第45話 弾劾
宰相閣下とリヒャルト、騎士団長の父親と一緒のバルトロウ、ユリウスは研究院の一団に紛れ、セバスティアンはブラウン商会の会頭と並んで広間の入口のほうにいた。
三人娘も、それぞれの家の親と一緒だ。
人垣の切れ目でマルガレーテと目が合い、扇が胸の高さで小さく一度開く。
異状なし、の合図。ただし、油断もするな、の角度だ。
ええ、私もマクシミリアンも、よく分かっているわ。
陛下への挨拶が終わると、昨年の功労者が表彰される。
国境の警備で功のあった騎士、街道の改修を仕上げた文官など、名前を呼ばれると前へ出て、陛下から言葉と記章を頂いて下がっていく。
その列の最後で、ミリアの名前が呼ばれた。
「王立魔導研究院、聖属性研究部門。ミリア・レーヴェン」
白い作業着ではなく、借り物らしい紺のドレスを着たミリアが、ぎくしゃくとした足取りで広間の中央へ進み出た。
十年灰色だった塩で死んでいた土地が、来春には畑に戻る。功労として申し分ない。
ただ、推薦をしたのは議会側だと聞いている。
まだたった一年しか研究所に在籍していない平民の娘を新年の祝賀会の表彰に招くなんて、普段の議会が言い出す話ではない。
なるほど。被害者役を、あらかじめ一番目立つ場所に立たせておきたいというわけね。
それも、陛下から表彰された直後となれば、より傷つけられた印象が強くなるということか。表彰そのものを、断罪劇の前座に使う気だ。
人の功績を舞台装置にする神経には、いっそ感心するわね。
ミリアは両手で記章を受け取り、深く一礼した。角度が深すぎて、一瞬よろける。広間にやわらかい笑いが起きた。悪い空気ではない。
拍手が起きる。
その拍手の音が消えないうちに、議会の列から人影が進み出た。
レーゲンブルク侯爵だ。やっぱり何か仕掛ける気ね。
「陛下。年頭のよき日に、老骨が水を差す無礼を、まずお詫び申し上げます」
よく通る、落ち着いた声だった。ざわめきが、何事かと静まっていく。
「なれど、ただ今の表彰を拝見し、黙しておるわけには参りませぬ」
侯爵は侍従から受け取った紙の束を取り出し、頭上に掲げた。
「ここに、看過しがたい記録がございます。聖属性特別研究枠の予算から、私的に金を引き出した出納の抜き書きです。引き出した者の名は――ヴァイスフェルト公爵令嬢ユリアーナ殿」
どよめきで、広間が割れた。
何百という視線が、一斉にこちらへ突き刺さる。
視界の端で、バルトロウが半歩踏み出し、リヒャルトの手に肘を掴まれて止まった。
中間パーティーの夜と、同じやり取りだ。ただし今夜のリヒャルトは、止めながらこちらを見て、小さく頷いている。
ゲームでは、これは卒業パーティーの夜の出来事だった。台本の日取りを繰り上げてくるあたり、あちらもよほど余裕がないらしい。
「金額は、決して小さくはございませぬ。日付と額は、ここに揃っております。……なれど、金の話だけならば、老骨も新年の夜を汚しはいたしませぬ」
侯爵は束から、もう一枚を抜いて掲げた。
「さらに、痛ましい訴えがここにございます。聖属性を持つ心優しき娘が、危険な実験を強いられ、学園へ戻りたいと泣いても許されなかった、と。本人の署名の入った、告発の文にございます」
広間の中央で、ミリアが立ち尽くしていた。報告を終えたばかりの場所から、一歩も動けずにいる。その顔から血の気が引いているのが、遠目にも分かった。
「先の魔導炉の破裂を、皆々様も聞き及んでおられましょう。あの娘は現に、手に火傷を負うた。か弱き娘を権勢で縛り、危険な場に立たせ、公金を私する。これが次代の王妃たらんとする者の行いでございましょうか」
声色が、一段沈む。これだけ見ると、まるで国を憂う重鎮の顔だ。
声の角度まで計算されたやり口に既視感がある。
あの中間パーティーでの、マリアンヌだ。台本の書き手が同じなのだから、当然と言えば当然である。
「そして陛下。傷ついた娘は、しかるべき場所で守られねばならぬと愚考いたします。幸い、神殿には聖女候補としてかの娘を迎える用意があると伺っております。危険な研究の場ではなく、神々の御許でこそ、その力は正しく育まれましょう」
白い法衣の老人が、深々と頷くのが見えた。あれは神官長ね。打ち合わせ済みの頷き方だ。
私は動かない。扇の位置も、呼吸の速さも、変えない。
札は、揃ってから切る。まだだ。まだ早い。




