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【長編版】ヒロインを排除したら、断罪ルートが消えました  作者: 彩戸ゆめ


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第11話 攻略対象たち

 最初の一人は、すぐに見つかった。


 窓際で年配の来賓と話している銀髪。リヒャルト・グラーフェンベルク、宰相の息子だ。


 遠目にも姿勢がよく、相手の言葉に頷きながら、時折すっと髪をかき上げる。その仕草の合間に、視線だけが素早く会場を往復していた。誰と誰が話しているか、全てを観察しようとしている目だ。


 挨拶に出向くと、彼は完璧な角度の礼を返してきた。


「ヴァイスフェルト公爵令嬢、ご機嫌麗しく。お噂はかねがね伺っております」

「あら、どのような噂かしら」


「書庫にこもって外交文書を読み込む令嬢がいる、と父が。……失礼、ご不快でしたか」

「いいえ。事実ですもの」


 正直に返すと、リヒャルトは目をわずかに見開き、それから口の端だけで笑った。


「これはこれは。てっきり否定なさるかと思いました」


「読んだものは読んだのだから、仕方がありませんわ。それより、宰相閣下が家庭で私の話をなさるだなんて光栄ですこと」

「父は面白いものが好きなだけです。私も、その血を引いていますが」


 値踏みの色が、面白がる色に一段変わった。

 なるほど。この切り替えの速さは、優秀な証拠だ。


 それからは当たり障りのない会話をして会釈して離れる。

 お互いの第一印象としては、まずまずの出だしだろうと満足する。


 ここまでは順調。

 さて次は、と、探すまでもなかった。大きな声が向こうから飛びこんできたからだ。


「はっはっは! いや、うちの親父がですね!」


 人垣の向こうで、日に焼けた大柄な男子生徒が笑っていた。バルトロウ・アイゼンハルト、騎士団長の息子。


 制服の肩幅が明らかに規格外で、笑うたびに周りの空気ごと揺れる。

 話が弾むと、拳で自分の手の平をぱんっと打つ癖があるらしい。会話の句読点が打撃音だなんて新鮮ね。


 挨拶をすると、彼は背筋を伸ばして騎士の礼を取った。


「バルトロウ・アイゼンハルトであります! 公爵令嬢殿にご挨拶申し上げる!」

「声が大きくてよ、バルトロウ様」

「はっ! よく言われます!」


 あぁ、これは直らないやつだわ。

 でも、嫌いじゃない。裏表のない声というのは、それだけで貴重だ。


 三人目は、壁際の静かな一角にいた。


 細身の体に眼鏡。天才魔導師と名高いユリウスだ。手にした杯には口をつけず、シャンデリアの魔導ランプをじっと見上げている。


「ごきげんよう、ユリウス様。灯りに何か?」

「ああ……これは失礼しました、ユリアーナ様」


 彼は眼鏡の縁を人差し指で押し上げ、ふわりと微笑んだ。


「光の揺らぎ方が気になりまして。この講堂のランプ、魔力の供給周期が古い規格のままなんです。改修すれば消費が二割は減るのになあ、と」

「式典の間、ずっとそれを?」

「はい。おかげで学園長のお話は一言も覚えていません」


 悪びれもせずに言うので、扇の陰で笑ってしまった。


「二割は大きな数字ですわね。学園全体なら、浮いた予算で何ができるかしら」

「! いい質問です。ええと、概算ですが――」


 眼鏡の奥の目が、ランプよりも明るくなった。天才魔導師の頭の中は、初日から通常運転らしい。

 概算とやらが三分続いたところで、私は丁重に礼を述べて次へ向かった。


 そして四人目は、会場の隅にいた。


 セバスティアン・ブラウン。平民出身の奨学生。焦げ茶の髪をきちんと撫でつけ、壁を背にして立っている。


 誰とも話していないのに、所在なげには見えなかった。

 会場の人の流れを目で追い、給仕の動線が乱れれば半歩ずれて道を空ける。観察して、把握して、それから動く。そういう目をしていた。


 なるほど。いずれ凄腕の商人になるだけのことはあるわ。


「ごきげんよう。私はユリアーナ・ヴァイスフェルト。あなたのお名前を教えてくださる?」


 私が歩み寄って声をかけると、彼は驚いたように背筋を伸ばした。


「セバスティアン・ブラウンと申します。その、公爵令嬢様が、僕に何か……」

「同じ新入生ですもの、ご挨拶をと思って。噂の首席入学の方でしょう」

「恐れ入ります」


 深く下げられた頭。言葉数は少ないが、声は硬いだけで卑屈ではない。緊張の膜の下に、しっかりした芯が透けて見える。


「学園には、もう慣れまして?」


 平民が入学する場合、貴族よりも一週間先に学園へ通うという決まりがある。

 それはこの学園に馴染み、貴族に対しての対応を学ぶ時間だ。


 学園での学生生活は基本的に平等とはいえ、王太子と平民が同列であるはずはない。やはりそこには明確な身分の差というものが存在する。


 だからこそ、不敬にならず、卑屈にならないよう、正式な入学前に身の処し方を学ぶのだ。


 実はその一週間で入学に適さないと判断された平民は、学園に通うことができなくなる。

 王太子や公爵令嬢が通う場所なのだから、当然の配慮だ。


「いえ、まだ。……ただ、思っていたより、食堂のパンがおいしくて驚きました」


 言ってしまってから、彼は口元を押さえた。公爵令嬢への話題ではなかったと気づいたらしい。耳が赤い。


「あら、大事な情報だわ。私もいただいてみましょう」


 そう返すと、彼は目を丸くして、それから初めて年相応の顔で少しだけ笑った。


 ノートの上では「資料の少ない要注意人物」だった彼が、目の前では、パンの味に驚く一人の少年だった。


 挨拶行脚を終えて、私は柱の陰で一息ついた。


 五人分の答え合わせ、完了。

 結論――全員、設定より面白い。


 紙の上の攻略対象たちは、会ってみれば、声が低かったり、拍手より先に手の平を打ち鳴らしたり、天井のランプに恋をしていたりする。生きている人間は、情報量が違う。


 果実水の残りを飲み干そうとして、ふと、視線を感じた。


 肌がぴりりとする、あの感覚だ。会議室で誰かに答案を覗き込まれている時の。


 会場の対角。令嬢たちの輪の中から、一人だけこちらをじっと見ている。蜂蜜色の巻き毛の令嬢だった。


 目が合っても、逸らさない。かといって睨んでいるわけでもない。布地の質を確かめる商人のような、上から下まで測る目つきだ。


 敵意なら慣れている。社交界にも会議室にも、あれは掃いて捨てるほどあった。でもあれは違う。値札を探す目。つまり――品定めだ。


 令嬢は、私が見返したのを確かめると、扇を広げて優雅に一礼し、輪の中へ戻っていった。所作は完璧。悪意の証拠は、何一つない。


 だからこそ、覚えておく価値がある。挨拶も交わしていない相手にあそこまで見られる筋合いは、今の私にはないはずだから。


 私は空になった杯を給仕に返した。初日から宿題が増えるのは、社会人の宿命というものなのだろうと思いながら。


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