第二十六話 翡翠の森。
「ううぅ……」
くぅが短くうなると、ドラゴンはあからさまにビクッとした。
城塞都市オニキスでりゅうたろうとおこんにやられたドラゴンは「猫は自分より上」と認識している。
特に、ほかの猫が逆らわないくぅの事は一番怖いと思っているようだった。
ドラゴンさえうなり声一つで怯えさせるって、もはや完全に魔王だよな……。
ちなみに私の事は、ご飯をくれる人=好き、というのがドラゴンの認識らしい。
ドラゴンはちゃっかりお宝をゲットすると、私の後ろに移動してきた。
隠れてないからな、それ……。
先程の様子を見る限り、前にドラゴンが私にくれたお土産は黒のキャラバンから奪ったもののようだ。
どうりで、ギルドに確認しても「ドラゴンに襲われた」という情報が出てこないわけだ。
黒のキャラバンがギルドに報告するはずがないしな。
まぁ、いい。
今はそれよりも。
「御神体は」
「卵は」
「「どこ!?」」
私とみうの声が重なった。
みう達も黒のキャラバンに何か盗まれたのか。
よく見れば、フードの集団は皆エルフのようだった。
「さっさと吐け!」
くぅが、ゆっくりと一歩踏み出した。
足元から炎が立ち上っている。
くわっと牙をむき出しにして、黒のキャラバンの連中を威嚇する。
「御神体はありません!」
魔王モードのくぅに怯えた男達はあっさりと白状した。
「それは知ってる! どこに売った!?」
「売ってません!」
「そこのエルフに奪われました!」
「……は?」
私がエルフ達を振り返ると、彼らはぎくりとしたようだった。
「ま、間違えたんだ!」
エルフの一人が慌てて叫んだ。
エルフ達の視線もくぅに向いたままだ。
「私達の奪われた宝珠を取り返そうとしていたんだけど、箱に入ったままだったから間違えたみたいなの」
みうが必死な様子で言った。
「大丈夫。精霊樹の根元に大事に保管してあるから」
「精霊樹の根元……」
そこなら、きっと穢れはないだろう。
よかった、これで神様になれる。
お稲荷さんの事を思い、私はほっとした。
「私達の宝珠はどこ?」
「それなら、ドラゴンに奪われたよ!」
ん?
今度はエルフ達が私の方を見た。
「みう、宝珠って?」
「虹雲の卵なの。数百年に一度、孵化して私達エルフの里である翡翠の森を守護してくれるの」
んん?
虹……。
卵……。
ドラゴン……。
まさか。
「もしかして、これ……?」
無限収納から虹色の玉を取り出して見せた。
「なんで、つかさが……!?」
「ドラゴンがお土産にくれた」
「……え?」
みうの顔に?が浮かんでいる。
「みう、ダメだ!」
「もう日が落ちる!」
エルフ達が悲鳴のように叫んだ。
「どうしたの?」
「今日の日没まで精霊樹の泉に卵を入れないと、孵化するまでにまた数百年かかるの」
みうは私の顔を見上げた。
「つかさ、お願い」
「了解」
と、その前に黒のキャラバンをどうにかしないと。
「おこん、〈創成魔法〉。大きなペットケージ!」
がしゃんっ、という音と共に、黒のキャラバンは巨大なペットケージの中に閉じ込められた。
私の背後で、ドラゴンがぷるぷると震えている。
自分が閉じ込められた時の事を思い出したらしい。
「くぅ、〈土魔法〉!」
ペットゲージの周囲をくぅの〈土魔法〉で隆起させた地面で囲った。
これで逃げられないだろう。
「キング、〈空間転移〉!」
目的地は。
「エルフの里、翡翠の森!」
キングがぱちりと目を閉じると、私達は森の中に移動していた。
エルフ達は呆気にとられた様子で周囲を見回している。
「この人数で、あの距離を……?」
驚くのはあとにしなさい!
「みう、精霊樹の泉は?」
「この森を抜けた所!」
そう言いながら、みうは走り出した。
私達もあとに続く。
木のてっぺんに太陽が隠れ始めた。
ここから日没はあっという間だ。
木の根が張り出していて走りにくい!
「ダメだ! 日が落ちる!」
仕方ない。
「ごめん! あとで、ちゃんと謝る!」
「つかさ?」
「福助、まっすぐ〈風魔法〉!」
「にゃ!」
いつものように、全力で福助が風魔法を放つ。
めきめきと音を立てて、木々がなぎ倒されていく。
視界が開けた先に、きらきらと光る泉が見えた。
少し遠いけれどまっすぐだし、的も大きい。
よし、いける!
私は虹雲の卵を手に持った。
〈ボール投げ〉レベル8発動!
「いっけぇぇぇ!」
「えー!?」
虹雲の卵を思い切り投げた私に、みう達が呆気にとられている。
ぼちゃん、と卵が泉に落ちた。
同時に完全に日が暮れる。
そして。
暗くなっていく周囲とはうらはらに、泉は虹色に輝き出した。
「間に合ったぞ!」
「卵が孵化する!」
エルフ達が喜びの声をあげた。
よかった、間に合った。
「つかさ、ありがとう」
「あー、なんか、ごめん」
大事な卵を投げてしまったし。
おまけに、福助の〈風魔法〉でなぎ倒された木が重なりあって倒れている。
大惨事だ……。
エルフ達の集落に向かうと、精霊樹の根元に大きな真珠が大事そうに置かれていた。
「すまない。間違えてやつらから奪ってしまった」
エルフ達の長だという人が謝ってくれた。
「いえ、むしろ良かったと思います。穢れがあったら神様にはなれなかったらしいですし」
自分達の信仰している神様ではなくても、エルフ達は大事に扱ってくれていたようだし、精霊樹の根元で御神体は安心しているように思えた。
「こちらこそ、うちのドラゴンが……」
「いや、元々やつらに奪われたのは三ヶ月も前なのだ」
奪った相手は、みうの〈とおみ〉の力ですぐに突き止めた。
しかし、移動し続けるキャラバンを追うためにまだ成人していないみうも追っ手として参加したのだが、その途中でみう自身が捕まってしまった。
エルフの長はそう言った。
なるほど。
そして、〈とおみ〉の力を知った魔導の塔の連中が、黒のキャラバンからみうを買ったという事か。
「みうの事でも、あなた達には大変世話になった」
「あれは、こっちも魔導の塔ともめていたというか……」
魔導の塔をぶっ潰さなければ猫達に何をされていたか分からない。
まぁ、そうなったらそうなったで、うちの魔王様が世界を滅ぼしていただけの話だろうけどな……。
「あと、木を倒してしまってすみませんでした」
「非常事態だったのだから仕方がない」
それに、そろそろ手を入れなければいけない時期だった、と本当かどうかは分からないけれどそう言ってくれた。
エルフの長は両膝をつき片手を額に当てた。
「え、あの?」
「これは、我らエルフが大事な誓いをたてる時に行う仕草だ」
「はぁ……」
「今後、何があろうとも、我らエルフはあなたや猫達の味方であり、友である」
「あ、ありがとうございます」
私も慌ててぺこりと頭を下げた。
「つかさ!」
そこへ、みうが駆け寄ってきた。
「とう様、話は終わった? つかさ、連れていっていい?」
とう様……?
みう、長の娘だったの?
「ああ、大丈夫だ」
立ち上がり、長はみうを見て柔らかく笑った。
そして私にもう一度礼を言った。
今度は、父親として。
「娘を救ってくれてありがとう」
「……はい」
「つかさ、今日泊まっていく?」
きらきらした目で、みうが私を見た。
「明日の朝、虹雲の卵が孵るんだよ!」
数百年に一度の出来事なので、みうもまだ見た事はないらしい。
朝もやの中、虹色に輝きながら雲が空に昇っていく様は大層美しい光景なのだそうだ。
見たい、けれど。
「ごめん、御神体を届けなきゃ」
お稲荷さんも待っているだろうし。
「えー。皆にも、つかさや猫達を会わせたかったのに」
ふて腐れたようにみうが言う。
魔導の塔で会った時より、ずっと表情が豊かになった。
年相応……、いや、エルフだから生きている年数はみうの方が私より上なはずだが。
ただし、エルフ年齢でいえばまだまだ子供だという事だった。
そんなみうの子供らしい仕草につい笑ってしまう。
「また来るよ」
まずは御神体を届けなければ。
一つだけ問題があるとすれば。
私が触ったら、穢れたりしないかという事だ……。




