第六十四話 自由。
私達はこの世界で生きる事を選んだ。
私達は、すでに、ここに存在しているのだ。
それを、運命神の気持ち一つで好き勝手に変えられる《ことわり》のせいでなかった事にされてたまるものか!
「福助、〈風魔法〉!」
「にゃ!」
福助が張り切って鳴いた。
福助の回りをきらきらしたものが弾むように飛んでいる。
激しい風の渦が運命神を襲う。
「くぅ、〈剣魔法〉!」
「にゃお」
くぅが作り出した数えきれないほどの剣が運命神の身体に突き刺さる。
と思った瞬間、運命神は身体をひねらせて剣を避けた。
それでいい。
避けた先には、すでによつばがスタンバイしている。
「よつば、〈魅了〉。最上級!」
よつばはそっと運命神の足に触れると、くりんと首を傾げてみせた。
「にぁぁぁん?」
うちの猫達のスキルは神様にも効果がある。
火の神様や農耕神様で実証済みだ。
運命神は操り人形のように、不自然な動きで《ことわり》を差し出してきた。
「りゅうたろう!」
りゅうたろうが運命神に飛びかかる。
運命神は我に返ったらしく、慌てて手を引こうとした。
ムダだ、もう遅い!
りゅうたろうが《ことわり》を奪い取り、私の元へと身を翻した。
無限収納から紅い刃の大鎌を取り出す。
「神の《ことわり》を、人が損なう事など出来ぬ!」
運命神はそう叫びながら手を伸ばしてきた。
確かに、普通の武器では無理だろう。
だが。
「これは、火の神様からもらった魔炎石と合成した武器なんでね!」
「な……っ!?」
勢いよく、大鎌の刃をを《ことわり》に振り下ろす。
突き刺さった所から小さく煙が上がり、黒い焦げ目が広がっていく。
「くぅ、燃やして!」
「にゃお!」
くぅの〈火魔法〉が、大鎌を種火として《ことわり》を燃え上がらせた。
この世界の《ことわり》が、ただの黒い塊へと姿を変えていく。
これでいい。
私達には、この世界で生きるもの達には、必要のないものだ。
「にゃあ!!」
せりが大きな声で鳴いた。
その瞬間、私の身体は吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。
……まずい。
身体中が痛い。
起き上がれない。
そりゃそうか。
うちの猫達ならともかく、神様相手に私程度が無事で済むわけないしな。
ごぼり、と自分の口から嫌な音がするのを聞いた。
「あの時」と同じだ。
向こうの世界での、最期の記憶。
チャビが私の耳元でごろごろとのどを鳴らして、〈回復〉させようとしている。
ごめん、チャビ。
多分、これ、ムリだよ……。
「うなぁぁぁぁおぅぅぅぅぅ!!」
くぅが怒り狂っている声がする。
くぅの怒りによる〈威嚇〉で、世界が震えている。
せっかく、運命神の《ことわり》を燃やしたのに。
魔王と化したくぅが、世界を滅ぼしてしまう。
今のくぅなら世界を燃やし尽くすのに十日もかからないだろう。
ダメだよ、くぅ。
「キ……ング……、〈空間……転、移〉……」
どうにか、声を絞り出す。
息が出来ない。
「にゃう……」
「くぅを……、みん、なを……つれて、いきな……さい……。わた、しは……すこ、し、ねむ、る……から……」
この世界に初めて来た時みたいに。
どこか遠くに。
猫達が、自由に走り回れる場所に。
あんた達が、望む場所に。
もう、この世界に《ことわり》は存在しないのだから。
「は、や……く……」
ああ、もうダメだ。
何も見えない。
ふっ、と意識が浮上した。
背中に硬いものが当たる感触がした。
これは床か?
目を開けると、石造りの天井が見えた。
もしかして、女神様の神殿?
キングが連れてきたのか?
「……」
ダメだ。身体中が重くて、胸が苦しい。
痛みは感じないが、起き上がる事ができない。
ぬっ、と福助の顔のドアップが目の前に現れた。
「うわ……っ!?」
ああ、いや、そういう事か。
現在の状況を理解した。
私の胸の上に、福助がどっかりと座って顔をのぞき込んでいるのだ。
首だけを動かして確認すると、右腕はチャビが、左腕はりゅうたろうが、それぞれ枕にして眠っている。
足の上ではせりとキングが丸くなっている。
さっきから髪の毛にイタズラしているのは、多分おこんだろう。
珍しく、よつばも手の届く位置で眠っている。
……動けないわけだ。
トータル何キロだと思っているのよ、あんた達!!
「はいはい、起きて。どいてね」
猫達をどかして起き上がる。
身体に痛みはない。
チャビが〈回復〉させてくれたのか。
死にかけていたはずだがな。
「ありがとう、チャビ」
チャビを撫でると、嬉しそうにごろごろとのどを鳴らしながら頭をこすり付けてきた。
ん? そういや、くぅはどうした?
「にゃお!」
声に振り返ると、何故かくぅが仁王立ちでふんぞり返っていた。
どうした?
よく見ると、くぅは白っぽい人魂のようなものを踏みつけていた。
………………。
あれ、もしかして、それって……。
いや、まさかな。
周りをよく見てみると、見たことのある構造の神殿だった。
ただし、もっとぼろぼろだったはずだが。
中央には、フードをかぶり本を手にした男性の白い像が立っている。
ああ、やっぱり……。
くぅが踏みつけているそれ、運命神なんだな? そうなんだな!?
つまり、あれか。
魔王と化したくぅが運命神に襲いかかり、私を〈回復〉させようとしたチャビが暴走した結果がこれなんだな?
おそるおそる神殿から外の様子をのぞいてみた。
街の様子は以前と変わりがない。
どうやら、異変が起こったのは神殿だけだったようだ。
ほっとしたのもつかの間、ざわざわと人の声が近づいてきた。
うん、まぁ、ぼろぼろだったはずの神殿がいきなり真新しくなったのを見たら確認しにくるよな……。
その前のくぅの怒りで、異変も起きていただろうし。
「うん、逃げよう」
その前に、あの人魂もどきをどうにかしなくては。
「おこん、〈創成魔法〉。ペットキャリー。あ、今回は小さいのでいいからね」
「にゃん!」
通常サイズのペットキャリーに、元運命神の人魂もどきを入れる。
特に抵抗する様子もない。
そういや、記憶も消えるんだったな……。
「キング、〈空間転移〉。女神様の神殿!」
キングがぱちりと目を閉じると、微妙な浮遊感と共に私達は女神様の神殿に移動した。
「つかささん!?」
女神様が慌てた様子で、自らの像から抜け出してきた。
初めて見た時は神官や参拝者の人達も大騒ぎをしていたが、すっかり見慣れた今ではみんな反応が薄くなっていた。
「猫さん達はご無事ですか!?」
相変わらずブレないな!
「大丈夫。……私もね」
まぁ、ちょっと死にかけたけど!?
「新しい猫さんですか?」
首を傾げながら、女神様がペットキャリーをのぞき込む。
「ああ、これ、運命神」
「……………………え?」
「《ことわり》は燃やしたんだけど、運命神とくぅ達がちょっとモメちゃって」
「……」
「チャビの暴走で、多分神様になる前まで戻されたんだよね」
「…………」
「どうしたらいいのか分からなかったから、とりあえず持ってきた」
「……………………」
へなへなと女神様が座り込む。
「女神様、ほかの神様達に連絡してくれる?」
これをどうするか確認したいんだけど、とペットキャリーをかかげてみせる。
黙ってそれを見つめていた女神様が、ふっと気を失って倒れ込んだ。
「チャビ、〈回復〉!」
慌ててチャビに指示を出す。
しかし、神様って気絶するものなのか!?




