第三十五話 スローライフ。
「ドラゴンちゃん、お帰り」
ばっさばっさと羽音を響かせながらドラゴンが私の元へと降りてくる。
ドラゴンを野生(?)に返す試みは、もはや、ただの散歩になってしまっていた。
ドラゴンちゃんは私の前にお土産のきらきらした箱をそっと置いた。
んー、何だ、これ?
せりも反応していないから危ないものではないんだろうが。
箱を開けると、中にはガリル金貨がぎっしりと詰まっていた。
「……ドラゴンちゃん、これ、どこから持って来たのかな?」
前に黒のキャラバンから奪ったと思われる剣や宝飾品はまとめてギルドに渡した。
黒のキャラバンの積み荷は各国から盗まれたものだった。中には国宝レベルのものもあったようだ。
それを《猫を連れた冒険者》が取り返してくれた。
と、いう事になっているらしい。
違うから、それ!
ドラゴンちゃんのお土産だから!
変に噂になると、また厄介な依頼が増えそうで嫌なんだよ!
いや、しかし、今回の金貨はどうしたもんかな……。
剣や宝飾品なら持ち主が特定出来るが、金貨ではそうもいかない。
「……」
うん、面倒だ。
保留!
それにしても、ドラゴンちゃんはすっかりなついてしまった。
テイムは出来ていないので、猫達のように指示は出来ないが。
しかし、ドラゴンちゃんがなつくようになったからこそ疑問がわいてくる。
何で、この子はオニキスで襲ってきたんだ……?
興味があるのはきらきらしたもので、キャットフードを食べていればご機嫌だ。
人を襲うような性格はしていないと思う。
下手をしたら、猫達の方が凶暴かもしれない。
まさかとは思うが、地下迷宮の魔方陣を損傷させたやつがドラゴンちゃんも操っていた……?
フラーの群れが、オパール王国の町を襲ったのも。
「……」
誰が、何のために……?
「つかささん、依頼を受けてくださいよぉ」
「いーやーでーす!」
私は全力で拒否した。
今日はルッコの実の収穫を手伝う依頼を受ける予定なのだ。
「そんなの誰でも出来るじゃないですかぁ」
ギルドの受付の男の子が頬を膨らませた。
誰でも出来るから、いいんでしょうが。
「ドラゴン退治とか!」
「うち、飼いドラゴンいるんで」
「新しいダンジョンの探索とか!」
「しばらくダンジョンは潜りたくないんで」
「氷王山に咲く、雪花の採取とか!」
「……雪花?」
一瞬反応の遅れた私に、好機有りとみたのか受付の男の子はたたみかけてきた。
「十年に一度しか咲かない花なんですよぉ」
「……」
「つかささん、採取系の依頼はお得意ですよねぇ?」
正直、だいぶ心は動いたが。
「ムリ」
「何でですかぁ?」
「猫だから、寒い所はムリ」
「あ……」
受付の男の子が怯んだ隙に、ルッコの実の収穫を手伝う依頼書にサインをしてしまう。
「はい、依頼を引き受けました!」
「つかささん、これじゃないですよぉ!」
知らん!
「行くよ、りゅうたろう」
手のひらサイズのりゅうたろうが、ひらりと肩に飛び乗った。
ルッコは私の胸くらいまでしか大きくならない木で、どんな季節でも実をつける。
この世界ではおそらくもっとも一般的な果実だ。
お菓子に練り込んだり、ジュースや果実酒にしたりする。
砂糖は高価なので、代わりにスカイビーの蜜で煮詰めたジャムにしたものは私もよく食べている。
今の季節は黄色くて酸味の強い実をつける。
小さい実を鈴なりにつけ、手作業で一粒ずつ収穫するのでいつでも人手が必要なのだ。
「あんた、ギルドから来た人かい?」
「はい。よろしくお願いします」
小さい子も低い所の実を収穫するため、一家総出で作業に当たっているらしい。
「猫達を遊ばせておいていいですか? 鳥とか捕まえると思うので」
「そりゃ助かるよ。むしろ、こっちからお願いしたいくらいだね」
依頼主の農家さんの許可をもらったので、猫達をキャットハウスから出した。
「木にはイタズラしたらダメだからね」
猫達に言い聞かせ、私は作業を始めた。
太陽の光をいっぱいに浴びて、ルッコは爽やかな香りをさせている。
うん、うん。
これが、私の理想の異世界スローライフだ!
あー、充実してるなぁ……。
私がうっとりとしていると、不意にせりがイカミミ状態になり、毛を逆立てた。
〈気配察知〉か!
……やっぱりか。
やっぱり、何か起きるのか!
私はスローライフがいいんだってば!!
「きゃあぁぁぁ!」
悲鳴が聞こえた。
「せり、どこ!?」
せりが走り出す。
ルッコの入ったカゴを置き、私もせりのあとを追った。
走りついた先では、小さい子が果樹園の端で座り込んでいた。
子供の視線の先にいたのはモルアという熊と猿が合わさったような大型の魔物だ。
知能も高いが凶暴で人を襲う事もある。
子供が一人になるのを待っていたのか?
猫達はばらばらになって遊んでいる。
一番、近くにいるのは。
「福助、〈風魔法〉!」
「にゃ!」
福助が張り切った様子で鳴いた。
地下迷宮で出番がなかったから、うずうずしていたようだ。
いや、だって、地下で福助が風魔法を使ったら大惨事確定だし……。
ごおごおと音をたて、風が激しく渦を巻いている。
ん?
「にゃー!」
竜巻に巻き上げられ、モルアが宙に浮いた。
ぐるぐるとモルアの体が回り、空高く舞い上がったかと思うと、あっという間に見えなくなった。
いや、いや。
福助や、いくら鬱憤が溜まっていたからって、やり過ぎだろ……。
んん?
福助、スキルが増えてないか……?
〈精霊の加護〉って、何だ?
そんなスキル、いつ……。
「……」
アレか?
もしかして、アレか?
エルフの誓い!
エルフ達は神ではなく精霊を信仰している。
そして、精霊から加護を与えられている。
虹雲の卵を黒のキャラバンから取り返したあと、みうの父親であるエルフの長から誓いを受けた。
私と猫達はエルフの友である、と。
あれのおかげで、福助に〈精霊の加護〉がついたのか?
「!」
まさか。
慌ててくぅのスキルを確認すると、やはり〈精霊の加護〉を持っていた。
うん、くぅは土に水に火と精霊魔法も使えるからな。
キレてさえいなければ、くぅは魔力をコントロール出来るから地下迷宮では気付かなかったのだろう。
「……」
よりによって……。
魔力が高くて常に全力な福助と、魔王モードになるくぅに〈精霊の加護〉がつくなんて……。
気持ちは嬉しいが。
私は地面にへたり込んだ。
「勘弁してよ……」
うっかり世界を滅ぼしたら、どうするんだよ!
私のスローライフを返せ!!




