第六十一話 幼き依頼者。
町の中心に近い食堂の前で足を止めた。
「りゅうたろう、キャットハウスに戻っていて」
そう言うと、肩に乗っていたりゅうたろうはしぶしぶといった感じでキャットハウスに入った。
「……い、いらっしゃい!」
中に入ると、慌てた様子でおかみさんらしき人が立ち上がった。
はじの席にお年寄りが数人疲れたように座っているだけで、ほかの席はがらがらだった。
「食事はできますか?」
食堂に入ってきくような事ではないが、今の状況では仕方がない。
案の定、おかみさんは困ったように笑ってみせた。
「ワイルドボアのハムの焼いたのと、野菜のスープくらいしか出せないんだけど、それでもいいかい?」
「はい、かまいません」
料理が出てくるのを待っていると、おかみさんが話しかけてきた。
「お姉さん、冒険者かい?」
「はい、そうです」
「なら、ならさ、アレキサンドライトの事、何か知ってる……?」
はじの席に座っているお年寄り達も、こちらを振り返った。
「……一晩で壊滅したらしいです」
「やっぱり、本当なんだね」
はぁ、とおかみさんがため息をついた。
「これから、どうなっちまうんだろうね……」
アレキサンドライト壊滅の噂はあっという間に広まった。
どこも戦々恐々となり、自分達の住む国や都市の防衛に力を入れ始めた。
それは、小さな町や村を切り捨てるところから始まった。
今までギルドが派遣していた冒険者達を引き上げさせ、主要な場所への警戒に当たらせるようになったのだ。
「はい、おまちどおさま!」
湯気をたてた料理が運ばれてきた。
焼いたハムは美味しかったが、スープは少し味が薄かった。
仕方がない。
物流も滞るようになった。
キャラバンの護衛につく冒険者達が減っているのだそうだ。
国や都市の警備に雇われた方が支払いが安定している上に、移動するたびに魔物の大発生に巻き込まれるのではないか、という不安から護衛を断るものが増えているらしい。
転移魔方陣を使えるような大手商会くらいしか、ほとんど仕入れが出来なくなっている。
冒険者達が狩ってきていたレッドバードの肉や、スカイビーの蜜も手に入りにくくなってきていた。
あちらこちらを回ってみたが、どこも似たような状態だ。
空気がすさんできている。
まるで、ゆっくりと滅亡に向かっているように。
食事を終えたあとに立ち寄った町のギルドも閑散としていた。
冒険者の数自体も減っているのだ。
魔物との戦いで命を落としたものもいるし、怪我が原因で引退せざるをえないものも多かった。
だが、それ以上に心の折れてしまったものが多かったのだ。
魔物の大発生を目の当たりにし、何時間にも及ぶ戦闘と、命の危険と隣り合わせといった状況に精神が悲鳴をあげてしまったのだろう。
小さな兄妹が掲示板の前に立っていた。
「あの、冒険者の人ですか?」
「うん、そうだよ」
「おねがいです。僕たちの依頼をうけてください」
そう言って兄らしき子が頭を下げると、隣に立っていた小さな女の子もぺこりと頭を下げた。
「依頼?」
「薬草の採取ですよ」
受付の窓口にいた、どっしりとした女性が声をかけてきた。
「その子達のお母さん、病気で毎日薬を飲まないといけないんですけど、その材料になる薬草が手に入らなくて……」
「依頼料も、ちゃんとはらいます」
男の子が握りしめていた銅貨を差し出してきた。
「……いいよ。採ってきてあげる」
私の言葉に男の子はぱっと顔を輝かせた。
「ちょっと珍しい薬草で、この近くでは採れないんですよ」
受付の女性がてきぱきと地図と資料を用意した。
おそらく、彼女もこの子供達の事をずっと気にかけていたのだろう。
「この森の周辺で生える銀月草って薬草で、夜にしか採れないんです」
昼の間は、採ると枯れてしまうらしい。
場所と銀月草の特徴を確認する。
「夜は魔物が出る可能性も高いですけど……」
「多分、そっちは大丈夫」
依頼書に書いた私のサインと、冒険者登録証明書を見比べていた女性がぎょっとしたように顔を上げた。
「まさか、あなたが《竜殺し》……!?」
「うん、まぁ、一応……」
「え……」
小さな声に振り向くと、男の子が涙目で私を見ていた。
「ぼ、僕たち、そんなすごい人にはらえるほど、お金がありません……」
「おかあさんのくすり、とってきてもらえないの?」
妹も泣き出しそうだ。
「別に、それだけでいいよ」
銅貨を握りしめている男の子の右手を見ながら言った。
「でも……」
「いいんだよ、本当に」
私がずっとやりたかったスローライフ。
猫達と一緒に、この世界を冒険するはずだった。
今いるここは、本当に、あの日わくわくしながら旅立ったのと同じ世界なのだろうか。




