第三十六話 海神。
「つかささん、お話があるんですけど……」
いつものように荷物を受け取りにクリスタル神聖王国の神殿に行くと、女神様がもじもじとして言い出した。
「……今度は何をやらかしたの?」
「違います! っていうか、私、やらかした事なんかありませんし!」
ほほぅ?
チャビの暴走に巻き込まれて記憶を失くしでもしたかな、女神様?
「転生しょっぱなに、猫達を逃がしたのは誰だったかなぁ?」
「うぐ……」
「世界が滅びなくて、よかったねぇ?」
「うう……」
女神様がジト目で私を睨んだ。
「つかささん、今日意地悪です」
「……ごめん、八つ当たりしました」
加護持ちになってしまったくぅ達が、うっかり世界を滅ぼす夢を何回もみたので寝不足なのだ。
「で、話って?」
私がたずねると、やはりもじもじしながら女神様が話し出した。
「つかささんと話をしたいとの事で、仲介を頼まれまして」
女神様に仲介を頼む……?
何か、嫌な予感しかしないのだが。
「海神と、農耕神と、火の神です」
「……………………」
私は何も聞いていません。
「つかささん!」
聞こえない!
私は耳をふさいだ。
「私にも立場があるんですよ!」
知らん!
「私は神の中では若い方だから、海神や火の神に頼まれたら断れないんです!」
神様って縦社会なのか……。
「農耕神はオパール王国を守護しているから、よつばさんやフラーの事がありますし」
うーん、よつばがオパール王国の食糧を食い荒らした件は飼い主である私にも責任はあるけどさぁ……。
だけど、私はもう厄介事に関わりたくない!
聞こえない、聞こえない。
「つかささん、お願いします!」
私は貝。
「おぅ、わざわざ来てもらって悪かったな」
「いいえ……」
女神様が断れなかったものを、たかが人間の私が断れるはずもなく。
とぼとぼと指定された港町トルマリンへとやって来た。
海辺に建てられた小さな祠へ行くと、日に焼けた大男が待っていた。
大男といってもそこはやはり神様なわけで。
雲をつくような大男って、本来はこういう感じなんだな……。
山のように大きな海神様を見上げて、私はなるほどと頷いた。
「すみません。話しにくいので、少し小さくなってもらえませんか?」
「ああ、そうか」
一瞬で海神様は人間サイズになってくれた。
まぁ、それでも、まだ大きいけどな。
「これでいいか?」
「はい」
しかし、海神様ってなんというか、サーファーっぽい?
日焼けしていて髪も金色で、ちょっとチャラそうというか……。
「こっちから行けばよかったんだろうけど、俺は内陸には行けないんでな」
そう言って海神様は笑った。
確かに、海のない所には来れないだろう。
だが、海に面した町はどこでも海神様を信仰している。
私に馴染みがある場所がいいだろうという事で、トルマリンを指定してくれたらしい。
うーん、チャビの〈回復〉で真新しくなっているな……。
ぴかぴかの建物が立ち並ぶトルマリンの町並みに、私はため息をついた。
「早速で悪いんだが、クラーケンのやつを許してやってくれないか?」
「……は?」
「幸運の女神に結界を解いてくれって言ったら、倒したのはつかさだから許可がないと無理だって言われてな」
「……」
こっちに押しつけやがったな、アホ女神!
「あいつも反省しているし、許してやってくれないか?」
海神様は上目遣いで両手を合わせた。
神様相手にアレだけど、大男の上目遣いってちょっと可愛いと思うのは私だけかな……。
って、違う!
「でも、町を襲おうとしていましたし……」
百年前にもトルマリンを襲ったらしいし、反省していると言われてもな……。
「今回はクラーケンの意思じゃなかったんだよ」
「?」
「これを見てくれ」
海神様は小さな杭のような物を取り出した。
刻まれていたのは古代神語による呪いの言葉。
「《滅びを運べ》……?」
海神様はぱっと顔を輝かせた。
「お前、古代神語が分かるのか?」
「はい。少しだけですけど」
なら話は早い、と海神様は嬉しそうに笑った。
「これがクラーケンの体に突き刺さっていたんだ」
「!」
つまり、町を襲った時、クラーケンは何かに操られていた……?
誰が、何のために?
ドラゴンちゃんの時に感じた疑問が、再び頭の中によぎった。
「杭が小さすぎて、自分では抜けなかったらしい」
確かに、クラーケンに対して杭は小さすぎた。
人間なら小さな棘が刺さったようなものだろう。
「お前のところの猫が〈回復〉してくれたおかげで、傷が塞がって杭が抜けたらしいんだ」
なるほど。
それで、クラーケンは正気に戻ったという事か。
女神様が結界を張った時には、クラーケンはぐっすり眠っていたからなぁ。
気付いた時には海の底だったと……。
「ただで、とは言わない」
迷惑をかけたのは事実だしな、と海神様は頭をかいた。
「俺から〈加護〉も授けるし」
……加護?
いりません!
これ以上、ややこしい事になるのはお断りします!
「海に出た時は、絶対に海が荒れないっていう加護はどうだ?」
「……」
今のところ海に出る予定はないが。
その加護ならもらっても問題はないか。
「それと、クラーケンにも働かせる」
「……どうやって?」
「召喚魔法で呼び出せるようにすればいいだろ?」
うーん、召喚魔法かぁ……。
それなら、こっちでコントロール出来るしな。
海だとりゅうたろうは戦えないし、物理攻撃が出来るのはいいかも……。
「分かりました」
「本当か!?」
「ただし、トルマリンの人達の許可を取ってからにして下さい」
一番迷惑を被ったのは町の人達だ。
「それなら、もう話はついている」
実害が少なかった事もあり、今後三年、豊漁を確約する事でクラーケンを許してもらったらしい。
手回しがいいな……。
「じゃあ、そういう事でいいか?」
「はい」
じゃあ早速、と海神様は女神様と話をすると言って海に帰って行った。
もちろん、帰る前には加護を与えてくれた。
ふむ。召喚魔法か。
あれ? スキルが増えてない。
海神様、忘れていったのか?
いや、〈海神の加護〉はついている。
「……」
これは、もしかして……。
猫達のスキルを確認すると、せりのスキルが増えていた。
〈召喚魔法」〉召喚可能 クラーケン。
「…………」
海神様、あんたもか!!
こうなったら仕方がない。
せりのスキルは〈隠密〉と〈気配察知〉で、攻撃手段を持っていなかったのだからちょうど良かったと思おう。
それに、せりなら誰かさん達と違って攻撃的でもないし。
……………。
というか、そうでも思わなければやっていられないんだよ!
ただでさえ世界を滅ぼしそうなのにリスクを増やしてどうすんだよ!
この世界の神様は皆ポンコツなのか!?
「仕方ない」
何度目か分からないため息をついて、私は町の中に戻る事にした。
こうなったら、やけ食いだ。
せっかくトルマリンまで来たんだから、美味しい魚料理でも食べていこう。
前にも来た事のある食堂に入って、空いているテーブルについた。
「うーん、どうしようかな……」
リプのフライは前に食べたし、むむ、悩むな……。
「今日は、戻りトウラの活きのいいのが入ってるよ」
食堂のおじさんがにこにこしながら声をかけてきた。
トウラは鮭に似た魚で、やはり産卵期には川を遡上する。
ただし、産卵後には川の深い所で二年くらい眠り、また海に戻る。
戻りトウラはメスしかおらず、脂は乗っているがあっさりとした後味だ。
「刺身でもいけるよ」
おお、刺身ですか!
「それをお願いします」
「はいよ!」
しばらくして、戻りトウラの刺身がテーブルに運ばれてきた。
半透明の薄いピンク色の身を、真珠国で作られた醤油に似た調味料につけて食べる。
刺身は真珠国から周辺の街に伝わった食べ方だ。
歯ごたえがよく、あっさりとしつつ脂が乗っている。
「美味しい……」
本当はワサビも欲しいところだが、こちらの世界には存在しない。
うーん、似たようなハーブとか探してみようかな……。
次に行くのはオパール王国だから、ついでに調べてみよう。
あそこ、農業主体の国だしな。
農耕神様かぁ……。
正直、よつばの件があるから気が重いんだよな……。
一応、弁償はしたけど。
「仕方ない」
本当に何度目か分からないため息をまたついてしまった。
その前にもっと何か食べよう。
やけ食いだ!
代金を払って店を出る。
うーん、次は……。
ん? いい匂い。
ぷーんと、お祭りの時によく嗅ぐ匂いがしてきた。
屋台でカフイというたこ焼きに似たものが売っているのが見えた。
たこ焼き……。
たこ……。
……………………。
い、いや、試しませんよ?
クラーケンって、たこ焼き何個分かなってちょっとだけ思っただけです!




