第二十九話 特急依頼。
せりがキャットハウスから顔を出した。
耳を伏せ、全身の毛を逆立てている。
〈気配察知〉だ!
外が妙に騒がしい。
まさか。
私とおばあさんは急いで外に出た。
東の空が、黒い何かで覆われている。
次第に近付いてきているようだ。
まさか、あれ全部……。
「フラーだ!」
「逃げろ!」
「無理よ!」
「逃げ切れるわけがない!」
町の人達が口々に叫びながら右往左往している。
「つかさちゃん」
おばあさんが静かな声で私を呼んだ。
「あなたに、特急依頼をお願いします」
「……」
特急依頼。
正式には特別緊急依頼と言われるもので、非常事態にギルドや国などから出される依頼だ。
本来ならその場にいる全ての冒険者に出されるものだ。
だが、今この町にいる冒険者は私だけだ。
「退治してくれとは言いません。ほかの街から増援がくるまで、せめて町の人だけでも……」
おばあさんは私を見てにっこりと笑った。
「あなたが、《猫を連れた冒険者》でしょう?」
「……」
やっぱり気づかれていたか。
まぁ、りゅうたろう達を連れてうろうろしていれば分かる人には分かるよなぁ……。
「分かりました。特急依頼、引き受けました」
「ありがとう、つかさちゃん」
おばあさんは頭を下げると、町の人達を振り返った。
「早馬の用意を! 近くの街まで救援要請を出します!」
凛とした声でてきぱきと指示を出している。
「さてと」
こっちも始めますか。
「キング、町の東側まで〈空間転移〉!」
キングがぱちりと目を閉じ、私達はフラーの前に移動した。
「……スゴい数だねぇ」
フラーの群れに覆われ、空は真っ暗だ。
「りゅうたろう、最大!」
りゅうたろうがひらりと肩から飛び降り、大きくなった。
「くぅは……」
ん!?
くぅは、きらきらした目でフラーの群れを見ていた。
…………。
まさかの、狩りモード!?
よく見てみれば、猫達はみんな狩りモードに突入している。
「ええぇぇぇーっ!?」
あー、うん。そうでした。
ワスレテイマシタ。
思わずカタコトで呟きながら、私は膝をかかえて座っていた。
うちの猫達、国一つくらいは余裕で滅ぼせるような連中でした。
りゅうたろうやくぅはともかく、せりやおこんまで……。
唯一やる気がないのはよつばくらいなものだった。
なるほど。フラーは食べられない、と。
救援要請を受けて近くの街から冒険者や自警団が到着する頃には全てが終わっていた。
彼らが見たのは山のように積まれたフラーと、満足そうに毛繕いをしている猫達だった。
「こ、これ全部、猫達が……?」
「はい」
いくらフラーが大きくて凶暴でも魔法を使うわけでもなく、うちの猫達にしてみればただの鳥だったらしい。
「つかさちゃん」
振り返るとおばあさんが立っていた。
「ありがとう。あなた達のおかげで、この国は救われました」
「国って、大げさな……」
「いいえ」
私の言葉におばあさんは小さく首を振った。
「フラーは、ありとあらゆるものを食べ尽くすの。……あの時もそうだった」
おばあさんは遠い目をして、そう言った。
「……」
一目見ただけでフラーと認識し、素早い対応をした。
それは、おそらく経験にもとづくものだ。
何十年も目撃情報がないと言っていたが、最後のその時、この人は現場にいたのかもしれない。
悲惨な、その場に。
「……」
それにしても妙だな。
猫達が狩りをしている間はヒマだったので、いろいろ考えていた。
オパール王国には女神様の加護があったはずだ。
幸運に恵まれるはずのこの国に、災いを呼ぶ鳥が何十年ぶりかに現れた。
そんな事がありえるのか?
いや、まぁ、女神様がポンコツだっただけの可能性もあるけどな……。
「絶対に、絶対に、ありえません!」
うるさいなぁ、もう。
「加護を、最大級の加護を与えた国に、災いを呼ぶ鳥なんて……!」
いつものように荷物(猫のごはん)を受け取りに女神様の神殿に行くと、ひどく憤慨しているようだった。
自分が加護を授けたオパール王国に、フラーの襲撃があった事に納得がいかないらしい。
「そんな事言ったって、実際に現れたし」
「むぅ……」
私の言葉に女神様は口を尖らせた。
子供か!
しかし、女神様のミスだったわけではなさそうだな。
だとすると。
「誰かが……」
いや、ダメだ。
人間ごときが本気を出した神様に勝てるわけがない。
んー?
「女神様、ほかの神様にいじめられているとかない?」
「……私、いじめられているんですか!?」
神様同士の因縁が原因の可能性もあるかと思ったのだが。
「でなきゃ、妬まれているとか……」
うん、こっちの方がありそうだ。
幸運をつかさどる女神様はどこの国でも人気がある。
フラーに襲われた町でも農耕の神様と一緒に信仰されていた。
「妬まれるって、そんな……」
女神様は困惑しているようだった。
まぁ、ポンコツでも素直な女神様だ。
理不尽な嫉妬などした事がないのだろう。
「……だとしたら、許せません」
「女神様?」
「だったら、私に危害を加えればいいじゃないですか。私の加護を上回れる力があるのなら、それが出来るはずです」
確かにそうだけど。
神様同士が直接争ったら、さすがにほかの神様達だって干渉してくるのではないだろうか。
「私が加護を与えた人達にひどい事をするなんて……」
「……」
うーん、神様にこんな事を思ったらアレなんだけど、いい子なんだよな。
……ポンコツだけど。




