第14話 原作の取り巻きたち
生徒会室での初会合から三日後の夜、私は自室の机で招待状を書いていた。
宛先は三人。マルガレーテ、エリーゼ、フリーデリケ。ユリアーナの記憶の中で、いつも私の斜め後ろに控えていた令嬢たちだ。
蝋燭の火が、便箋の上で小さく揺れる。インクの匂いに混じって、机の上に飾られた白薔薇がほのかに香った。
ペンを走らせる前に、頭の中で三人の資料を開く。
マルガレーテは伯爵家の長女。茶会の席順をひと目で組み替えられる子だ。誰と誰が不仲で、どの家とどの家が縁続きか。社交界の派閥地図が、丸ごと頭に入っている。
エリーゼは子爵家の次女。普段の口数は少ないのに、手紙になると別人のように雄弁になる。彼女のお礼状は「額に入れて飾りたい」と社交界で評判だった。
フリーデリケは男爵家の三女で、情報通だ。侍女や執事を輩出する一族なので、どこの夜会で何があったか、翌朝には把握している。
情報の初動の速さなら、学園どころか王都でも指折りだろう。
そしてゲームでの三人は、ユリアーナの取り巻きだった。
悪評に尾ひれをつけて広める、噂の製造工場。
断罪の場では真っ先に切り捨てられ、青ざめて俯くだけの背景でしかなかった。いわゆる、名前つきの駒、という扱いだ。
断罪イベントのスチルを思い出す。壇上で糾弾されるユリアーナの後ろで、三人は互いに視線を交わし、じりじりと距離を取っていく。
あの構図は「保身に走る小物」の演出だったのだろう。
でも今なら分かる。あの子たちは、切り捨てられる前に逃げただけだ。主が沈む船だと分かって、退路を探さない部下がどこにいる。
――ふと、前世の光景が浮かんだ。
深夜のオフィス。異動の内示だけを残して消えた、隣の席の同僚。上司の失敗の後始末を全部かぶせられた末の、空になった椅子。
気づけば、ペン先が便箋の上で止まっていた。
危ない。インクが落ちる寸前だった。
切り捨てられる側の顔なら、前世で嫌というほど見てきた。だからあの三人を、駒のままでは終わらせない。
それに、噂を広める才能は、裏を返せば情報を届ける才能だ。向きをネガからポジに変えるだけで、そのまま広報の即戦力になる。
前世の会社で言えば広報部ね。倍率の高い花形部署だわ。
というか、普通に彼女たちの能力は高い。それをただの噂話の流布で消費してしまうなんて、もったいないわ。
才能があるならば、それを生かす職務を与えるのが、有能な上司というものですからね。
私が書き上げた招待状は三通。
文面は同じでも、封蝋の色だけは各家の紋章色に合わせて変えた。この手の小技は、ユリアーナの記憶が勝手に指を動かしてくれる。
封を並べて乾かしていると、扉が控えめに叩かれた。クラウスだった。
「先日お尋ねの件でございます。式典の折の、蜂蜜色の御髪のご令嬢は、ヘルムシュタット伯爵家のご長女、マリアンヌ様かと」
ヘルムシュタット伯爵家か。古い家柄ではあるけれど、とりたてて目立つ功績はない家だ。
「うちと何か関わりは?」
「特には。社交上の悪い評判もございません」
接点なし、悪評なし。
でも私へのあの品定めの視線を考えると、そうすべき「何か」が彼らにはあった。であれば、注意しておくに越したことはない。
ささいな違和感を放っておくといずれ大ごとになる可能性を秘めているというのは、前世社畜の常識だ。
とはいえ、今は手元の紙の端に家名だけ書き留めて、いったん頭の棚にしまう。材料が足りない案件を捏ね回しても、時間が溶けるだけだ。
「ありがとう。引き続き、何かあれば教えて」
「かしこまりました」
クラウスが下がってから、私はインクの乾いた手紙を重ねて揃えた。
「さて、これでうまくいけばいいけれど」
翌朝、書いた手紙をソフィアに渡した。
「三日後にサロンでお茶会を開くわ。準備をお願いね」
「かしこまりました。お嬢様が御自分からお茶会を、でございますか」
「ええ。おかしいかしら」
「いいえ。腕によりをかけます」
ソフィアは真顔のまま、袖を軽くまくる仕草をした。侍女のする仕草ではない。でも頼もしいので、良しとする。




