番外編 赤ワインに、酔ったりしない(ルシアン視点)
ルシアン成人直後の話。
前編と後編の間の時間軸、ルシアン視点
(全然美味くないじゃないか)
婚約者の期待の目をよそに、俺はワイングラスをそっと置いた。隣で、ルビーがこちらを見ている。
ーーことの発端は、三日前に遡る。
「殿下、成人おめでとうございます。何かご所望のものはありますか」
執務室に顔を出したルビーが、珍しく殊勝なことを言った。
俺の成人を祝おう、という感覚があること自体が意外である。
「……ひとつ歳をとったからって、何も変わらんだろう。誕生日を喜ぶ子どもでもない」
「そんな寂しいこと言わないでくださいよ、せっかく成人したんですし、ワインでも飲みませんか?」
ルビーの柘榴色の目が輝いた。酒の話をするとき、こいつはいつもこの顔をする。
「……お前は飲めないだろう」
「わかってます!でも、匂いを嗅ぐだけでも……あ、ついでにラベルもいただけると……」
「人の成人祝いを、ラベル集めの理由にするなよ……」
「まぁまぁ。たまには、普段頑張っている婚約者を労って、ワインくらい開けてくださいよ」
「開き直ったな。完全に俺の誕生日を祝う気ないじゃないか」
ルビーは、イタズラがバレた子どものように笑う。
「確かに、この前のお前の働きはなかなか良かった。じゃあ3日後、俺の部屋で、でいいな?」
「さすが殿下、話が早い」
ルビーは嬉しそうに笑って、颯爽と執務室を出ていく。「チョイスは私にお任せをー!」と叫び声が聞こえる。王子の婚約者として素行に問題あり、減点だな。
なのに、気づけば俺の頬は緩んでいた。
(あいつが愛する酒、か。確かに興味はある)
ーーそして今夜。
テーブルには、ルビーが選んだワインが一本。
「2人きりですし、私が開けますね」
ルビーは手際よく、ボトルのキャップシールに指をかけた。
躊躇なく剥がして、コルクスクリューをまっすぐに差し込み、ゆっくりと回していく。
「おい」
「もう、せっかちですね。今注ぎますよ」
「そうじゃない、やけに手際良くないか?」
俺の問いかけにルビーはピタリ、と動きを止めた。一瞬、目が合うが、あいつはすぐに目を逸らした。
「おい、本当に飲んだことないんだよな!?」
「ないですないです……でもほら、殿下も知ってるじゃないですか?私、隠してるだけで才女なんで」
「……才女の意味を辞書で引いてみろ。飲んだこともないワインボトルが開けられる、は定義に入ってない」
「じゃあ私はワインボトルを開ける才能を持つ才女ってことですね」
ルビーのしたり顔が苛立たしい。腹が立ったので、あいつが開けたコルク栓をゴミ箱に投げた。
「あー!まだ匂い嗅いでないのに!!」と叫んでルビーがゴミ箱を漁ってる。いい気味だ。
それを無視して、ワインボトルを手にすると、ルビーが焦ったようにコチラを向く。
「私が注ぎます!」
「じゃあ頼む」
グラスの中に、ゆっくりと赤が広がっていく。
燭台の灯りを受けて、深く、揺れる赤。
柘榴色、だな。
特に意味はない。ただ、そう思った。
「殿下?」
「……ああ」
我に返って、グラスを受け取る。あいつは自分の手元に、スパークリングウォーターを置く。飲めはしないが、俺に付き合うようだ。甲斐甲斐しく、チーズとドライフルーツも並べている。
「俺は初めての酒だぞ……今更だが、普通アルコール度数が低くて甘い酒を薦めるんじゃないか?」
「初めてだろうが何だろうが、一番美味しいものを飲むのが1番ですよ」
だからお前、飲んだことないんだろう?そう思いつつも、こいつの楽しそうな笑顔に、今日は絆されてやる。
これは俺の成人祝いじゃない、部下への労いだ。
ワイングラスを口元に近づけ、そっと匂いをかぐ。揮発したアルコールの香りが、鼻についた。
ゆっくりと、口をつける。
渋い。それから、酸味。香りはいいが……
(全然美味くないじゃないか)
「……どうです?」
ルビーの質問に「悪くない」と答えると、あいつは口元を押さえた。笑ってやがる、腹立つ女だ。
「なんだ」
「いえ、何も?」
そう言いながら、あいつはチーズを差し出してくる。
「一緒に食べてみてください。また味わいが変わりますよ」
チーズを口に含んで、再度ワインを流し込む。
さっきより、悪くない。
「……なるほどな」
「相性いいでしょう!?このチーズはですね、このワイン産地の隣のアッシュ村で作られていて……」
ルビーが、楽しそうに語り始めた。産地、土壌、気候、水質。
聞きながら、ふと気づく。
(前にも聞いたな、この話)
どこかの来賓に送る酒をあいつが選んでいた。普通そういうのは臣下の仕事だが、あいつは気まぐれでこの手の仕事も自分でやる。俺は書類を見ながら、聞き流していたはずだったのにーー
なぜか、こいつの言うことを覚えていた。
産地の名前も、土壌の話も。
胸が、妙にざわつく。
「殿下、聞いてますか?」
「聞いてない」
「ちょっと!今すごく大事な話してたんですけど!?」
「ワインの産地の話の、どこがそんな重要なんだ」
「あ、やっぱり聞いてるじゃないですか」
そう言ってルビーが嬉しそうに笑った。今日は、こいつにしてやられることが多いな。
若干の苛立ちと共に「おい、そんなのいいから、この前頼んだ人事異動案、作ったんだろうな?」といえば、あいつは嫌そうに顔を顰めた。
「それ、お酒飲みながら話すことです?」
「知ってるだろ、俺はアイツのやりたいことを阻みたいんだよ」
「はいはい…..ルオード卿ですね」
「父上の人の良さに漬け込んでやりたい放題……誰かあいつ抹殺してくんねぇかな」
「……いつもより口が悪くないですか?もしかして、酔ってます?」
ルビーの心配そうな顔に「ワイン如きで酔うわけがないだろう」と返せば、声をあげて笑う。
「そうですね、あなたは神童ですもんね」
「お前なぁ......今度は神童の意味を辞書で調べとけ」
「ほら、殿下はお酒に酔わない神童ってことで」
「適当すぎだろ」
俺が薄く笑えば、あいつも楽しそうに笑った。
気づけば、グラスが空になっていた。ルビーが静かに立ち上がる。
「そろそろ失礼しますね。殿下、改めましてお誕生日おめでとうございます」
「ああ」
言ってから、気づく。まだボトルには、ラベルが貼られたままだ。
「あれ、剥がさないのか?」
素朴な疑問だった。
あいつは、困ったように笑う。
「このワイン、父に試飲してもらったんです。だから、ラベルはもうあるんですよ」
2人の間に、妙な間が流れる。
ルビーは「寝る前に、お水しっかり飲んでくださいね」と笑って部屋を出た。
部屋に、静寂が戻る。
テーブルの上には、ワインボトルが一本。
残っているワインを、グラスにそっと注いだ。
「ったく……入れてから帰れよ。王子に手酌させやがって」
身体が、少し熱っているーー
それに気づいてあいつが早く帰ったことも、だからこそワインをつがなかったことも、ちゃんとわかっていた。
「……ッチ!」
思わず舌打ちが漏れる。
グラスの中では、綺麗な柘榴色が揺れていた。
ーー俺は決して、酔ってなんかない。
異世界転生(恋愛)カテゴリランク入り、ありがとうございます!嬉しすぎて番外編書いちゃいました。
評価、ブクマ、感想などいただけると大変嬉しいです。




