番外編 白ワインに、酔いしれる(ルビー視点)
後編のあと、数ヶ月後くらいの時間軸だと思います。ルビー視点。
「おい」
無遠慮に呼びかけられて、顔を上げる。
執務室の窓から差し込む午後の光の中、殿下が書類から目を上げて私を見ていた。
「最近、パーティーが続いているだろう」
「何ですか、いきなり」
「……疲れてないか」
意外な言葉だった。
思わず、殿下の顔をまじまじと見てしまう。
「……どうしたんですか、突然」
「何でもない。ただ聞いただけだ」
顰めっ面で聞いているが、彼なりに心配してくれているのだろう。その優しさがこそばゆくて、気づけば笑ってしまっていた。じろり、と殿下が私を睨んでくるが、全然怖くない。
「そりゃ多少は疲れますけど……しっかりお酒も飲んでますからね!大丈夫ですよ」
「そうか」
短い返事。沈黙が続き、この話題は終わりかと思って手元の書類を見たら、再度声がかかった。
「……何か、欲しいものはないか」
「……え?」
「っだから!」
殿下が、少し声を上げて繰り返した。
「何か、欲しいものはないか、と聞いてるんだ。どこかに行きたいとか、なんかないのか」
(……これはもしかして)
「……今、私甘やかされてます?」
「っ、前から、俺は、労働にはしっかり対価を払っていただろう!今回もその一貫だ!」
殿下は眉を寄せて怒ってるポーズをとるが、耳は赤くて、照れているのがバレバレだ。
(この人、意外と恋愛方面はポンコツよねー。頭は良くても、まだ若いもんね!)
笑いを堪えて、殿下の言葉に、思いを馳せる。欲しいもの、欲しいもの……うーん。
殿下の言うことは正しい。
この人は昔から、私が頑張った分は、しっかり評価し、報いてくれた。特に欲しいものも思い浮かばないんだよなー。そう思って、ふと、この前侍女にもらった紙を思い出す。
「……あ」
「あるのか?」
「いや、いいです。何でもないです」
首を振って誤魔化すと、殿下は難しそうな顔をした。ペンを机に置くと、私の元にそっと近づく。
「……殿下?」
「遠慮するな、欲しいものがあるなら言え……婚約者だろう」
頭をそっと撫でられると、何ともこそばゆい。
思わず頬を染めると、それを見て殿下も恥ずかしげに笑った。
(まずい、この流れはまずいぞ……こんな状況でアレは見せれない)
「ありがとうございます、そのお気持ちが嬉しいです」
「……なんだ、俺には言えないようなものなのか」
「いやーそうなような、そうじゃないような……?」
私が誤魔化すのを、殿下は可哀想なものを見るような目で見た。
「安心しろ、欲しいものが酒でも受け入れてやる」
「……言いましたね?」
「ああ」
殿下の言葉に覚悟を決める。
女は度胸!
手元の手帳から、そっと紙を取り出し、殿下に差し出す。
彼がそれを受け取り、パラリ、と広げる音が鳴った。
一秒。
二秒。
殿下が、唇を引き攣らせた。
「お前、なぁ……!」
「だって、遠慮するなって言ったじゃないですか!」
「普通こう言う時の定番は、ドレスとか装飾品なんだよ!お前に合わせて酒でもいいとは言ったが……こんなのが飛び出してくるとは普通思わないだろう!」
殿下の手元のチラシを再度覗きこむ。
あぁ……何度見ても、甘美な響きだ。
『樽飲み!白ワイン飲み放題!王都下町の老舗酒場、一夜限りの特別営業!』
殿下が、ジッとコチラを見下ろし、憮然と言う。
「……却下だ」
「ほらーー!だから言わないでおいたのに!!」
「こんなの飲まなくても、酒はしこたま城にあるだろうが」
「そりゃそうですけど……こういう場所で飲むと、また味わいが変わるじゃないですか」
「……まさか、前に行ったことあるのか?」
「いや、ないですけど」
殿下が大きなため息をつく。
「しかも、飲み放題ですよ?殿下、飲み放題って言葉知ってますか?無限に飲めるんですよ」
「だから城でいくらでも飲めばいいだろう……」
「わかってますよ。私だって、一国の王子とその婚約者が、こんな場所に行けないことは弁えてます…..ただ、行きたいと思っただけですよ」
殿下からチラシを奪い取り、いそいそと手帳にしまう。
(あーあ。いい身分に転生できてラッキー、と思ったけど、好きに飲み歩けないのは不便だなー)
そっと項垂れると、殿下は髪をかきむしり「あー!」と叫んだ。
「え......殿下、頭大丈夫です?」
「うるさい!誰のせいだと思ってるんだ!」
「はい?私のせい?」
殿下が、こっちをじっと見つめてくる。色気のない目線だ。なんか、怖い。
「7日間、死ぬ気で働け」
「……なぜに?」
「だから!この日、お忍びでこの店に連れてってやる、って言ってるんだ!きっちり仕事終わらせとけ!!」
そう言って殿下は、大股で歩き執務室から出て行ってしまった。
「いや、言ってないじゃん……」
ぽつり、と呟いて、その後私は、大笑いした。きっと、その笑い声は廊下を歩く殿下にまで聞こえただろう。
ーー7日後
城下の路地裏で、殿下はフードを目深に被っていた。
その下には、少しくすんだ白いシャツ、下は煤がついたズボンを履いている。
いつもの華やかさはどこにもないのにーー姿勢が、立ち姿が洗練されている。
私は、市井を歩く町娘風のワンピースだ。小さく散りばめた花柄が可愛らしい。
「っふふ!殿下、その格好でもちょっと目立ちますね」
「おい、その呼び方をやめろ」
低い声で遮られた。
「……え?」
「お忍びなんだぞ。その呼び方じゃ、バレバレだ」
「じゃあ、何と呼べば」
「……お前知ってるか?俺にも名前があるんだぞ」
拗ねたように言って、殿下は先をスタスタと歩く。その瞳は、少し寂しげだった。
(え、この人、ずっと名前読んで欲しかったの!?……可愛いところあるじゃない!)
小さく笑うと、殿下ーールシアンが気づいたようにコチラを振り向いた。
「ちょっと、ルシアン。歩くの早いよ」
調子に乗ってタメ語で話しかけてみる。彼は一瞬目を大きく開いて、柔らかく笑った。
「っ早くしろ、飲み放題だろ?誰かに飲まれたら無くなるじゃないか」
「ルシアン知らないの?飲み放題では、お酒のストックも無限にあるんだよ」
「馬鹿を言うな、ルビー。無限におく場所なんてないだろう」
「モノの例えですー!ルシアンって、ほんと可愛くない!」
言い合いをしながら、2人揃って仲良く歩く。
無駄に名前を呼び合ったりなんかして、バカップルみたいじゃない。
気恥ずかしくて、そっとルシアンを見たら、彼も普段とは違うーー普通の青年の顔をして、笑っていた。
ーーーーーー
「おにいさーん!次、6番で!」
「はいよ!姉ちゃんの飲み方、いいねぇ!順番に飲んでんのか!」
「もちろん!今日の飲み放題メニュー8種類、順番にいくわよー!」
私の言葉に頷くと、ウェイターさんは急いで樽の方へ駆けてくれる。
向かいから、盛大なため息が聞こえた。
「……お前、本当に楽しそうに飲むな」
ルシアンは、2杯目のグラスを傾けながらこちらを見ていた。
「そりゃ美味しいですから!特に2番と5番はいいね。メニュー一周したら、また飲むんだ〜」
「……こんな安物の酒、どれも大差ないだろう」
「全然違うって!」
思わず身を乗り出してしまう。
「2番はまず、色が他のより澄んでいる。あっさりした味わいを期待させてーーその実、刺々しい味なの。舌で転がしていくと、キリッとしていて、それでいてわずかに甘みがあるのよ」
「……はぁ、そうかよ」
「5番は逆ね。色合いからしてミネラル豊富。様々な味わいを期待させてからのーーこっちは優しい味わいなの〜」
6番のグラスを受け取りながら、続ける。
あぁ、美味しいお酒を飲みながら、語らう。なんて楽しいんだろう。
体がポカポカして、頭も少し、ぼんやりしてきた。
「優しくて、奥には甘さがある。でも甘すぎず、それがちょっとクセになる感じで……」
グラスを傾けながら話すうちに、混乱してしてきた。
(……あれ?今私、なんの話してるんだ?)
グラス越しに、ルシアンが見える。
白熱電球に照らされた白金の髪は、今日のワインでいうところの5番みたいな色をしている。外では2番くらいの色合いなのに。
いやいや、そうじゃない、今はワインの話で。
そう、この6番のワインは、ふくよかで、懐が深い味わいでーー
ルシアンと、目があった。彼の透き通った青い目が、まっすぐ私を見つめている。
(キリッとしていて、それでいてわずかに甘みがある)
(優しくて、奥には甘さがある。ちょっとクセになる感じーー)
(ふくよかで、懐が深い)
そんなのまるで……ルシアン・ブランそのものじゃないか。
気づいて、グラスを「ダンッ!」とテーブルに置いた。ルシアンは、びっくりしてコチラを見ている。
「おい、大丈夫か!?」
その視線は配慮に溢れていて、こんなのもう……
「やばい。もう私、白ワイン飲めないかも」
「はぁ!?」
頬が、じわじわと熱くなってくる。
「お前、本当に大丈夫か?」
顔を覗き込まれると、彼の白金の髪がゆらゆらと揺れる。
「でん...ルシアン、その髪、別の色に染めてよ。じゃないと私、もう白ワイン飲めないじゃない」
「はぁーーー!?何言ってんだ、お前!」
ーーあぁ、もう最悪だ。この白ワインに、どっぷりと酔いしれてしまった。
ご愛読、ありがとうございました!
ひょっこり更新するかもですが、おそらくこれで、番外編含めひと段落です。
評価、感想、リアクションいただけると嬉しいです。
別作品「セカンドガールの私が学園のプリンスをざまぁします!」も完結済みなのでぜひご覧ください!
活動報告にも、後日この話の制作話載せたいと思ってます。




