3-1:日付と痛み
お待たせしました。3章スタートとなります。
『今日は何月何日なのか』と聞かれたら大体の人はスマホを見て簡単に答えるだろう。だが、この世界では誰のスマホを見ても日付がバラバラに表示されている。なぜこんな現象が起こるのかというと、ここは現実と比べて時間の流れが24倍早いため、いつこっちに来たかによってその後の日付にズレが生じてしまうのだ。
例えば、二人の人間が眠り病に侵されたとする。A氏は9時に、B氏は12時にそれぞれこっちに来たとしよう。するとB氏がこの世界で目覚めるころ、A氏にとってはもう3日が経過していることになる。
長くなってしまったが、これが何を意味するのかというとーー
「だから俺の誕生日は明日なんだってば!」
「私もそこそこいるけど、それでも今日が5月1日って言われてもピンとこないわねー。」
そんなやり取りをする浩一と由美子がいた。
「えー! こんな可愛い子たちが集まってるんだから、お祝いにコスプレとかしてもらいたいじゃんか!」
「なんで浩一のためにコスプレなんてしなきゃいけないのよー。」
「由美子ちゃんバニーとかやってみない? 絶対可愛いって!」
「可愛い私からの銃弾のプレゼントなんてどう?」
「すいません……誕生日まだでいいです。」
由美子が銃を精製した瞬間、浩一は借りてきた猫のようにおとなしくなった。まあ、浩一の誕生日はどうでもいいが、確かに日付を俺たちの中で統一するっていうのは必要かもしれない。
いや、今はそれよりも真っ先に解決しなくてはならないことがある。
「玲、いい加減離れろ。どさくさに紛れて何してんだお前。」
「何って颯汰の世話に決まっているだろう? 私はみちる先輩の代わりなのだからな。」
「高校生にもなって姉貴にこんなことされてるわけねーだろ!」
俺は今、玲に抱きかかえられ頭を撫でられていた。
若干嬉しい気がしなくもないが、恥ずかしいし何よりすぐ横にいる美紀さんが黒いオーラを放っていらっしゃるので、いい加減に解放して欲しいものだ。普段なら強引に振り解いているのだが、今の俺にはそうできない訳がある。
木庭袋との闘いの中で覚醒し、その力を振るった後遺症というかなんというか……翌朝、起きたら全身筋肉痛で動けなくなっていた。というわけで、現在ベッドで抱きかかえられている俺は、指先ひとつ動かすだけでダウンな状態なのだ。どこかの北斗の男みたいだが、ダウンするのが自分では笑い話にもならない。あの壮絶な闘いで傷つき、胡依に治療してもらったと思えば今度はこれか……。
待てよ? そうだ、胡依がいるじゃないか! あいつに頼めばこんな痛みとも一瞬でおさらばだ。
「胡依! すまないがこの筋肉痛を治してくれないか?さすがに動けないのは不便だ。」
「は、はい!」
クロをひっくり返してお腹を撫でていた胡依は、クロに一言謝りすぐにこちらに駆けつけてくれたのだが、それを片手で制した者がいた。
「待て。颯汰のこれは私たちを置き去りにした罰としてこのままにした方がいい。痛みと共に反省という言葉まで忘れるぞこいつは。少しくらい痛い目を見て、ここで他人を頼るということを学ばせるべきだと思わないか? 今後のためにもな。」
「そ、そうかもしれませんね……。約束は大事ですもんね。」
それっぽいことを言う玲に、胡依があっさりと懐柔されてしまう。
「待て待て! 騙されるな! よく見ろ、目が笑ってるじゃねーか。こいつは己の欲望に忠実なだけだぞ!」
「半分は本当のことだがな。それくらいにみんな怒っているということは忘れて欲しくないものだ。」
迂闊だった。こいつは俺以外の人間にとってはクールで頼れる先輩なのだ。全面的に信頼を寄せているこいつらなど簡単に説き伏せてしまう。確かに言ってることは正しいのかもしれないが、それはこんな悪そうな笑顔をぶら下げて言う台詞ではない。
「颯汰に抱き付いてることには文句を言いたいけど、そのまま反省させるっていうのは私も賛成よ? 怒っているのも事実だしね。」
まずい。美紀までそんなことを言い出してしまったら……。
そして反対する者は誰もいなくなってしまった。発作を起こしたこいつを美紀に止めてもらうはずだったのだが、予想に反して玲がまともな話を持ち出してきたために、止めるべきタイミングまで見失っている。
「ふふっ。今日のうちにしっかり堪能しておかないとな。」
小声で言ってるけど抱きつかれてる俺には全部聞こえてるからな? まあ治療してもらえない以上、この状況を受け入れるしかない。美紀にはない柔らかさを堪能しながら、俺はさきほどの話を続けることにした。
「すまなかった。十分反省はしてるさ。まあ何にしても日付は俺たちの間で統一する必要があると思う。何かと不便だろうしな。問題は誰に合わせるかだが何か意見はあるか?」
「俺が一番先で颯汰が一番後なんだろ? 単純に間とかにするか?」
「その基準で言うのなら私にとって今日は6月10日なのだがな。」
玲がさらっととんでもないことを告げてきた。一番先だと思っていた浩一でさえ5月1日だというのに……。そういえば玲と胡依に関してはこっちに来てからのことをちゃんと聞いていなかったな。
「そんなに長い間独りで……。」
美紀がそこで言葉を切ったが、これに続くはずの言葉は美紀の口からは出てこなかった。いや、この場にいる誰もが言えるはずがない。どんな言葉をかけるにしても、玲はこんな重大なことを笑顔さえ浮かべながら言ってのけたのだ。
それは暗に『同情はするな』と言っているようでもあったのだが、無言になってしまった俺たちを見て、少し困った顔をしながら玲が優しく語りかける。
「そう気にするな。孤独なんて皆それぞれが経験していることだろう? 私の方がちょっと長いというだけで別に私が一番辛かった、などということにはならない。まあ、このままの空気ではあれだから私から話を戻すが、間を取るというのなら私と颯汰の間を取るか? なんだか私と颯汰の子供みたいだな!」
どう感じようと本人がこう言っているのだ。俺たちがこれ以上何かを言うことはできない。特にうまくもないこの冗談も、空気を変えようという玲のサインなのだろう。
年長者からのこの気遣いを、俺は素直に受け取ることにした。
「あほなこと言うな。まああれだな、俺と玲の間を取るとなると問題がひとつある。浩一、お前の誕生日過ぎてるぞ。」
「なにぃ?! 俺のコスプレ計画があああああ! ハッ! そうだ! 胡依ちゃんにとっては、今日は何月何日なの?!」
この馬鹿……エアークラッシャーにもほどがあるだろう。確かに胡依にも聞かなければいけないのだが、よりによってこのタイミングで聞くか……。
だが不思議なことに重苦しい空気にはならなかった。聞いたのが浩一だったのが良かったのだろうか。こいつの持ち味というのが出たのかもしれない。
「わ、私の体感だと今日は4月18日です!」
一斉に胸を撫で下ろしたのが見えた。浩一でさえもそうしていたことから、こいつなりに考えてはいたのだろう。
「ならやっぱり俺と玲の間ということになるか? 浩一残念だったな。来年まで我慢しろ。」
「そんなあああああ……。」
確かに間を取るならそうなのかもしれない。
来年まで我慢させるしかないのかもしれない。
だが待って欲しい。俺には浩一の気持ちがわかる部分がある。それは……俺もコスプレは見たいということだ! だって男だもの、仕方ないじゃないか。
では、どのようにして浩一のこのプランを成功へと導くか。説得力のある言葉が要求される。考えろ、考えるんだ! 俺は周囲を見て情報を探った。
悦に浸り俺を撫でている玲。
項垂れる浩一をジト目で見下ろす由美子。
既にクロとの遊びに戻っている胡依。
頭を撫でられている俺にご立腹の美紀。
まずい、美紀さんの不機嫌オーラがやばい。急げ! 間に合わなくなっても知らんぞ!
誕生日、美紀。この二つのワードで俺はピンときた。
「ああ、そうだ。ひとつ提案があるんだがいいか?」
全員の注目が集まるが、やはり美紀さんだけ黒いオーラが見えている。
いつからオーラバトラーになったのお前……。
「先日、美紀の誕生日を俺と由美子で祝ったんだ。だからさ? 特に間っていうのに拘る必要もないわけだし、ここは美紀の感覚に合わせたままにするっていうのはどうだ? それだと今日は4月16日ってなっちまって玲にはちょっと大変かもしれないが。」
「私は何日でも構わないぞ。こっちに来て2ヶ月といっても特に何をしていたというわけでもないし、現実に戻った時に感覚が進みすぎていてもあれだしな。」
言った直後、玲が『しまった』という顔をしていた。だが大丈夫だ、もうみんな玲を、いや、誰も孤独にしたりはしない。だからもうそんな顔をしなくていいんだ。
「それもそうだな。じゃあ他に意見がなければ4月16日っていうことでいいな?」
祝われたことを思い出しているのか、美紀の黒いオーラは影を潜め、少し顔を赤くして頷いている。こっちはこっちでなんか罪悪感が……。
「いいよいいよ! さすが颯汰。これでコスプレの夢がまだ……。」
「馬鹿! 今それを言うな! そんなことしたら……あっ……。」
「へえ……? 颯汰もコスプレが見たいからその日を提案したの? 美紀のためにーみたいにカッコつけたこと言っておいてー。酷いわよねー? 美紀。」
由美子が銃を回しながらそんなことを言っているが、その煽りはまずい。振り返ると美紀がとても素晴らしい笑顔で微笑んでいる。『終わった』そう感じるほどに手遅れだった。
ここは浩一を生贄にして逃げるしかない! 大丈夫だ。お前のことは忘れるまで忘れない。
そして俺はお決まりのテレポートでリビングへと逃げたのだが、ひとつ大事なことを忘れていた。
「ぎゃああああああああああああ!!!!」
筋肉痛のことをすっかり忘れていた俺は、自らの悲鳴によりあっけなく居場所を明かしてしまう。
だけどみんなには笑顔が戻った。
もう誰も悲しむことはないんだ。
みんなで笑いながら、この世界で生き抜いていこう。
そう、笑いながらーー
そして今、筋肉痛の全身を笑いながら指でツンツンと突く天使たちがいる。確かに笑顔だがそうじゃないだろう。そんなツッコミを吐くべき俺の口は、ただただ悲鳴をあげることしかできなかった。
「自業自得だニャ。」
朦朧とする意識の中、そんな呟きが聞こえた気がした。
いろいろな会話や行動をさせて、もっとキャラの個性を出していければなと思っております。
このキャラいらないよね? などと言われることのないよう頑張らないと……。
奏さん……。ちゃんと出番あげるから強く生きてね(汗)




