第26話 全ては順調
研究院への寄付は、父の承認を得て、実行へと進み出した。
魔導炉の見積もり一覧はミリアの宣言通り週内に届き、クラウスの精査を経て、発注の段取りまで進んでいる。
予算審議への根回しも、リヒャルト経由で宰相府に一本筋を通してある。
そうして迎えた月の初め、学園の掲示板に一枚の告知が貼り出された。
『改革プロジェクト中間発表パーティー開催のお知らせ』
主催はマクシミリアンで会場は学園大講堂だ。
招待客は学園関係者に加えて、王宮と議会からの来賓。
要するに、半年分の成果を、偉い人たちの前で披露する場だ。
前世で言えば中間決算の報告会である。
資料を印刷し、数字を揃え、上役を呼んで、拍手をいただく。あの胃の痛い行事が、まさか異世界まで追いかけてくるとは思わなかった。
もっとも、今回は胃が痛くない。披露する成果が、本物だからだ。
準備のひと月は、あっという間に過ぎた。
セバスティアンの教材は三つの教会学校で使われ始め、子どもたちの筆算の正解が目に見えて増えた。
当日は実物の教材と、値札の写しのページを展示する。
バルトロウの訓練計画は騎士団の次期計画に正式採用が決まり、団長の署名入りの通達が届いた。
本人は通達の紙を、嬉しそうに三日ほど持ち歩いていた。
ユリウスの魔導研究は、なんと三件も特許を取った。
講堂のランプの改修も間に合い、当日は新旧のランプを並べて灯す実演をやるという。誰も頼んでいないのに、配線図の大判まで刷り上がっていた。
リヒャルトの外交提言書は宰相府へ正式に提出され、宰相閣下から「十年に一度の秀作」との評が返ってきた。
書いた本人は「父は身内に甘い」と鼻を鳴らしたが、髪をかき上げる手つきがいつもより一割ほど誇らしげだった。
広報の三人も、フル稼働だった。
招待客の席次はマルガレーテが三日で組み上げた。
派閥の相性、家格の序列、話が弾む組み合わせ。彼女のテーブル配置図は、もはや社交界の縮図である。
式次第の文面はエリーゼ。堅い言葉を使わずに格式を出す、彼女にしか書けない文章だ。
フリーデリケは学園と王都の空気を拾って回った。
けれども、その報告が少し妙だった。
「悪い噂が、ひとつもありませんの。拾おうにも、落ちていないんですのよ。こんなに静かな社交界、私初めてですわ」
「結構なことじゃありませんか」
「そうなんですけれど……。これほど注目されている催しであれば、悪い噂は必ず出てくるものなんです。なのに全然出てこないというのは、不自然すぎて」
情報収集の達人ともいえる彼女がそう言うのなら、覚えておく価値はある。
私は手元の紙の隅に、悪い噂が一つもないのは不自然、とだけ書き留めた。
招待客の名簿が確定したのは、開催の十日前だった。
マルガレーテの席次表を検分していた私の指が、来賓席の一角で止まる。
レーゲンブルク侯爵。
「マルガレーテさん。この席は」
「議会の重鎮の方々ですわ。予算に関わるご来賓ですもの、外すわけには参りませんの。……何か、ございまして?」
「いいえ。配置は完璧よ」
嘘ではない。配置は完璧だし、議会の重鎮であるレーゲンブルク侯爵を外せないのも道理だ。
学園の予算も、研究院の予算も、あの家が力を持つ議会を通る。招く側に選択肢はない。
ただ、研究院の予算を狙い撃ちにしている家の主が、その研究院への寄付を披露する場に座る。
明らかに、なにかの思惑がある。
それを、私は頭の中に残しておく。
招待状は出す。あとは当日、実物を観察するだけだ。
会えない敵より、会える敵の方がずっといい。
前日の放課後には、通し稽古をやった。
壇上の立ち位置、発表の順番、ランプの点灯の間合い。
ユリウスが本番前だというのに配線を一箇所いじり直そうとして、リヒャルトに襟首を掴まれていた。
「本番の前夜に触るな。混乱する」
「ですが、あと二割ほど効率が上がるかもしれないんです」
「その二割を欲張って、当日に使えなくなったらどうする」
もっともすぎる説教である。
バルトロウは発表の口上を丸暗記してきて、声量の加減だけを注意された。
セバスティアンは緊張して言葉に詰まってしまうので、練習を三回申し出て、三回目にようやく来賓役のフリーデリケから合格をもらっていた。
全員がなんとか形になったということで解散する間際、マクシミリアンが全員を見回して言った。
「明日は成果を見せる場だ。だが、忘れるな。成果はもう出ている。明日はそれを、正しく伝えるだけでいい」
五人が頷き、三人娘が礼をして、稽古は締まった。
帰りの馬車で、私は明日の式次第をもう一度確認する。
開会の式辞、展示の観覧、成果発表、歓談、閉会。進行の穴は、どこにもない。
全てが順調だった。
けれども、今にして思えば……順調すぎたのだ。




