第二十七話 帰還。
「ああ、ああ、よくぞ、ご無事で……」
御神体を見たお稲荷さんはそう言ったきり、うずくまってしまった。
その肩が小刻みに震え、小さな嗚咽が聞こえてくる。
「……」
いや、うん、私も良かった……。
万が一と思って、最低限しか御神体には触れないようにしたのだ。
気にしすぎだ、とみう達には笑われてしまったが。
だって私が触れたせいで穢れたりでもしたら、どう責任を取ったらいいのか……。
お稲荷さんが前足でぐしぐしと涙を拭った。
「つかささん、本当にありがとうございました」
私に向かって深々と頭を下げる。
「はい」
私はにっこりと笑ってみせた。
「これで、もう大丈夫だよね?」
「はい。来年の神在月には新しい神が誕生なされます」
えーと、神在月って10月だったかな? いや、旧暦?
で、この世界だと……?
ややこしいな、おい。
「依頼料なのですが、ギルドを通した方がよろしいでしょうか?」
お稲荷さんが首を傾げてそう言った。
「やめて下さい……」
猫神の紹介で。
お稲荷さんに依頼されて。
御神体を取り返して。
そんなトンデモ依頼を受けたなんて、ほかの冒険者に知られたりしたら……。
下手に目立つとろくな事にならない。
「では、こちらを」
お稲荷さんは、金糸で刺繍してある小さな巾着を差し出してきた。
中には大粒の真珠がぎっしりと入っていた。
いや、多い、多い!
「こんな高そうなもの、受け取れないよ……」
「いえ、受け取ってもらわねば私が困ります」
今日のお稲荷さんは圧が強い。
「それとも、我が真珠国の神には、これだけの価値もないとおっしゃるおつもりですか」
「ええー……」
それを言われたら断れないでしょうが……。
「はい、いただきます……」
私が受け取ると、お稲荷さんは満足そうにふさふさのしっぽを揺らした。
「それと、こちらも」
「御守り?」
小さな袋を渡された。
「私の神通力が込めてあります。三回まで、つかささんの身代わりをさせる事が出来ます」
「へぇ、スゴいね」
昔話でそんなのがあったような……?
「本当に、お世話になりました」
お稲荷さんがまた頭を下げた。
「もう、いいよ」
「これから、どうされるのですか?」
「一回、女神様のところに顔を出して……」
んー?
何か忘れているような……?
何だったかな?
「あ!」
黒のキャラバンの連中、大草原に置いてきたままだった……。
「こんにちは」
真珠国へ手紙を届ける依頼を受けたギルドに顔を出す。
「ああ、あんたか。手紙、無事に届けてくれたらしいな」
そう言うと、ちら、とギルドマスターは私の後ろを見た。
「また盗賊を捕まえたのか?」
大きなペットケージに、馬車ごと閉じ込められている連中を見てため息をつく。
「多いよなぁ、最近」
ですよね。
まぁ、もう落ち着くとは思うけど。
「こいつらが黒のキャラバンです」
「…………は?」
「捕まえたので、あとはお願いします」
窃盗、強奪、誘拐、監禁、人身売買と、私が知っているだけでもこれだけの罪状がある。
しかも、今までギルドに知られずに活動してきた連中だ。
おそらく、もっとうしろ暗い事もやっているだろう。
「いや、待て。そんな大物、うちみたいな弱小ギルドに連れて来られても……」
「……」
私も、最初は真珠国のギルドにつき出すつもりだった。
しかし、自分達の神様を盗み出した連中に対して、真珠国の人達が冷静に対応してくれるのか少し不安になった。
黒のキャラバンを捕まえた事を私から聞いたお稲荷さんが、見てはいけない顔をしていたからだ。
いかん。
思い出したら夢に見そうだ……。
弱小と言ってはいるが、ここのギルドマスターは多分有能だ。
盗賊から黒のキャラバンの事を聞き出し、その事を真っ先にキャラバンや荷馬車の出入りの多い真珠国へ伝えた。
判断も正確で早い。
それに。
「ううぅぅ……!」
くぅが低くうなると、黒のキャラバンの連中は震え上がった。
「ひぃっ……!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!!」
「おがあぢゃぁぁぁん!」
回収に戻った時に、くぅが土魔法でどっかんどっかん岩を降らせたのが悪かったようだ。
ペットケージ、変形していたしな……。
「なるほど」
ギルドマスターが頭をかいた。
「猫か……」
ここのギルドはうちの猫達の事を知っているから説明も必要ない。
「それと、買い取りもお願いします」
「……またワイバーンか?」
「ワイバーンも、います」
「…………」
ギルドマスターは両手で顔をおおって、ため息をついた。
「猫が嫌いになりそうだ……」
「そんな、くぅさんが……!」
はい、はい。お約束のアレですね。
「魔王モード! 見たかったです……!!」
女神様。
欲望に忠実だな、おい。
いろいろ報告をするために、私達は女神様の神殿に来ていた。
そして、猫達の事を聞いて悶える女神様。
うん、通常運転だ。
「お茶、入ったよ」
お稲荷さんにお土産としてもらった緑茶を入れ、お団子も用意した。
「それにしても、つかささん、有名人になってしまいましたね」
はぐはぐと団子を頬張りながら、女神様は呑気にそう言った。
「……」
女神様の言葉を聞き、私は眉間にしわを寄せた。
不本意だが確かに女神様の言う通りなのだ。
おかしいな、ギルドには口止めしておいたはずなのに……。
「真珠国の御神体を取り戻し」
詳しくは言えないとか言いながら、お稲荷さんがぺらぺらと真珠国の人達に話したらしいからな!
「黒のキャラバンを捕まえて」
こっちはキャラバンから出ている話らしい。
あのキャラバンの隊長さん、どこから情報仕入れているのかな……。
「エルフの長の娘を助けて、虹雲を孵化させて」
孵化するのを間に合わせただけ!
「魔導の塔を壊滅させて」
エルフって案外口が軽かったのな!
「盗賊達は、黒の魔王には手を出すな、が合言葉になったらしいですよ」
……それには同意する。
「あと、どこかのギルドでは、猫を連れた冒険者が来たらすぐに臨時休業にするとか」
……ギルドマスター、またお邪魔しますね?
いや、本当に噂というものは広まるのが早い。
それに、噂のはずなのに、ほぼほぼ真実なのはどうしてだ……。
私はため息をつくと、団子にかじりついた。
「そういえば、今回、神様がからむ事なのにほかの神様って何もしてくれなかったね」
猫神様も私をお稲荷さんに紹介しただけだし。
「ほかの神様に干渉したらダメなの?」
私の言葉に、女神様は困ったような表情になった。
「今回は特殊といいますか……」
「?」
「真珠国の神は私達とは違う存在ですし、エルフは神ではなく、自然そのものを信仰しているので」
手の出しようがなかったんですよね、と言って、女神様は五本目の団子を食べ始めた。
なるほど。
神様にもいろいろあるって事か。
……黒のキャラバンはそれを知っていて狙ったのか?
それとも魔導の塔がそう仕向けたのか?
んー?
「つかささん、もうお団子食べないんですか?」
ちらと私の前にあるお団子を見ながら、女神様が尋ねてきた。
慌てて自分の方へ、狙われているお団子を引き寄せる。
「食べます!」
何でジト目なんだよ!
女神様、自分の分はもう食べたでしょうが!
第3章 完。




