第三十三話 魔法陣。
「やれやれ、なんだっていうんだろうね」
サナがため息をつく。
……そうだ、思い出した。
ミーコさんの夢だ。
空が、何かに覆い尽くされている。
太陽が隠れて地上は真っ暗だ。
水は干上がり草は枯れ、大地はひび割れている。
あれは、フラーの事じゃなかった……?
「せり!」
私はせりを抱き上げ、魔方陣の中心に向かって走り出した。
「つかさ!?」
サナやりゅうたろうが慌てて追いかけてきた。
ずいぶん走って、ようやく魔方陣の中心にまで来る事が出来た。
むわっとするような暑さだ。
せりが魔方陣に向かって砂をかけるような仕草をした。
私も触ろうとしたが熱すぎて無理だった。
やはり、そうか。
「つかさ? どうしたんだい?」
サナ達を振り返った私はおそらく青ざめていた。
「火山が、噴火する……」
「!」
火の竜とは、火山の事だ。
ここの魔方陣は火山の噴火を抑えるために描かれたものだ。
それが、何者かによって破損した。
魔物がいなかったのは火山が噴火する予兆に気付いて逃げ出したからだ。
あの規模の火山が噴火したら、数年は火山灰が降り注ぐ。
空が火山灰に覆われ、太陽の光が届かない。
あとは、夢の通りになるはずだ……。
「噴火って、どうすりゃいいんだい!?」
魔方陣を修復出来れば……。
いや、ダメだ。
私には古代神語は分からない。
よつばが〈解除〉出来ないのだから、チャビにも〈回復〉は出来ない。
「急いで、皆に知らせて……」
最悪の状況を避けるために避難を優先するべきだ。
「……古代神語が分かればいいのか?」
ナルシがぼそりと言った。
そうか、ナルシなら読める!
問題は、どうやって私がそれを理解するかだ。
……。
これはアレだな、うん。
懐かしき一夜漬けしかあるまい!
「はぁ!?」
私の話を聞き、サナは呆れたような声を出した。
「そんな無茶な話があるかい」
ほかに思い付かないんだから仕方ないでしょうが!
私はナルシを振り返った。
「この感じだと今すぐ噴火するってわけじゃなさそうだし、なんとか間に合わせるしかないよ!」
「……そうだな」
頷くと、ナルシは魔方陣の上にしゃがみ込んだ。
「《火の竜の息吹きに……》」
「ま、待って!」
無限収納の中からノートと鉛筆を取り出した。
「えーと、▼◇★○が……」
一夜漬けなんてしたの、ずいぶん前だけどちゃんと出来るかな……。
念のため、サナはガーネットに帰ってもらう事にした。
噴火した場合に備えてドワーフ達に警告するためだ。
「キング、ガーネットに〈空間転移〉!」
キングがぱちりと目を閉じ、サナと一緒に姿を消した。
「つかさ、次」
「はい!」
ナルシは意外とスパルタ教師だった……。
せりは落ち着かない様子で、ずっとしっぽを振っている。
大丈夫、まだ大丈夫……。
だけど、間に合わなかったら……?
ぎりっと、私は唇を噛んだ。
「……落ち着け」
ナルシの言葉に我に返った。
「まだ、時間はある」
「うん……」
通常サイズになったりゅうたろうが、私の足に頭を擦り付けた。
私はずっと猫と一緒だった。
猫達は私と一緒に、こっちの世界に来る事を選んでくれた。
今、私は《猫を連れた冒険者》と呼ばれている。
……このまま、ずっと。
猫達と、この世界を冒険するために。
「よし! やるぞ!」
気合いを入れた私を見て、ナルシは一瞬目を見開き、それから笑った。
「……次、ここ」
スパルタなのは変わらないけどな!
パンやチーズをかじりながら、古代神語の一夜漬けを続ける。
集中力が途切れかけたところで、少しだけ仮眠を取った。
サナがナロクと一緒に戻ってきた。
「つかさ、ずいぶんやつれちまったね……」
サナが私を見て憐れむように言った。
やっぱり、そう見えますか……?
ギルドから声をかけてもらって、街の人達は避難の準備を始めたらしい。
「ナロクさんはどうして……?」
街の人達と一緒に避難しなかったのか?
「自分の子供が命をかけとるのに、ワシだけ逃げるわけにはいかんわい!」
そう言って、ナロクはどっかりと座り込んだ。
私はナルシに古代神語を教わり続けた。
サナやりゅうたろう達も、黙ってずっと近くにいてくれた。
……。
…………。
……………………。
「●○□▼◇!」
「つ、つかさ……?」
突然意味不明な言葉を叫んだ私に、サナが顔をこわばらせた。
あー、うん、大丈夫。
ちょっと、言ってはいけない言葉を発しそうになっただけだから……。
だけど、とうとうやったぞ。
古代神語スキル、レベル2だ!
ぐらりと地面が揺れた。
ぱらぱらと土埃が落ちてくる。
噴火が近い!
「チャビ、おいで」
もう時間がない。
「チャビ、〈回復〉」
ごろごろとチャビがのどを鳴らし始めた。
同時に、魔方陣が淡く光り始めた。
だが、魔方陣はなかなか復元出来なかった。
私の古代神語スキルが低いせいもあるだろうが、おそらく、魔方陣に流れ込む魔力が足りていないのだ。
回復系とはいえ、チャビの魔力は高い。
それでも噴火を鎮めるにはまだ足りないようだ。
んー? 魔力か。
「くぅ、〈土魔法〉」
「ええ! 大丈夫なのかい?」
サナが慌てて止めようとした。
「チャビとくぅは姉弟だから、魔力の質が似てるはず」
くぅの魔力がチャビの〈回復〉とうまく融合出来れば……。
「なぁぁぁぁ!」
くぅがひときわ高く鳴くと、足元から地面が波打った。
え、これ、噴火の方じゃないよな……?
チャビのごろごろが、波打った地面の所を中心に復元を始めていく。
魔方陣の光が強くなってきた。
もう少し、もう少しだ。
「!」
地面が激しく揺れた。
天井から落ちて来るのはもはや土埃ではなく石の欠片だ。
「にゃあああ!」
せりが大きな声で鳴いた。
「つかさ!」
「危ない!」
サナ達が叫ぶ。
岩が!
巨大な岩が転がり落ちてくる!
「チャビ、逃げて!」
私は出来るだけ遠くにチャビを放り投げた。
「りゅうた……」
ダメだ、間に合わない!
私は身体を縮めて、ぎゅっと目を閉じた。
ちりん、と小さく鈴の音がした。
「つかさ!」
「……?」
サナ達が駆け寄ってきた。
「今、何が……?」
「こっちが聞きたいよ!」
「その腰にぶら下げていたのが光ったら、岩が消えた」
ナルシの言葉に私は無意識に腰に手を当てた。
腰には護符をまとめて下げている。
虫除けに、天候に恵まれる護符。効果がイマイチ怪しい金運の護符。
それと。
「お稲荷さんの御守り……」
三回まで身代わりになってくれる、そう言っていた。
これがなかったら今頃……。
チャビがぽてぽてと走ってきた。
「チャビ、投げてごめんね。大丈夫だった?」
ぎゅうっと私にしがみつき、チャビはごろごろとのどを鳴らした。
あ、これ、ヤバいやつだ……。
「サナ達は離れて!」
「え?」
「チャビが暴走する!」
免疫のある私達は平気だが、それ以外の人間は子供に戻ってしまう。
「炎の竜の寝床まで戻るぞ!」
「親父、早く!」
「ワシはいいから先に行け!」
チャビを中心に、魔方陣が光を増していく。
削られていた文字が復元を始めた。
《炎の竜との契約を交わす》
《火の神の娘の力を贄に、炎の竜は永き眠りにつく》
《火の神の娘の血が絶えた時、約定は消え失せる》
魔方陣が完全に復元されたその瞬間。
おおぉぉぉぉっ、とまるで竜のいななきのような音がした。
間に合った……。
「チャビ、えらい!」
私は思いきりチャビを抱きしめたが。
「みゃ!」
「ぐぇ!」
苦しいと暴れたチャビに、みぞおちを蹴り飛ばされた……。




