第六十二話 銀月草。
キングの〈空間転移〉で森へやってきた。
まだ夕暮れ前で時間がある。
テントを張って少し休んでおこうかな。
「ん?」
猫達が目をきらきらさせながら私を見上げていた。
「いいよ、行っておいで」
私が言うと、猫達は我先にと森の中に駆け出していった。
「あんまり遠くまで行かないでよ!」
とは言ったもののムダだろうな。
仕方がない。
こういうのは久しぶりだからなぁ……。
まぁ、この森にいる魔物くらいなら私だけでもなんとかなるだろうし。
さて、私もテントの中でゆっくりするとしますか。
コーヒーを淹れ、お気に入りの焼き菓子を用意する。
一口飲んで息をついた。
コーヒーは以前女神様が猫達のご飯をあちらの世界から仕入れる時に、おまけとしてくれたものだ。
今は女神様も大変なようだから、猫達のご飯を手に入れてくれるだけでもありがたい。
「…………」
状況が大きく変わった。
国や都市がこぞってドワーフ達の造る武器や魔道具を求め、それが元で大小さまざまなもめ事が起こっているらしい。
サナやナルシはそれに巻き込まれるような形になっていて、今は身動きが出来なくなっている。
エルフは長達の意思により、前と同じように、いや、前よりも他種族との交流をしなくなっていた。
自分達の住む翡翠の森を守る事を最優先とし、遊撃部隊の派遣も見送るようになった。
このままでは、いずれ……。
私は大きく息を吐き出した。
人々は断絶し、やがてゆっくりとこの世界は衰退していくのだろう。
残るのは歯向かう心をへし折られた人々だ。
そして、彼らは「全てを運命だと思って受け入れる」ようになる。
運命神の望みどおりに。
「…………」
むかつく。すっげぇ、むかつく。
何が運命神だ。
単に、世界が自分の思い通りにならないのが気に入らないだけの話だろうが!
ほかの神様達が直接手出しが出来ないのをいいことに、むりやり自分の望みどおりの世界を創ろうとしているのだ。
一人でやってろ、ばか神!
ミーコさんは運命神の《ことわり》を書きかえる事が出来る猫を探していて、うちの猫達を見つけた。
うちの猫達はみんな拾った猫だ。
放っておけば死ぬ運命だったはずだ。
けれど。
小さな体で振り絞るように鳴き叫んで助けを求め、雪の中で姉弟で身を寄せ合って寒さをしのぎ、網戸に縋り付いて食べるものをよこせと鳴き、どうにかして生き延びようとした猫達だ。
運命を受け入れていたら、うちの猫達は今ここにはいない。
「……やってやろうじゃないの」
私と猫達が、運命神の《ことわり》を書きかえてみせる。
運命神の思い通りになんかさせてやるもんか!
ゆっくりと日が沈んでいく。
やがて、真っ暗な森の中にぽつぽつと小さな明かりがともり始めた。
淡い銀色に光るそれが、依頼のあった銀月草だ。
小型のナイフを使い、丁寧に刈り取る。
そういえば、このナイフを使うのも久しぶりだ。
草刈り鎌はいまや完全な武器になってしまったしな……。
暗闇の中から光る目が近づいてきた。
足音がしていないから、うちの猫だろう。
案の定、大きなホーンラビットをくわえたよつばが誇らしげに歩いてきた。
「お帰り」
「にあん!」
私の前に獲物を置くと、よつばは得意気に鳴いてみせた。
やがて、ぞろぞろと猫達が獲物をくわえて戻ってきた。
いや、だから、くぅさんや。
そのドラゴンはどうやって持ってきた!
というか、この辺りはドラゴンなんかいないはずだけど!?
「でも、まぁ、くぅだからなぁ……」
もはや魔王様はなんでもありだな。
「みんな、近くにいてね」
依頼のあった分は採取済みだがもう少し採っておこう。
私以外に、あの小さな兄妹の依頼を受けてくれるような冒険者がいればいいのだが。
「にゃあ!」
せりが大きな声で鳴いた。
せりが見ている方向にぎらぎらと光る複数の目があるのが見えた。
うーん……。
せりの警戒の仕方からして、たいした事はなさそうだな。
「みんな、適当にやっておいて」
「にゃん!」
おこんが張り切って駆け出した。
遅れをとるまいとほかの猫達も光る目に向かっていった。
よつばも行ったところをみると食べられるやつだな。
私はしゃがみこみ、銀月草の採取を再開した。
なにやら背後からどたばたとした様子が伝わってくる。
あ、そうだ。
「福助、〈風魔法〉は使わないでよ!」
銀月草を吹き飛ばされては困る。
「にゃ!」
暗闇の中から声だけが返ってきた。
本当に大丈夫だろうな……?
さて、こんなものかな。
「終わった?」
振り返ると、大きくなったりゅうたろうがワイルドボアをくわえて戻ってきた。
なんだ、ワイルドボアの群れだったのか。
猫達の仕留めた獲物を無限収納にしまい、テントで一眠りしてから帰る事にした。
チャビとくぅはいつものように同じ猫ベッドに入った。
おこん、せり、福助はそれぞれお気に入りのクッションで丸くなる。
よつばはキャットタワーのてっぺんに登った。
キングは私の足元で丸くなり、りゅうたろうは布団の中にもぐり込んできた。
「……世界は、楽しい方がいいよね」
ねぇ? と声をかけるが、猫達はすでに眠りに落ちているようだった。
「お休み」
そう呟いて私も目を閉じた。
夜が明けてからギルドに戻ると、小さな依頼者達はすでに来ていた。
受付の女性がギルドを開ける準備をしているうちから待っていたらしい。
「はい、銀月草」
「まぁ、こんなにたくさん!」
ほら、と女性が兄妹にかご一杯に入った銀月草を見せて笑った。
「おかあさんのおくすり、できるの?」
「これだけあれば当分心配入らないわよ」
その言葉を聞き、小さな妹はにっこりと笑った。
「これ、依頼料です」
兄が握りしめていた銅貨を差し出した。
本当なら依頼料はギルドを通して受け取るのだが……。
ちらりと受付の女性を見ると、笑いながら大きく頷いてみせた。
私はその小さな手から銅貨を受け取った。
「確かに、受け取りました」
「ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げると、兄妹はギルドから銀月草を受け取った。
小さな身体で、大きなかごを大事そうにかかえて帰っていく。
「あと、買い取りをお願いしたいんだけど」
「あらぁ!」
ホーンラビットやワイルドボアを見て、彼女は歓喜の声をあげた。
「こんなにいっぺんに買い取りなんて、久しぶりですよ」
「買い取り金額は三分の一でいいから」
その金額なら前と同じくらいの値段で卸せるはずだ。
「……本当にいいんですか?」
どうせ、猫達のお遊びで狩ってきた獲物だしな。
受付の女性はにこにこしながら査定を始めた。
「新鮮なお肉なんていつ以来かしら。みんな喜ぶわ」
量が多かったので結局はそれなりの金額になった。
「しばらく、この町にいますか?」
「いや、行かないといけない所があるから」
あら、残念。と彼女はため息をついた。
いつでも戻ってきてくださいね、と言う受付の女性に手を振ってギルドをあとにした。
肩に乗っていた手のひらサイズのりゅうたろうが、私の顔に頭をすり寄せた。
「行こうか、りゅうたろう」
りゅうたろうの頭を軽く撫でる。
「キング、〈空間転移〉」
キングが私の顔を見上げた。
覚悟は決まった。
「目的地は城塞都市オニキス。運命神の神殿!」
さあ、行こうか。
世界の《ことわり》を書きかえに!




