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【長編版】ヒロインを排除したら、断罪ルートが消えました  作者: 彩戸ゆめ


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第27話 中間発表会

 当日の大講堂は、別の建物のようだった。


 式典の長椅子は運び出され、磨き込まれた床がシャンデリアの光を照り返している。

 壁際には五つの案が展示されていて、設置されたユリウスの新型ランプが、煌々と光を放っている、


 私は入り口近くでマクシミリアンと並び、来賓を迎える側に立った。


 手袋越しに挨拶を交わし、家名と顔と派閥を頭の中で照合していく。

 息を吸うようにできるようになったのは、この半年の場数のおかげだ。


「ヴァイスフェルト公爵閣下のご来臨です」


 案内の声に、扉の方を見た。


 驚いたことに、現れたのは名代ではなく父だった。


 濃紺の礼服で歩み寄り、マクシミリアンへ正式の礼を執る。それから私を見て言った。


「見せてもらう」

「はい、お父様」


 いつもながら短い言葉だ。

 それでも、今の私はその言葉の奥にある不器用な愛情を知っている。

 来賓席へ向かう背中を見送ると、手袋の中の指先が少しだけ温かくなった気がした。


 宰相閣下は開始の鐘と同時に現れ、真っ先に展示へ足を向けた。

 リヒャルトの提言書の前で足を止め、父親の前で緊張している息子ではなく、私に向かって片眉を上げてみせる。


「公爵令嬢。息子の書いたものに、あなたの手はどのくらい入っているのかな」

「一文字も入っておりませんわ。私がしたのは、資料の在り処をお教えしたことと、締め切りを設けたことだけですの」

「締め切り、ね」


 閣下は口髭の奥で笑った。


「なるほど。人を動かすのは、助言ではなく期日というわけだ。……面白い」


 面白いものが好きだという噂は、本当らしい。閣下は満足げに頷いて、次の展示へ移っていった。


 発表は、つつがなく進んだ。


 最初に壇へ上がったのはセバスティアンだった。硬い声で始まった説明は、教材の値札のページを示したあたりから熱を帯びた。


「子どもは、パンの値段なら間違えません。生活の中の数字から始めれば、算術は怖いものではなくなります」


 教育関係の来賓が、ページがめくられるたびに身を乗り出す。

 三つの教会学校での正答率の推移が読み上げられると、来賓席のあちこちで頷きが返ってきた。


 次のバルトロウが声を張って説明を始めると、あまりの声の大きさに窓が震えた。

 いや、比喩ではなく、本当に揺れたのだ。来賓の皆様の鼓膜が破れるかというほどだったので、慌てて声を落とすように促す。


 休養日を増やして訓練時の記録が伸びたという説明に、騎士団関係の方たちがどよめく。彼らの声も相当に大きく、また窓が揺れた。

 さすが騎士の肺活量だとほめればいいのだろうか。正解が分からない。


 それにしても、バルトロウの手の平を打ち鳴らす例の癖も、今日は演出の一部に見える。騎士団に対するプレゼンとしては、これはこれで有効なのかもしれない。


 ユリウスが新旧のランプに灯りを灯して比べた時には、大勢の来賓から感嘆の声が上がった。

 古い灯りの黄ばんだ揺らぎと、新型の澄んだ白い光。並べてしまえば、説明の言葉は必要ないだろう。


 リヒャルトの外交提言は、要点を三つに絞った簡潔な発表だった。


 ラストで「本提言の資料は、学園の書庫ですべて揃えた」と付け加えたのは、彼なりの学園への礼だろう。


 締めはマクシミリアンだった。

 五つの案を束ね、成果を具体的な数値で示し、協力者の名を一人ずつ挙げていく。


 原稿にほとんど目を落とさず、聴衆の目線に合わせる様子は、さすがというより他にない。


 拍手は長かった。


 私は裏方として控えている檀上の端で手を叩きながら、来賓席の全体を見渡した。


 そして、不意に目に留まった顔がある。


 来賓席の一角。恰幅のいい初老の紳士が、周囲と談笑している。

 仕立ての良い礼服。柔和に緩んだ口元。誰にでも均等に向けられる、貴族らしい笑顔。


 ただ、目だけが笑っていなかった。

 口元の笑みと目の温度が、別々の顔から借りてきたようにずれている。


 前世社畜の勘が、あの手の人間はとても厄介だと教えてくれる。


 あの席は――レーゲンブルク侯爵だ。


 なるほど。彼が、研究院の予算に圧力をかけている議会の重鎮で、入学式で拍手の遅かった一団の主なのか。

 先に名前だけ知っていた相手の実物を初めて見た。


 向こうもこちらの視線に気づいたのか、会釈をよこした。私も型通りに返す。

 そして、それだけだった。


 入場時の挨拶なら、既に受けていた。非の打ちどころのない礼、天候の話、成果への短い賛辞。型として完璧すぎて、席次表で名前を確かめなければ、そのまま記憶に残らなかったかもしれない。


 挨拶の列に、彼は並んでこなかった。


 拍手はする。会釈もする。展示の前では足も止める。


 けれど彼の視線は展示物ではなく、誰が誰と話し、誰が誰に頭を下げるかだけに向いているような気がした。


 あの視線に、見覚えがある。入学式の、蜂蜜色の令嬢と同じだ。


 偶然なのか。そうでないのか。


 とりあえず、色々と考えすぎるのはやめておく。

 今日は成果を見せる日で、詮索する場ではない。


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