の手によるものなら、制度改革の必要性は家の中ですでに共有されている可能性が高い。息子に課題として差し出せば、食いつくはずだ。
ユリウスは「天才魔導師」。確か、前世の後輩のイチ推しだった。
穏やかな性格で、魔導研究への情熱が原動力という設定は、裏を取るまでもなく正しいだろう。
研究者タイプは、研究につながる仕事なら大抵喜んで引き受ける。魔導の民間応用を任せれば問題ない。
最後に、セバスティアン・ブラウン。平民出身の奨学生だ。
彼だけ、極端に資料が少ない。
そもそも貴族が一介の平民を調べること自体、不自然に見られやすい。
聖属性を発現したミリアならともかく、「成績優秀で有力な商会の跡取り」という立場で入学するセバスティアンを、今の段階で特別視する理由がない。
設定では「貧しい家庭の出身で、平民の生活を誰より知っている」はずだ。
貧しい家庭の出身で、どうやって有力商会の跡取りに?
庶子か、それとも養子か。……この疑問は、入学してから調べることにする。
とりあえず、平民向け初等教育の拡充が、彼にとって一番切実な課題であるのは間違いない。
ノートを閉じながら、少しだけ考えた。
五人を「攻略対象」として分析しているけれど、実際に会えば、彼らは生きた人間だ。設定通りの人間もいれば、まったく違う顔を持つ人間もいるだろう。
兄がそうだった。ゲームに登場しない兄が現実にはいて、何も言わずに飲み物を差し出してくれた。
父もそうだ。「厳格な父」の一言では収まらない、論理には論理で返してくれる人だった。
会うまでは分からない。だから情報は多いほどいいし、決めつけは禁物だ。
そんなことを考えていると、クラウスがまたハーブティーを持ってきた。
「三日連続ね」
「お嬢様がいらっしゃいますので」
それだけ言って、カップを机の端に置く。今日も「どうぞ」とは言わない。
カップを引き寄せながら、ふと聞いてみた。
「クラウスは、昔から書庫の管理をしているの?」
「先代のご当主の時代から任されております。三十年ほどになりますか」
三十年。この家の歴史を、本棚の並びとして記憶している人間ということだ。
「じゃあ、ここにある本は全部把握しているのね」
「ほぼ、存じております」
「ほぼ」という言い方の律儀さが少しおかしくて、口元が緩んだ。クラウスは表情を変えなかったが、目元だけがほんの少し和らいだ。
ハーブティーを飲み干して、資料に戻る。
書庫はいつも少し薄暗くて、魔導ランプの光だけが手元を照らしている。この静けさは、前世の深夜のオフィスに少し似ていた。
違うのは、隣に人がいることだ。
それだけで、ずいぶん違う気がした。




