第12話 提案
翌日の放課後、私は資料の束を抱えて生徒会室の扉を叩いた。
昨日の歓談の場で、マクシミリアンには「学園運営について提案がある」とだけ伝えてあった。
彼は怪訝な顔一つせず、翌日の放課後を指定してきた。この即断即決、上司なら当たりの部類だ。
「失礼いたします」
生徒会室は、南向きの明るい部屋だった。長机と書棚、壁には歴代生徒会長の名前を記した額縁があって、そこには王族、公爵家、侯爵家の名前が連なっている。
なるほど。学園は平等をうたっているけれど、実際はガチガチの権威主義だということがよく分かるわね。
窓際の席にマクシミリアンがいて、その周りにリヒャルト、バルトロウ、ユリウス、セバスティアンが揃っていた。
王族が入学した際は、必ず生徒会長に任命される。新入生でも例外ではない。そして王太子が生徒会長を務める際に側近候補が役員に名を連ねるのは、この学園の伝統だ。
つまりこの部屋は、攻略対象の巣である。
好都合だわ。五人への説得が、まとめて一度で済む。
「わざわざ足を運ばせてすまない。それで、提案とは」
マクシミリアンに促され、私は長机に人数分の資料の束を置いた。表紙を揃えて、各人の前へ滑らせる。
「殿下。学園在学中に実施可能な改革案を、五つまとめて参りました」
部屋の空気が、一瞬止まった。
「五つ? 入学二日目でか?」
「入学前から準備しておりましたの。将来の王太子妃として、殿下のお力になりたいと考えておりますので」
嘘ではない。断罪回避のために殿下との関係を良好に保つ必要があり、そのためには有能な婚約者であり続けるのが最善、という計算を省略しただけだ。
マクシミリアンは私の顔をまじまじと見て、それから表紙をめくった。残る四人も、顔を見合わせてから資料に目を落とす。
内容は、頭に叩き込んである。
一、平民向け初等教育の拡充。
二、騎士団の訓練制度改革。
三、魔導研究の民間応用の推進。
四、外交政策の見直し提言書の作成。
そして五、四案の統括と王への上奏。
五案それぞれに現状分析と数字と実施手順を付け、誰が読んでも「学園在学中に着手できる」と分かる形に仕上げてきた。書庫に通い詰めた一ヶ月の成果物だ。
紙をめくる音だけが、しばらく部屋を満たした。
私は口を挟まずに待つ。読んでいる相手に説明を被せてはいけない。会議室の空気の読み方は、世界が変わっても同じだ。
最初に顔を上げたのは、バルトロウだった。
「ユリアーナ様! この、騎士団の訓練制度改革というのは!」
身を乗り出した勢いで、長机がずしりと鳴った。
「現行の訓練は伝統重視で、新兵の負傷率が高止まりしています。段階別の訓練課程に組み直せば、負傷を減らしながら練度を上げられるはずですわ。……興味がおあり?」
「あるどころではない! 親父が、いえ、父が食卓で何年も同じことを唸っておりました!」
拳が手の平を打つ。ぱんっ、といい音がした。
「父の新兵時代の同期が、無茶な組み手で肩を壊して郷里へ帰ったそうで! 段階別なら、あの男は今も剣を握れていたはずだと、酒が入るたびに!」
「では、その悔しさごと案に注ぎ込んでくださいな。担当はバルトロウ様、あなたですわ」
「謹んで! いや、喜んで! どちらでもいい、やります!」
よし、一人目、食いついた。それも想定の倍の勢いで。
「随分と具体的な数字が並んでいますが」
次に口を開いたのはリヒャルトだった。資料から目を上げず、指先で一点を叩いている。
「この隣国アルテシアとの通商比較、出典は。それに三年前の関税改定が反映されていないように見える」
「出典は公爵家書庫の外交文書の写しですわ。関税改定は仰る通り未反映です。最新の数字は宰相府にしかないので、そこはリヒャルト様が反映してくださいな」
「私が?」
「外交政策の提言書作成。この案の担当は、あなたを想定しておりますの」
リヒャルトは初めて顔を上げ、私を見て、もう一度資料を見た。粗を探す目つきで最後まで読み返し、それから、ゆっくりと頷いた。
「粗はあるが、だからこそやりがいがある、か。分かりました。引き受けましょう」
彼のこの慎重さなら、提言書も安心して任せられるというものだ。
「あの、僕はこの、魔導研究の民間応用、でしょうか」
ユリウスが眼鏡を押し上げながら、資料の一点を指した。
「魔導ランプの規格更新、灌漑への魔導具転用……。質問してもいいですか。この『民間応用』の範囲は、どこまでを想定していますか? 軍事転用との線引きは? 特許のような権利保護の仕組みは?」
「範囲は民が生活に使うものだけに限定します。どこまでかという線引きは殿下の統括判断ですね。権利保護は制度から作る必要がありますから、それはユリウス様の宿題ということで」
「宿題……ふふ、いいですね、それ」
質問に質問で返す研究者気質。想定通りすぎて、逆に感動するわ。
最後の一人は、まだ資料を見つめたまま黙っていた。




