第44話 新年の祝賀会
王宮の大広間には、たくさんの蝋燭が灯されていた。
新年の祝賀会だけは、魔導ランプを灯さない。建国の年に神殿で熾された火を大燭台へ移し、夜明けまで絶やさずにおくという古い決まりがあるからだ。
年の初めの灯りは人の手で継ぐもの、というのが建前だ。
だから廊下までは白い魔導の光なのに、扉を一枚抜けた途端、灯りの色が金色に変わる。
去年、この広間のランプを新型に替える話が出た時、ユリウスが張り切って設計まで引き受けたのを思い出す。
それでも、年に一度の夜だけは全部消される。その一夜のために煤の掃除が要るのだと聞いて、彼は珍しく口を尖らせていた。
二百年変えていないから変えない。前世にもあったわ、そういう決まり。
無駄な事に思えるけれど、伝統という意味では残しておくべき決まりなのかもしれない。
だって、新年の祝賀会である。年に一度、国中の主だった家が一度に集まる夜だもの。
広間の入り口で、父と兄とは分かれた。二人は大貴族の列へ、私は王族の側へ回る。
この夜の主は陛下だ。迎える側でも迎えられる側でもない私に用意されているのは、玉座の三段下、マクシミリアンの隣の位置だけである。
定位置に着いて、扇を胸の高さに構えた。
やがて陛下が着席され、新年を寿ぐ言葉が伝えられる。
続いて、参列者による王への挨拶が始まる。
家格の順に、一組ずつ前へ出る。とはいえ、直接陛下に挨拶ができるのは、公爵家から伯爵家までと決められている。
さすがに男爵家まで含めたら百組以上になってしまうものね。
私はマクシミリアンの隣で、家名と顔と派閥を照合していく。
先頭に立つ筆頭公爵家の父と兄は、私をチラリと見て軽く会釈した。私はまだ王族ではないのでこれくらいの挨拶で構わないが、正式に王太子妃になると、公式の場所では父も兄も私に深く礼を取らなければならなくなる。
次はハーゲンベルク公爵家。
あの家は先代が急に倒れて後継者争いで揉めていたが、ようやく先妻の息子の長男が当主になったらしい。
良かったわ。公爵家がゴタゴタしていると、国内が落ち着かないもの。
続いてノルトハイム侯爵家。
こちらは冬の初めに嫡男に子供が生まれたと聞いたから、当主の顔はニコニコね。初孫は可愛いというものね。
三組目はヴェルナー侯爵家。
当主の隣にいる令嬢は、確か去年の暮れにグラーフェンベルク家の分家にあたる伯爵家の嫡男と婚約を結んだはずだ。
ということは、今までどの派閥にも入っていなかったあの家は、今年から宰相閣下の派閥に入るということになる。
派閥の地図を、頭の中で書き替えた。
マルガレーテが聞いたら、それは半年前に書き替え済みですと言われそうだ。
順番はどんどん進む。
そして、いよいよレーゲンブルク侯爵が私たちの前に立った。
恰幅のいい体が、ゆったりと歩いてくる。
私は扇の内側で、わずかに息を詰めた。ここで一言でも含みをよこすなら、それが今夜の合図になる。
侯爵は私たちにお辞儀をすると陛下の御前まで行き、口を開いた。
「陛下におかれましては、佳き新年をお迎えのこと、心よりお慶び申し上げます。本年も御代の安寧を、老骨、変わらず祈念いたしております」
それだけだった。
なんの変哲もない、定型そのものの挨拶だ。お辞儀の深さも角度も規定通り。立ち上がる時の膝の運びまで、去年と同じなのだろうと思わせる淀みのなさである。
柔和に緩んだ口元だけれども、相変わらず目だけが笑っていない。
その目は、最後まで陛下から動かなかった。私も、マクシミリアンも、視界に入れる素振りすらない。
侯爵は下がり、次の家が呼ばれた。
身構えていたのに、何もなかった。
拍子抜けというのは、こういう感覚をいうのだろうか。肩に入れていた力の行き場がない。
隣で、マクシミリアンが小さく息を吐いた。
視線だけを向けると、彼もこちらを見ていた。
目が合う。
その一瞬で、彼の言いたいことが分かった。
あれで終わりだと思うか、という目である。
思うわけがない。
私は扇を一度閉じて、また開いた。それだけの動作に、こちらの答えを乗せる。
挨拶で何も言いださなかったのは、言う気がなかったからではない。
舞台が、ここではないからだ。本番を後ろに控えている人間ほど、前座では静かにしているものだ。
マクシミリアンは、やはりそう思うか、と目で語ってくる。
いつの間にかお互いに目で語り合えているような気がするのは、私の気のせいだろうか。
それから彼の視線は、何事もなかったように正面へ戻った。
順番はどんどん進む。
私は次の家の名乗りを聞きながら、胸元の白薔薇の香りを一度だけ吸い込んだ。




