第16話 改革プロジェクト通信
創刊号の草稿が仕上がったのは、それから十日後だった。
名前は『改革プロジェクト通信』。
発行人はマクシミリアンで、編集は私と三人娘。
一枚目の記事は五つの改革案の紹介で、エリーゼの原稿は依頼の三日後には届いていた。
仕事が早い。しかも文章のどこにも背伸びがない。難しい制度の話が、隣の席の子に教えてもらうような近さで書いてある。
私はその原稿を放課後の生徒会室へ持ち込んだ。発行人の監修を通すためだ。
扉を開けると、定例会の後らしく、五人がまだ長机に残っていた。
「ユリアーナ様! 例の週報とやらは、いつから貼り出されるのですか!」
バルトロウの声で、窓の硝子が薄く震えた気がする。訓練案の記事化を、彼は初回から心待ちにしているのだ。
「創刊号の草稿が、今日ここに。皆様の記事は順番に載りますから、ご安心を」
「載る順で揉めるなよ」とリヒャルトが釘を刺し、「図解を入れるなら僕が描きますよ、ランプの配線図とか」とユリウスが眼鏡を光らせる。誰も頼んでいない配線図である。
セバスティアンだけは黙っていたが、草稿の「平民向け初等教育」の文字を見つけた瞬間、机に置いた手が小さく動いた。
「殿下、創刊号の草稿ですわ。お目通しを」
「ああ、預かる」
マクシミリアンは書類仕事の手を止め、草稿を受け取った。読み始めて、すぐにペンを持ち直す。
インク壺に浸る音。紙の上を走る、規則正しいペンの音。
彼は黙ったまま、余白に小さな字を書き込んでいく。私は向かいの席で次号の構成を練るふりをしながら、その手元をつい目で追ってしまった。
戻ってきた草稿の余白には、赤茶のインクで指摘が並んでいた。
「予算の桁は概算と明記した方がいい。ここの『決定』は『検討中』が正確だ。それから、この段の書き出しは良いね」
「直しどころだけでなく、良いところまで仰るのですね」
「事実を言ったまでだ」
言い方はそっけない。そっけないのに、余白の字は一画も崩れていなかった。
几帳面で、堅すぎなくて、筆圧の強さがどこかに滲む字。
――あの手紙と、同じ字だ。
『とても素晴らしい』の一文を、何度も読み返したから覚えている。あれと同じ手が、いま私の原稿の余白を埋めている。その事実が、妙に指先をそわそわさせた。
いえ、これは監修。ただの校正作業よ。赤入れに動揺する編集がどこにいるの。
「ユリアーナ?」
「なんでもありませんわ。修正して、明日には貼り出します」
私は草稿を胸元に引き寄せ、礼をして生徒会室を出た。廊下の空気が、頬に少しだけ冷たかった。
翌日の昼、修正を終えた創刊号は、中央棟の掲示板に貼り出された。
糊の匂いが残る掲示板の前に、最初は数人、昼休みの終わりには人垣ができた。
糊だと風で飛んでしまいそうだわ。画鋲があれば便利なのに。
ふむ。これは公爵家で作ってみてもいいかもしれないわ。用途が限定しているから、学園以外で使われることはなさそうだけれど。
「改革案って、五つもあるの?」
「見て、予算の内訳まで書いてあるわ」
「来週も出るんですって」
人垣の後ろでフリーデリケが聞き耳を立て、マルガレーテが刺繍の会の面々に涼しい顔で補足を入れている。
エリーゼは柱の陰から出てこないけれど、手帳に何かを書きつける手が止まらない。
滑り出しは上々ね。
私は人垣に気づかれないうちに、その場を離れた。
歩きながら、廊下の窓の外に目をやる。中庭の若葉が、昼の光で艶々と光っていた。
密室は憶測を生み、憶測は噂を生む。だから最初から、扉を全部開けておく。見せて困るものがないなら、見せた方が強いのだ。
もっとも、扉を開けたら開けたで、石を投げ込んでくる人は必ずいる。前世の経験上、それはもう天気みたいなものだと思っている。
降る前に、傘の用意だけはしておきましょう。




