第二十三話 真珠国。
「おおおおっ!」
真珠国に足を踏み入れた私は、思わず声をあげた。
レンガや石造りの建物が多いこの世界で、木造の平屋が並ぶ光景は時代劇で見た城下町を思い起こさせた。
残念ながらお城はなかったが。
行き交う人達は、やはり黒髪に黒い目が多い。
服装は和洋折衷というか、甚平のような丈の短い上着にズボンやスカートをはいている。
足元は草鞋のようなものをはいているが、革で出来たモカシンのような靴をはいている人も多い。
買い付けに来たらしいキャラバンや商会の荷馬車があちらこちらに停まっており、街は活気にあふれている。
そして、立ち並ぶ屋台。
香ばしい、醤油の焦げる匂いがしている。
飴細工や団子を売っているお店もあるし、お、あれは蕎麦屋!?
寿司の屋台……って、お寿司が大きいな、あれ。向こうの世界の二倍くらいあるし。
甘酒屋もあるし、どれも美味しそうだ。
肩に乗っていたりゅうたろうが、つんつんと私の耳をつついた。
……分かってますよ。
まずは、ギルドに手紙を届けなくては。
「えーと、ギルドは……?」
……もしかして、あれかな。
時代劇に出てくるような大店に、ギルドと書かれた看板が掲げられている。
覗いてみると、受付のカウンターがあり、依頼を知らせる掲示板がいくつもあった。
……中と外のギャップがすごいな。
混んでいたので、少し並ばなければいけなかった。
私の近くに並んでいた冒険者達の会話が聞こえてきた。
「まいったぜ。盗賊が何回も襲ってきやがってよ」
「うちもだ。怪我人が多くて、仕事にならねぇよ」
やっぱり盗賊が多いのか。
「キャラバン、大丈夫かな……」
まぁ、新しく護衛を雇うという話だったし、私がここで心配しても仕方ないか。
やっと私の番になったので、手紙を渡して依頼完了のサインをした。
依頼料ももらったし。
さぁ、食べるぞ!!
「うう、食べ過ぎた……」
お腹が苦しい。
まだ食べたいものがたくさんあったのに……。
まぁ、急ぐ用事もないし、しばらく真珠国に滞在してもかまわないだろう。
温泉もあるらしいし、楽しみだ。
「ん?」
赤い鳥居が目に入った。
神社があるのかな?
「お参りしていこうか、りゅうたろう?」
肩に乗せた手のひらサイズのりゅうたろうに声をかける。
鳥居をくぐると、石造りの階段が上に伸びていた。
腹ごなしに丁度よさそうだ。
木に囲まれた階段を登ると、狐の像が立っていた。
「へぇ、お稲荷さんもいるのか」
不意にせりがキャットハウスから顔を出した。
ぴくぴくとひげを動かしていたが、すぐにハウスに引っ込んだ。
……ここの神様の気配でもしたのかな。
こじんまりとした、けれど、しっかりと手入れされている社が立っていた。
「猫達が元気でいますように」
ついでに、何もやらかしませんように……。
「もしかして、相田つかささんでいらっしゃいますか?」
「あ、はい」
声をかけられて振り向くと。
「…………」
狐が座っていた。
「良かった。こちらに来るとお聞きしたので、ずっとお待ちしておりました」
「はぁ……」
誰から聞いたの?
待っていたって、何で?
お稲荷さん、ですよね?
ダメだ、突っ込みどころが多すぎる……。
「立ち話もなんですので、どうぞ、こちらに」
……サクサク進めるな、おい。
お稲荷さんに導かれ、私達は社の中に入った。
中に入ると予想外に広い空間だった。
私のテントと同じ仕組みなのだろう。
「お茶をどうぞ」
「ご丁寧にどうも」
お、緑茶だ。
「私はこの神社の神使の稲荷でございます」
でしょうね。
「実は、大変困った事になっておりまして」
ふさふさの尻尾が、しょんぼりと垂れている。
「猫神様に相談したところ、もうすぐそちらに猫を連れた冒険者が行くから、とおっしゃられまして」
「……」
猫神、お前、何してくれてんだ……。
って、いやいや、神様相手に私は何を言っているんだ。しかも、恩のある相手に……。
例え、面倒事を押し付けてんじゃねぇよ、と腹の底で思っていたとしても、だ。
「助けていただけますか?」
「すみません。事情を教えてもらえないと、返事は出来ないです」
「あ、そうですよね」
実は、とお稲荷さんがにじり寄ってきた。
「大きい声では言えないのですが……」
私の耳元でお稲荷さんが囁いた。
「御神体が盗まれてしまいまして」
「…………は?」
御神体って盗まれるものだったか?
この世界なら御神体には本当に神様が宿っているはずだ。
それが盗まれた?
そんなバカな。
「私が、稲荷寿司を買いにさえ行かなければ……」
「…………」
多分、問題はそこじゃない……。
「すみません。質問してもいいですか?」
私の言葉に、お稲荷さんはこくりと頷いてみせた。
「はい、もちろんです」
「この国の神様はどこにいるんですか……?」
まさか、御神体と一緒に連れ去られたのか?
「まずは、この国の神について話をした方が良さそうですね」
ふむふむと、お稲荷さんは頷いている。
「現在、真珠国には神はおられません」
「……は?」
「この国の神は代替わりするのです」
えーと……?
前の神様がいなくなって。
その御神体が盗まれた、って事なのか?
私がそうたずねると、お稲荷さんは首を横に振った。
「そうではなく、御神体は神になる途中だったのです」
「……」
「この国では、信仰を集める事で御神体は神へと変化するのです」
「はぁ……」
「先代から指定され十数年、もう少しで神へとなられるはずでしたのに」
そう言って、お稲荷さんはうなだれた。
「ああ、私が稲荷寿司など買いに行かなければ……」
それはもういいです。
神様になる途中だった御神体が盗まれた。
うん、大丈夫。理解した。
「盗まれたのはいつですか?」
「2ヶ月ほど前でしょうか」
「誰に盗まれたのかは分かりますか?」
お稲荷さんは首を傾げた。
「氏子の方達に聞いた話では、この辺では聞きなれない言葉を話していたとか」
うーん、あまり参考にならないな。
真珠国周辺では特になまりが強く、ほかの地域に住む人達からはニホ語と言われているくらいだ。
買い付けにきた商人もよそからきた冒険者も、みなこの辺では聞き慣れない言葉を話しているはずだ。
……ん? ちょっと待て。
「氏子の人達に、御神体が盗まれた話をしたんですか?」
「いいえ」
ただ、とお稲荷さんは言った。
「誰か、御神体を持ち出した人はいないか、と聞いただけです」
「……」
「そうしましたら、この神社に聞きなれない言葉を話す人達が来ていたと」
「…………」
つまり、氏子の皆さんは盗まれた事を知っているという事だな。
……まぁ、いい。
「御神体っていうのは、どんなものなんですか?」
「真珠です。これくらいの大きさの」
お稲荷さんは、サッカーボールくらいの大きさに前足を広げた。
大きいな。
そんな大きさの真珠なら、盗む奴だっている……。
まさか。
最近やたらと盗賊が多いのは盗まれた御神体を狙っているって事なのか?
つまり、どこかのキャラバンが盗み出した……?
少なくとも盗賊の情報網ではそうなっているって事か?
ダメだ、情報が足りない。
「あの……」
うんうんと考え込んでいる私に、お稲荷さんは声をかけてきた。
「助けてもらえますか……?」
相変わらず尻尾がしょんぼりと垂れている。
「……」
仕方がない。
猫神様には恩もあるし。
ここで見捨てられるようなら、こんなに猫を拾ってませんよ……。




