第三十二話 炎の竜の寝床。
んー?
何だか順調にいきすぎている気がする。
うちにはせりとよつばがいるから、仕掛けには当然引っ掛からないのだが。
前を歩くりゅうたろうが暇そうにあくびをしている。
昨日、地下迷宮に入ってから一度も魔物が出てこないのだ。
以前オパール王国の近くのダンジョンに潜った時には、わりと頻繁に魔物に遭遇していた。
仕掛けが多いから、魔物も住み着かないのか?
「何か引っ掛かるんだよなぁ……」
せりが足を止めて振り向いた。
石で造られた色や模様の違うタイルが一面に敷き詰められている。
……順番に踏まないとマズいやつだ。
昔、何かの映画で見たな。
「よつば、〈解除〉」
よつばが前足をちょいちょいと動かした。
まぁ、私達には意味がないけどな。
床が光ってタイルの配置が変わった。
ん?
これ、絵が順番になっているのか……?
山……、これはガーネットの休火山の事か?
で、これはドラゴンかな。
次は、大きい人と小さい人がいて……。
不意にせりが走り出した。
「せり、待って!」
慌ててあとを追いかけた。
追いついた先で、通路をふさいでいる大きな岩をせりが一生懸命引っ掻いている。
「せり、やめなさい! 爪を痛めるから!」
せりが私の顔を見上げた。
「この向こうにサナ達がいるんだね?」
岩の隙間に顔を近付けて叫んだ。
「サナ! ナルシ! そこにいるの!?」
返答はない。
「サナ!! ナルシ!!」
「……誰、だい?」
かすかな声が聞こえてきた。
サナの声だ!
「つかさ! キャラバンの護衛で一緒だった!」
「つかさ……、何で、ここに……」
「ナロクさんの依頼で、サナ達を捜しに来た!」
ナルシの声がしない。
いや、元々ナルシは無口だ。
多分、無事だ。いや、無事であってくれ。
「そこ、広い!? 私達も入れる!?」
「入れる、けど……、どうやって……」
「キング! 岩の向こうに〈空間転移〉!」
キングがぱちりと目を閉じると、私達は移動した。
「サナ! ナルシ!」
サナ達はぐったりと地面に横たわっていた。
突然現れた私達の姿を見て、目を見開いている。
「つかさ……?」
「どうやって、ここに……?」
護衛の時はキングのスキルは必要なかったから、この二人は私達がどこへでも移動できる事を知らないのだ。
だが、今はそれより。
「チャビ! サナ達を〈回復〉!」
チャビがごろごろとのどを鳴らし始めた。
すぐにサナ達は起き上がれるようになった。
あまりの空腹と乾きで、チャビのごろごろを聞いても眠れなかったようだ。
私が差し出した水をがぶがぶと飲み、スープも残さず食べた。
よかった。
どうやら間に合ったようだ。
「あたしが、ドジ踏んじまってさ」
蜜飴をなめながらサナが言った。
チャビのスキルで二人とも回復はしているが、少し休んでから移動する事にした。
「ゴーレムに追われて、ここに逃げたら岩で塞がれちまったんだ」
「ゴーレム?」
「魔導人形だ。……戦わなかったのか?」
チャビを撫でながらナルシが首を傾げた。
「ここに来るまで、魔物も何もいなかったよ」
私の返事を聞くとサナ達は顔を見合わせた。
「変だな」
「ここはダンジョンの中でも難度の高い方なんだよ」
やっぱり、普通は魔物が出てくるのか。
少なくともサナ達が入った時には魔物がいたのだ。
……魔物が消えた理由は何だ?
「つかさは炎水晶を採ったかい?」
「いや、見かけなかったから採ってないよ」
最短ルートで来たから採掘場所を通らなかったしな。
「こっちの奥にあるんだけど、見るだけでも行ってみなよ。スゴいから」
そう言ってサナはにんまりと笑った。
うーん、なら、見るだけ見てみようかな。
すっかり元気になったサナ達に案内されて、私達は奥に進んだ。
ん?
気のせいか、暑くなってきたような……?
「炎の竜の寝床だからな」
「何、それ?」
「見れば分かるよ」
狭い通路を抜けると広い空間に出た。
「うわ、すご……」
壁は一面きらきらと赤く光る結晶で埋め尽くされ、天井からは鍾乳石のように垂れ下がっている。
赤く光るつららの先から、ぽたり、ぽたり、と滴が垂れ、その下にはひときわ明るく光る赤い塊があった。
「これが炎水晶?」
「ああ。この大きさになるまで数百年はかかるらしいよ」
恐る恐る触ってみると、ほんのり温かいくらいで別に熱くはない。
「……加工する過程で熱くなる」
ぼそりとナルシが言った。
そうか、鍛冶職人のナロクの養い子だからそういう事にも詳しいのか。
「ここが炎の竜の寝床さ」
「へぇ」
そう言えば、さっき見たタイルに竜が描いてあったな。
不意にせりが全身の毛を逆立てた。
瞳孔が見開き、耳を伏せている。
〈気配察知〉だ!
せりは奥に向かって走り出した。
「せり!」
急いでせりを追う。
まさか、炎の竜が目覚めた?
「いや、炎の竜というのは例えで、本当にはいない」
ナルシはそう言ったが、なら、さっきのタイルの絵は何だ?
行き止まりの先で、せりはうろうろしていた。
「にゃあああ!」
壁に向かってせりが鳴いた。
この向こうに何かあるのか?
触ってみると壁の岩が熱を持っている。
炎水晶より熱いくらいだ。
ナルシも私と同じように壁に触れた。
しばらく、あちらこちらを触っていたナルシが小さく頷いた。
「隠し扉だ」
やはり、向こうに何かあるのか。
「よつば、〈解除〉!」
……何だ、これ。
隠し扉を開けると、地面に巨大な魔方陣が描かれているのが目に入った。
中心はずいぶんと遠い。
せりが振り返った。
牙をむき出している。
〈気配察知〉? 今度は何だ?
「サナ! つかさ! 来るぞ、ゴーレムだ!」
ナルシが叫ぶのと同時に、岩で出来たロボットのようなものが壁から現れた。
「りゅうたろう! せりをお願い!」
大きくなったりゅうたろうが、せりを守るようにゴーレムの前に立ちふさがった。
「くぅ!〈水魔法〉!」
くぅのまわりに水が渦を作る。
同時に、数百の剣が空中に現れた。
水と共に勢いよく繰り出された剣が、ゴーレムの体を貫く。
りゅうたろうが飛びかかり、ゴーレムの体にのしかかって砕いた。
サナとナルシも、それぞれ武器をふるってゴーレムを倒している。
「隙をみて、逃げるぞ!」
ナルシが叫ぶ。
「え?」
りゅうたろう達が倒したはずのゴーレムの体が再生されていく!
マズい、このままではキリがない!
……いや、待て。
魔導人形、だよな?
なら。
「よつば、ゴーレムを〈解除〉!」
よつばが前足をちょいちょいと動かすと、ゴーレムががらがらと音を立てて崩れていった。
「つかさ達と一緒で助かったよ」
ふぅ、とサナがため息をついた。
あれ、なんだ……?
何か引っかかるな……?
「ゴーレムは、この魔方陣を守っていた……?」
せりが魔方陣を前足でぱすぱすと叩いた。
「これは……」
魔方陣の一部が消えている。
「これ、変じゃないかい?」
サナが眉をひそめた。
消えかたが不自然だ。
まるで、削り取ったかのようだった。
残っている部分を見てみると、▼■□●と書かれてあって読めない。
これ、確か魔導の塔の時……。
「古代神語だね」
「え? サナ、読めるの?」
「いや。でも、兄貴は読めるよ」
ナルシがしゃがんで、文字をのぞき込んだ。
「火の竜とのけん、いや、契約……。あとは、削られていて読めない」
火の竜との契約?
実際には炎の竜は存在しないはずじゃなかったのか?
せりが移動し、またぱすぱすと地面を叩いた。
見てみると、そこも不自然に魔方陣が消えていた。
サナ達と確認してみると、消えていたのはその二ヶ所だけだった。
「これ、誰かが意図的に消しているよね?」
「俺も全部は読めないが、おそらく大事な所だけ消してあるようだ」
……誰が、何のために?




