第18話 仲間
週末のサロンには、また焼き菓子の匂いが満ちていた。
今日は仕事の紙を一枚も持ち込まない、と決めてある。純粋な労いの席だ。ソフィアの菓子皿は前回より一段増えて、四段になっていた。
ちょっと増やしすぎである。
「お三方は、お嬢様の大切なお客様でございますので」
「そうだけれど、四段は食べきれないでしょう」
「フリーデリケ様なら、あるいは」
真顔で言うのはやめてほしい。否定できないのが困るのだ。
果たして三人が到着すると、フリーデリケは四段の菓子皿を見上げて拍手をし、マルガレーテに扇で小突かれ、エリーゼに袖を引かれながら着席した。
ひと月前より、三人の距離が明らかに近い。
「それでですね、その子爵令嬢ったら、湯浴み場で私と鉢合わせた途端に――」
フリーデリケの武勇伝は三周目に入っていた。エリーゼは紅茶のカップを両手で包んだまま、くすくすと肩を揺らしている。
「もう、フリーデリケったら、その話は三度目よ」
マルガレーテがそこまで言って、ぴたりと止まった。
扇が音を立てて開き、口元を隠す。
「三度目で、ございますわよ、フリーデリケさん」
「今、素で仰いましたわね?」
フリーデリケのからかいに、マルガレーテはむきになって反論する。
「仰っておりません」
「仰いましたわ! ね、エリーゼさん!」
「わ、私は、何も聞いておりません……ふふ」
聞いていないと言いながら、エリーゼの手帳には今きっと何かが書き足された。マルガレーテの耳が、扇でも隠しきれずに赤い。
笑い声の中で、私はふと、最初のお茶会を思い出していた。
あの日、行儀よく並んで座っていた三人は、今、テーブルに身を乗り出して言い合っている。
衣擦れの音より、笑い声の方が大きい。
「皆様、聞いてくださる」
私がカップを置くと、三人の顔がこちらを向いた。
「今回の件、私一人では絶対に消せなかった。初動を掴んだのはフリーデリケさん、記事で流れを変えたのはエリーゼさん、届く順番を設計したのはマルガレーテさん。……皆様は私の取り巻きではなくて、仲間だわ。これからも、そう呼ばせてちょうだい」
三人が、言葉を失う。
最初に立ち直ったマルガレーテが、扇を畳んで、まっすぐに私を見る。
「もったいないお言葉ですけれど……ありがたくお受けいたしますわ。ね、お二人とも」
「は、はいっ」
「もちろんです! そうしたら、何か分かりやすい名前をつけたらどうでしょう。広報隊とか週報団とか」
「し、白薔薇の会、などは……あっ、いえ、お庭のお花が綺麗でしたので、つい」
思わず口走ってしまった、という様子のエリーゼに、マルガレーテが頷きながらも意見を返す。
「あら、素敵。ですけれど、お仕事の看板でしたらもう少し実務寄りがよろしいのでは?」
議論がいつまでも続きそうだったので、途中で切り上げることにする。
このままではお茶会が終わりそうにない。
「その相談は次回の議題にしましょうね」
命名会議が今夜まで続きそうな勢いだったので、議題送りにしておく。エリーゼの案が妙に胸に残ったことは、ひとまず黙っておいた。
命名会議の熱がようやく冷めた頃、窓の外は茜色になっていた。
玄関まで三人を見送る。
馬車に乗り込む間際、フリーデリケが振り返って大きく手を振り、エリーゼが小さく振り、マルガレーテは扇を胸に当てて完璧な礼をしてから、最後にほんの少しだけ手を振った。
三台の馬車が門を出ていくのを、見えなくなるまで眺めてしまった。
この世界に来たばかりの頃、人は皆ガラスの向こうにいた。家族でさえそうだったのだから、社交界の令嬢なんて、ガラスどころか壁の向こうだ。
でも今、手を振り返した私の手の平には、握手の代わりみたいな、妙な温度が残っている。
薄まるものね、ガラスって。仕事を一緒にすると、特に。
その夜、私は自室の机で計画書を広げた。
第四手・取り巻きの令嬢三人を広報担当に変換。
その一行の「取り巻きの令嬢三人」に、ペンで静かに線を引く。
空いた余白に、新しい文字を書き入れた。
【第四手・広報チーム、始動済み】
インクが乾くのを確かめて、私は計画書を引き出しに戻し、次号の週報の構成案を白紙の一番上に書き始めた。




