第4話 決意
それから一週間、書庫に通い詰めた。
魔導研究院の年次報告書。各国の聖属性研究に関する外交文書の写し。公爵家の書庫には、驚くほど豊富な資料が眠っていた。
クラウスは毎日、何も言わずにハーブティーを持ってきた。
一度だけ「なぜ毎日持ってきてくれるの」と聞いたら、「ここに長くいると体が冷えます」とだけ答えた。確かに、と思って、受け取った。
必要な数字を書き出し、並べ、比較する。
隣国アルテシアが聖属性専門の研究機関を設立したのが十年前。その結果、治癒魔法の効率が三割向上したという報告がある。この数字は使える。
次に、この国の聖属性保有者の出現数と、現役の治癒魔導士の数を比較してみた。明らかに減っている。
学園の一般課程に放り込まれた聖属性持ちの経過を調べると、途中で退学した者が何人もいた。ほとんどが平民で、治癒魔法を覚える前に消えている。その後の記述はない。
ふと、綴じられた別の書類が目に入った。領地の医療費の記録だ。治癒魔導士の数は減っているのに、治療費の相場だけは、年々きれいに上がっていた。
需要と供給ね。人手が足りなければ値は上がる。だからこそ人材育成が急務、という論法に使えるわ。
資料を書き写して、書類を棚に戻した。
抜き出した数字が揃うにつれ、提案の輪郭がはっきりしてくる。
前世で深夜にプレゼン資料を作った時も、こうだった。バラバラなデータが一本の線で繋がる瞬間がある。その線が見えれば、あとは組み立てるだけだ。
その瞬間がとても好きだった。
だから、手が動き始めると、止まらない。
窓の外が暗くなっていることにも気づかず資料を並べていたら、ソフィアが「お嬢様、夕食の支度が整っております」と呼びに来た。
机の上の紙の山を見て、少し驚いた顔をしている。
確かに、ちょっと仕事をしすぎたかもしれない。
社畜のノウハウは異世界でも腐らなかったが、がんばりすぎると行く末は過労死なので、ちょっとだけ反省した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その夜、自室に戻ってから、執務机の前に座った。
前世の記憶を思い出して、一週間が過ぎた。
最初の朝は「夢じゃない」と確認するので精一杯だった。
でも今は、課題があって、期限があって、解決すべき問題がある。
やることがある、というのは不思議と落ち着く。前世でも、最も辛かったのは仕事が多すぎる時ではなく、方向性が見えない時だった。
机の引き出しを開けた。白紙の束が、思ったより減っている。一枚引き抜いて、机の上に広げた。
羽根ペンを取り、インクを含ませる。
第一手・父経由で宰相へ聖属性特別研究枠の提案を送付。一ヶ月で返答を待つ。承認されたら第二手へ。
第二手・王太子経由でヒロインへ研究院の案内を届ける。本人の自由意思で選択させること。強制は絶対にしない。
第三手・攻略対象五名の放課後を改革プロジェクトで埋める。恋愛イベントが発生する隙をなくす。
第四手・取り巻きの令嬢三人を広報担当に変換。噂の製造機から情報の管理者へ。
羽根ペンが止まらなかった。
課題が明確なら、プランは自然と出てくる。社畜時代の最大の武器は、この「タスク分解」の習慣だ。大きな問題を細かく砕いて、一つずつ潰す。
計画書の最後に、一行足した。
【期限・入学式まで。断罪フラグを全て潰す】
インクが乾くのを待ちながら、その一行を見つめる。
やるべきことは山積みだ。明日は父に時間をもらう。資料を持って、提案する。準備は整っている。
「見てなさい。絶対に、断罪なんてされないんだから」
声に出して決意してから、計画書を引き出しにしまった。




