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【長編版】ヒロインを排除したら、断罪ルートが消えました  作者: 彩戸ゆめ


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第47話 黒幕の退場

「その証明なら、私がしよう」


 低い声が、広間の中央へ歩み出た。

 マクシミリアンの手には、封印の紐の掛かった一冊の綴りがある。


「王宮文書庫の、閲覧記録の原本だ。改竄と持ち出しを防ぐため、私の命で封印させてあった」


 彼は紐を解き、開いたページを掲げた。


「偽の抜き書きに使われた日付と金額は、王宮に保管された予算の書類と、研究枠の提案書。この二つと突き合わせなければ作れない。そしてその二つの文書を、中間式典の十二日前に閲覧した者の名が、ここに記されている。議会付きの書記官だ」


 広間にどよめきが走る。その音がある程度静まってから、マクシミリアンは再び口を開いた。


 会場がざわついている間は、どんな正論も耳に入らない。

 こういう時は、畳みかけずに一拍置くのが鉄則である。聞き手が驚いている間は、次の言葉が素通りするからだ。


 前世社畜の研修でたたき込まれたノウハウを誰にも教わらずに駆使するとは、マクシミリアンは本当に優秀ね。


「職務で読んだ、という言い逃れは通らない。この書記官の職務に、研究枠の提案書を読む理由は一つもない。所属は、予算委員会。委員長の名を、ここで読み上げる必要があるか。侯爵」


 閲覧記録の件は、こちらで預かる。理由は当日に。


 報告書の、説明のなかったあの一行の『理由』がこれだったのか。


 打合せはしていないのに、段取り表のたった一つの穴に、彼の持ち札がぴったり当てはまった。


 侯爵は答えなかった。

 勝負はついた。

 ならば、あとは速い方がいい。散らばった手札をまとめて、勝ちに行く。


「陛下。この方について、もう幾つかお耳に入れたいことがございます」


 私は書類入れを持ち直した。

 陛下が私を見て、軽く頷く。


「一つ目。八年前の飢饉の年、北部の穀物を買い占めた三つの商会ですが、仕入れの金は、三つとも同じ両替商から出ております。そしてその両替商の店は、レーゲンブルク領の街道沿いにあります。買い付けには王宮の許しが要りますのに、真っ当なら三年かかる手続きを、その三つの商会は秋の初めに通しております」


 どこかで、椅子の脚が鳴った。


「二つ目。治癒魔導士ギルドの理事の席は、二十年前の改革騒ぎから同じ顔ぶれで占められております。席を独占した結果、何が起きたか……在庫を流通させず、薬の値段を釣り上げた疑いがあります。それによって負った債務を買い取ったのが、レーゲンブルク侯爵です。それで侯爵に逆らえなくなった家がいくつあるのでしょう」


 私は右から左へと視線を動かした。

 顔色の悪い当主が何人かいるわね。心のメモに、その名前をしっかりと記しておく。


 マリアンヌは、まばたきもせずにこちらを見ていた。


 宰相閣下が、ゆっくりと立ち上がる。

「ここまで並べば、議会も動かぬわけには参りますまい。書記官の閲覧の件、穀物の買い占め、ギルドの薬価。年明けの初仕事として、議会の名において調査委員会を立てまする。レーゲンブルク侯爵には、洗いざらいお答えいただきたい」


 そして、白い法衣の老人が静かに立った。侯爵を見ずに、陛下へ向けて一礼する。


「聖女候補の件は、白紙に戻させていただきます。神々の御心は、本人の意思の上にこそ宿るがゆえに」


 侯爵は、広間の中央で立ち尽くしていた。


「……卑しい、成り上がりどもが」


 低い声だった。柔和な仮面の下から、別の顔がゆっくりとせり上がってくる。


「玉座は本来、我らの――」


 潰り潰された紙が、手から落ちた。


「そこまでにせよ、レーゲンブルク」


 陛下の、低く、威厳のある声が響き渡る。


 玉座に座っていた陛下が、立ち上がっている。

 広間中の膝が、波のように折れていった。私もそれに倣って腰を落とす。


「新年を寿ぐ場で偽りの文書を掲げ、偽りの証言を立てようとした。まずは、その罪だけで十分であろう。身柄は騎士団が預かり、宰相は、委細を調べは尽くせ。一年かかろうと二年かかろうと構わん。出てきたものは、全て表に出すのだ」

「御意」


 宰相閣下の返答は短かった。


 騎士が左右から侯爵へ歩み寄る。

 侯爵は捕まえる手を振り払わず、背筋だけ伸ばしたまま、扉へ向かった。

 人垣が割れたが、その姿に目を向けるものはいない。むしろ関わりになりたくないとばかりに、目を背けている。


 これが二十年間、裏でこの国で私腹を肥やしてきた人の、退場だった。


 その背を、マリアンヌだけが静かに見送っている。その顔には、ほんのわずか、安堵の表情が見える。


 私が見つめているのに気がついたのか、視線が合うとすぐにツンとした表情を取り戻した。


 彼女は変わらない。でもそれでいい。


 磨かれた床には、潰れた紙の束が落ちたままになっていた。給仕が拾い上げるのを、宰相付きの文官が制して、そのまま封筒に収める。あれも、証拠品になるからだ。


 これで、全部が調べられる。


 セバスティアンの村に来た、名も看板もない商会のことも。棚の上で値の上がるのを待たされていた、あの薬のことも。


 全てが明らかになるには時間がかかるだろう。一年か、二年か。

 八年待った答え合わせだ、今さら急ぎはしない。


 ただ、一つだけ分からないことが残った。

 侯爵は、玉座は本来、と言いかけていた。


 あれは一体、どういう意味だろう。



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