第二十五話 魔王、降臨。
「本当ですか!?」
お稲荷さんが身を乗り出した。
「情報料は払いますから、それを教えて下さい」
「……」
私の言葉を聞き、隊長さんはしばらくの間考え込んでいたが、やがて首を横に振ってみせた。
「いえ、お金は結構です」
「でも……」
通信の発達していないこの世界で情報は貴重な財産だ。
「真珠国の神使様やつかささんに恩を売っておく方が得だと、商人として計算したまでです」
そう言って隊長さんは笑った。
「ありがとうございます」
お稲荷さんが深々と頭を下げた。
「では、早速ですが」
隊長さんが声量を落としたので、私とお稲荷さんは声が聞こえる距離まで近づいた。
「黒のキャラバンには、いくつか取り引き先があるのですが」
「はい」
「その一つが、アレキサンドライトの魔導の塔でした」
「……は?」
一瞬驚いたが、すぐに納得した。
やつらなら、よその国の御神体だって買いつけるだろう。
だが、魔導の塔はすでにない。
そう言うと隊長さんは頷いた。
「そうなのです。それで、やつらは貴重なお宝をもて余したらしく、ほかのキャラバンに商談を持ちかけたようです」
「それじゃ、キャラバンがやたらと盗賊に襲われているのは……」
「どこかのキャラバンが買い取ったのかもしれません」
「……」
そして、その情報が盗賊に流れたという事か。
まいった。
黒のキャラバンを追うだけではすまなくなりそうだ。
盗賊を片っ端から捕まえて情報を聞き出すか?
いや、そもそも盗賊も正確な情報を持っていないから、やたらとキャラバンを襲っているのだ。
かと言って、キャラバンのめぼしが……。
んー?
「……ここは、真珠国だった」
「そうですけど何か?」
お稲荷さんも隊長さんも、不思議そうに私を見ていた。
真珠国はほかにはない名産品が多く、確実にキャラバンが集まる国だ。
ならば。
「せり、御神体の気配って残っている?」
せりはひげをぴくぴくさせていたが、ふんっと胸を張った。
よし、いける!
「お団子とお茶、お待たせしました!」
店員さんが元気よく注文の品を持ってきてくれた。
「猫さんはどうしますか?」
私の隣で丸くなっているせりを見て、店員さんは首を傾げた。
「大丈夫。ありがとう」
お礼を言って銅貨を渡した。
チップも込みなので少し多めだ。
「ありがとうございました!」
お団子にかじりつきながら、私は門に目を向けた。
真珠国にはいくつか門があるのだが、キャラバンや商会の荷馬車が通るのは南の大門が多い。
「ここで張っていればいいはず」
念のため、港はお稲荷さんに見張りをお願いしてある。
新しいキャラバンが、門を通ってきた。
ぴくり、とせりが反応した。
片目を開け、耳をぱたぱたさせる。
反応が薄いから御神体は持っていないようだ。
しかし。
「こんにちは」
私はそのキャラバンに声をかけた。
「どこから来たんですか?」
「うちはコーラルからだよ」
「じゃあ、ムルを扱ってますか?」
「すまねぇな。途中の街で全部売れちまった」
「そうですか。ありがとうございました」
ふむ、コーラルからか。
マップを出して確認する。
コーラルから真珠国、その途中にある街。
ルートは分かった。
「ん?」
慌ただしくなってきた。
そろそろ門が閉まる時間だ。
真珠国の門は夜は出入り禁止だ。
「そろそろ帰るよ、せり」
せりをキャットハウスに入れてお社に帰った。
「お帰りなさいませ。御飯、用意出来てますよ」
そう言って、お稲荷さんが温かい食事を出してくれた。
菜飯に、里芋とちくわの煮物、ネギと油揚げのお味噌汁、それに茄子の漬物!
「美味しい……!」
昼間も団子やら飴やらいろいろ食べてしまったから、このままだと太ってしまう……。
「今日はどうでしたか?」
「接触のあったらしいキャラバンがいたよ」
黒のキャラバンはほとぼりがおさまるまで、真珠国には近付かないだろう。
もし、まだ御神体を持っているならなおさらだ。
ならば。
私達は、黒のキャラバンに商談を持ちかけられたと思われるキャラバンを調べる事にした。
だだし、直接「黒のキャラバンを知っていますか?」と聞いても無駄だ。
とぼけるに決まっている。
だから、どこから来たのか聞いたのだ。
いくつかのルートが分かれば、黒のキャラバンが今どの辺りにいるのか目星がつくはずだ。
せりのスキルで、最近、御神体に近づいたはずの人間の気配を探ってもらっているのはそのためだ。
「ふぁーあ」
先程から欠伸が止まらない。
うん、ヒマだ。
真珠国でキャラバンの痕跡を探り続けて二週間。
そのほとんどのルートが交わる場所を見つけたのはいいのだが。
「何にもないよね、ここ……」
見渡す限りの大草原。
せりに〈気配察知〉のスキルを使ってもらいながら、ずっとこの辺りをうろうろしているのだ。
広いんだよ!
黒のキャラバン、はよ出てこんかい!
理不尽にキレながら、今日で三日目だ。
りゅうたろう達はたまに見かける魔物を狩って暇潰しをしている。
だから、くぅさんや、ワイバーンを単独で狩ってくるのはやめてくれ……。
あまりにヒマなので、今日はドラゴンも散歩に出してある。
「眠くなってきた……」
ヒマすぎる。
せりがぴくっと動いた。
やっと来たか!? 待ってました!
せりは全身の毛を逆立て、牙をむき出しにしてうなっている。
んー?
黒のキャラバンを見つけたにしては大げさすぎる。
多少武装していたところで、うちの猫達の相手ではない。
「りゅうたろう、大きくなって」
大きくなったりゅうたろうの背中にせりと一緒にしがみつく。
最近は慣れてきて、少しの距離なら酔わなくなった。
……まぁ、乗り心地がいいかと言えばアレなのだが。
「せり、〈隠密〉」
りゅうたろうごと姿を消し、せりが反応している方向へ向かう。
「……?」
何やら声が聞こえてきた。
これは、怒鳴り声……?
「!」
武装したフードを被った集団が、キャラバンを取り囲んでいる。
盗賊か!?
いや、違う。
キャラバンの方が髪の長い女の子を捕まえている。女の子はなんとか逃げ出そうともがいている。
武装した集団は、女の子を取り返そうとしているのか?
「!」
キャラバンが女の子の髪を掴んで引きずり倒そうとした。
そして。
「あれは……」
キャラバンの男が手にしているのは。
あの、鎖のついた首輪は。
女の子がこちらを見た。
「つかさ!?」
「みう!?」
魔導の塔の地下に囚われていた、エルフの少女。
〈とおみ〉の力を持っているみうだった。
「助けて!!」
みうが叫んだ。
黒のキャラバンは誘拐や人身売買にも手を染めているという話だった。
ならば、もう間違いないだろう。
やつらが黒のキャラバンだ!!
せりをキャットハウスに入れて戦闘体勢を整える。
「りゅうたろう、叩きのめして! 福助は合図があるまで待機! くぅは……、あ」
これはヤバい。
一目で分かった。
くぅの逆立てた毛がばちばちと静電気を起こし、目がらんらんと光っている。
またしても、首輪を見てキレてしまったようだ。
「うなぁぁぁおぅぅぅ!」
うなり声が響く。
空気が、びりびりと震えているようだった。
魔王モード突入だ。
猫は嫌な事をした相手を一生忘れないらしい。
しかも、特にくぅは執念深い。
「とどめをさしたらダメだからね……」
一応、声をかけておく。
御神体の行方が分からなくなってしまうと困る。
まずは、みうを助け出さなくては。
私達の様子を見て、フードの集団が弓をかまえた。
みうさえ助かれば彼らも攻撃来るのだろう。
「おこん、〈創成魔法〉。水風船!」
〈ボール投げ〉スキルで、私は水風船を投げつけた。
顔面で割れた水風船にみうを捕まえていた男が一瞬怯む。
「りゅうたろう!」
すかさずりゅうたろうが飛び掛かり、男は地面に倒れた。
りゅうたろうを攻撃しようとしたキャラバンの男達に、くぅが〈剣魔法〉を放った。
「みう、りゅうたろうに乗って!」
「うん!」
みうがりゅうたろうの背中にしがみつく。
地面を蹴り、りゅうたろうが跳躍する。
ひらりと音もなく、りゅうたろうは私の横に降りてきた。
「よつば、首輪を〈解除〉!」
よつばが前足をちょいちょいと動かすと、首輪は音を立てて地面に落ちた。
「みう、大丈夫?」
「うん……」
前に見た時よりいくらかふっくらとし身綺麗になっていたが、その顔は青ざめていた。
がくがくと震えている足には、いくつも傷があった。
「チャビ、〈回復〉」
ごろごろと喉をならしているチャビを抱かせて、みうには後ろに下がってもらう。
フードの集団が矢を射ち始めた。
「うなぁぁぁぁおぉぉぅぅぅ!!」
魔王が、いや、違った。
くぅが再び雄叫びをあげた。
「!?」
地面がひび割れ、隆起する。
土魔法で造られた突起が、キャラバンに向かって牙のように突き立てられようとしていた。
「くぅ、ダメ! やりすぎ!!」
御神体の行方が分からなくなってしまう!
その時。
ばっさばっさと羽音を立てて、大きな影が近づいてきた。
……忘れてた。
そういえば、ドラゴンがまだ帰ってきていなかった。
フードの集団が慌ててドラゴンに向けて弓矢をかまえた。
「ダメ! あれ、うちのドラゴンだから!」
私の言葉に、その場にいた全員が「は?」という顔になった。
ドラゴンが降りてきて、キャラバンの馬車をその爪でべきべきと破壊する。
そのまま、ご機嫌な様子でキャラバンの荷を漁っていた。
ドラゴンちゃん、あんた、状況を見なさいよ……。




