第15話 噂の製造集団、広報部に任命する
お茶会当日のサロンは、焼き菓子の甘い匂いで満ちていた。
ソフィアが宣言通り腕によりをかけたらしく、テーブルの中央には三段の菓子皿が鎮座している。南向きの窓から、レース越しの光が銀器を柔らかく光らせていた。
約束の時刻ぴったりに、三人は揃って現れた。
先頭はマルガレーテ。金褐色の髪を高く結い上げ、閉じた扇を胸の前に構えている。入室の一歩目でテーブルと席の配置を確かめる目の動きは、もう職業病の域だ。
半歩下がってエリーゼ。亜麻色の髪を下ろした小柄な子で、目が合うと睫毛が先に伏せられた。抱えた小さな手提げから、革表紙の手帳が覗いている。
最後がフリーデリケ。赤毛を弾ませて、裾さばきがやたらと軽快だ。着席する前から、視線が菓子皿を三往復ほど検分していた。
「ごきげんよう、皆様。お忙しい中、ありがとう」
「ごきげんよう、ユリアーナ様。お招きにあずかり光栄ですわ」
マルガレーテが代表して礼を執り、三人が腰を下ろす。衣擦れの音まで、なんだか行儀がいい。
紅茶が注がれて、細い湯気が立った。一口含むと、舌の上に花の香りが広がる。ソフィア、本気の茶葉を開けたわね。
しばらくは他愛のない話をした。授業のこと、式典の装花のこと。
「そういえば、生徒会が何やら大きな計画を始めたと伺いましたわ」
水を向けてきたのは、やはりマルガレーテだった。探りというより、確かめる口ぶりだ。
「先週の放課後、殿下のお側の方々が資料の束を抱えて廊下を行き来しておられたと。あれだけ人が動けば、隠しようもございませんもの」
「わ、私も、その……図書室で、リヒャルト様が関税の本を五冊も」
「東門前のパン屋のおかみさんが『最近、学園の書記の注文が倍になった』と申しておりましたわ!」
エリーゼが図書室で、フリーデリケがパン屋で。三人とも、頼んでもいないのにもう情報が集まっている。
これだ。この観察力と収集力を、遊ばせておく手はない。
三人とも如才なく話を回すけれど、視線の端に「ご用件は何かしら」の色がちらちら見え隠れしている。
察しのいい子たちだ。なら、勿体ぶるだけ失礼というもの。
私はカップを置いて、居住まいを正した。
「マルガレーテさん、エリーゼさん、フリーデリケさん。皆様にお願いしたいことがありますの」
三人が、きょとんとした顔になった。
「改革プロジェクトの広報を、手伝っていただけないかしら。皆様の社交力は学園随一ですもの。情報を正確に、魅力的に伝える力のある方にこそ、お力をお借りしたいのですわ」
沈黙が落ちた。
エリーゼの指が手提げの持ち手をきゅっと握り込む。フリーデリケは焼き菓子を口へ運びかけた姿勢のまま止まっていた。
最初に動いたのは、やはりマルガレーテだった。構えていた扇が、ゆっくりと膝の上に下ろされる。
「ユリアーナ様……私たちを、頼ってくださるの?」
意外にも、その声には喜んでいるような響きがあった。
ゲームのユリアーナは、彼女たちを便利な駒としか見ていなかった。利用するだけ利用して、最後の最後に切り捨てた。
でも、この子たちはユリアーナに頼られたくて行動していたのかもしれない。
それなのにあっさり切り捨てられてしまったから、彼女たちもユリアーナを見捨てた。……と、そんな想像は、あまりにも自分に都合がいいかしらね。
「もちろん。むしろ、三人の協力がなければ成り立たないわ」
言い切ると、三人の目の色が変わった。
私は指を一本立てる。
「まず、プロジェクトの週報を作って、学園の掲示板に貼り出すの。密室で何かをしている、なんて印象を持たれたら負けですもの。進捗は全部、表に出すわ」
「まあ。公開なさるのですか? 殿下のお仕事ぶりまで、全部?」
「ええ、全部。マルガレーテさんには、その週報が各派閥へ正しく届く流れを組んでほしいの。どの家に、どの順で、誰の口から伝わるのが一番早くて正確か。それを描けるのは、あなただけよ」
マルガレーテの背筋が、すっと伸びた。
「侯爵家筋には水曜の刺繍の会。伯爵家筋なら木曜の乗馬倶楽部。あとは寮の談話室が三箇所ございますわ。経路でしたら、今この場で引いて差し上げられてよ」
早い。しかも具体的だ。頭の中の派閥地図に、もう線が走っている。
「エリーゼさんには、記事を書いてほしいの。あなたのお手紙、読んだ方が皆、褒めていらっしゃるわ。正確なのに、読むと少し嬉しくなる文章。週報に要るのは、まさにそれなのよ」
「わ、私……人前でお話しするのは、その、苦手で……」
「話さなくていいの。書いてくださるだけで」
「……書くだけ、でしたら」
エリーゼは手提げから手帳を出し、胸の前で抱きしめた。伏せがちだった睫毛の奥で、目だけがはっきりと光っている。
「フリーデリケさんは、耳と足をお願い。学園を流れる話を、良いものも悪いものも、誰より先に拾ってきてほしいの。噂は初動が命。火種のうちに掴めるのは、王都最速のあなたしかいないわ」
「王都最速! まあ、まあまあまあ! ユリアーナ様ったら、よくご存知ですこと!」
フリーデリケが椅子から浮きかけて、マルガレーテの扇の先にぴしりと制された。座り直しつつも、赤毛の下の顔はにこにこと崩れたままだ。
三者三様の反応を眺めながら、私は残りの段取りを卓に広げた。
週報は毎週末に一枚。記事はエリーゼ、配布経路はマルガレーテ、街の反応と学園の空気の収集はフリーデリケ。
集まりはこのサロンか、学園の空き教室で週に一度。
「報酬は出せないけれど、名前は出すわ。週報の隅に、編集係として三人の名を載せます。仕事には、した人の名前が残るべきですもの」
三人が顔を見合わせた。
令嬢の「お手伝い」は、普通、誰の名も残らない。家の名の陰で、なかったことになる類のものだ。それを知っているから、三人とも一瞬言葉を探して、失敗していた。
「承知いたしました」
マルガレーテが、扇を胸に当てて頭を下げた。エリーゼが慌てて倣い、フリーデリケは倣いすぎて額を卓にぶつけかけた。
頭を下げ終えるが早いか、マルガレーテが「紙とペンを拝借できまして?」と手を挙げた。
ソフィアが差し出した紙に、彼女はすらすらと線を引き始める。学園と主要な家々を結ぶ、情報の流れの図だ。
刺繍の会、乗馬倶楽部、三つの談話室。線の太さまで描き分けていて分かりやすい。
「太い線は速くて雑、細い線は遅くて正確ですの。週報は細い線から流しますわ。速さは掲示板が担ってくれますもの」
「……『新しい風、吹く』。あ、いえ、その、題字の案を、つい」
エリーゼが手帳に顔を半分埋めながら呟き、フリーデリケが「素敵!」と身を乗り出して、菓子皿の四段目を危うく倒しかけた。
気づけば、お茶会は作戦会議になっていた。誰も指示していないのに、それぞれが自分の持ち場から話し始めている。
この光景、覚えがある。生徒会室で見た、あの空気だ。自分で見つけた仕事に火がついた人間は、放っておいても走り出す。
「では皆様、最初のお仕事よ。創刊号に載せてほしいことを、次に集まるまでに三つずつ考えてきてくださいな」
初回で宿題。定着率の秘訣は、生徒会と同じである。
三人は頷き合い、帰りの馬車が待つ玄関へ向かう間も、もう配布経路がどうの、題字がどうのと囁き合っていた。
その背中を見送って、私はソフィアに菓子皿のお代わりを頼んだ。仕事の話が弾む茶会は、菓子の減りも早いのだ。




