2-9:覚醒と復讐
あの羽には触ったことがある。そして美紀は触られていると感じる程度には感覚があったのではなかったか? どれほどの感覚があるのかわからないが、それは四肢を焼かれるに等しいんじゃないのか? 今現在美紀は倒れたままだ。その傍らでは由美子は泣きながら呼び掛け、玲は悲痛な表情をしている。意識を失った?
それとも……死。
ドクンと自分の心臓が跳ね上がるのがわかった。視界が赤く染まっていく。まるで俺自身が血を噴き出しているんじゃないかと思えるほどに。自分の身体がどうにかなってしまったように思えたが、今はそんなことはどうだっていい。
もう一度美紀に目を向ける。真っ赤に染まった視界にその姿を捉えた。次の瞬間、一気に感情が爆発した。
「ああああああああああああっ!!!!」
目の中の血が蒸発していくかのように世界に色が戻る。
いや、変化はそれだけではなかった。
「テメエ……なんだその力は。赤い目に……赤い光だと?」
誰だ、こいつは……ああ、そうか……お前か。俺の敵。浩一の仇。そして美紀の仇。
「木庭袋アアアアァァァ!!!!!」
俺が行動を起こすより少しだけ早く、岩と氷を展開して防御に回っていた木庭袋だったが、俺はその塊ごと奴を殴った。岩も氷も粉々に砕け散り、吹き飛ばされる奴を確認したが、手ごたえが弱い。どうやら目には見えなかったが、空気の塊も防御に回していたようで直撃することはなかった。
クソッ! だがこの威力ならいける。俺の身体に何が起こっているのかはわからないが、漂う赤いオーラみたいなものが見える。これが身体能力を底上げしているのだろうか。おかげで能力の多用による眩暈も消えた。
「ぐっ……3種類でやっとか。わかったよ。テメエはここで殺す!」
奴の身体が浮く。
「突然のテレポートには焦るが、俺自身が移動していれば捉え切れねえよな!」
空中を飛翔しながら岩と氷の槍を同時に放ってきた。大きさは今までの倍以上。つまり奴も本気になったということだ。だが、今の俺はこれを脅威と感じることがなかった。確信的に防げると理解している。赤い光を纏ったまま右手を前に翳し、その光を強く放つ。無数の槍は身体に到達することもなく消滅していた。
「きかねえよ。」
「くそ! ならこれならどうだ。そんな余裕なツラしてられんのかよっ!」
この場面で使ってくるということは、奴の最も信頼している技なのだろう。直径5mに及ぶその火の玉を、奴は躊躇いなく俺に向けて放った。いくら身体能力が上がろうと直撃を受ければダメージは避けられない。
それでも俺はその場を動くことはなかった。さきほどと同じく右手を伸ばし、その右手に触れるか触れないかのところで……火の玉が掻き消える。
「なっ?! 耐えるでも逃げるでもなく消しただと?!」
直後、俺たちの位置から少し離れたところで爆発が起こる。そう、俺がしたことは物体のテレポートだ。
「あいつらが近くにいるんだ。こんなところで爆発させられるわけねーだろ。」
「能力そのものをテレポートで飛ばしたっていうのか……。」
「さっきとは立場が逆転しちまったみたいだな。ならあとは……。大事な奴らを傷つけられたお返しもしなくちゃだよなあ!」
大技を防がれたことで放心し、動きが止まっていた奴に、俺は渾身の力を込めて殴りかかった。辛うじて空気で防御をしたようだが、先ほどとは違い今度は殴ったという確かな手ごたえがあった。
だが、まだ終わりじゃない。俺は吹き飛ばされた奴が壁に激突するよりも早くテレポートで先回りし、今し方飛んできた方向へと蹴り返す。滑るように地面を転がり、倒れ伏したままの木庭袋は立ち上がってこなかった。どうやら意識を失ったようだ。
こんな力が最初からあれば……美紀は……。自分に対する失望もあった。気絶した木庭袋を見ても一向に怒りが収まらない。
奴を殺そうだなんて思っているわけではない。だが、俺は落としどころがわからなくなっていた。奴を殴った今も晴れることはない。どこまで殴れば? 死ぬまで? くそっ! もう止まれねーだろこんなの! だってあいつは美紀を……。
俺は少しばかり思考に耽っていたが、奴に向かってゆっくりと歩き出した。
「待って! お願いよ。もうやめて!」
俺と木庭袋の間に奏が立ち塞がった。さっきの美紀を見ていなかったのか。こんな状況になってまでこんな奴を庇いやがって……。
涙ぐむ少女の願いさえ、今の俺には火に油でしかない。俺は右手を奏に向けた。そして次の瞬間、少女は吹き飛ばされていった。
いや、正確には俺は何もしていない。意識が戻った木庭袋がやりやがった。このクソ野郎は敵味方の区別もできねーのか。
そんな風に思っていたのだが、奏は空気に包まれたまま風で制御され、とても大切そうに着地させられていた。自分の防御を捨ててまで守りたい相手。てめえにも、大事なもんがあるんじゃねえか……。ならなんで……。なんで……。
くそがっ! こんなもん見せやがって!
「てめえは他人の痛みがわかる人間だったんだろうが! 守るべき相手もいて! それがなんでこんなことになってやがる!」
「うるせえ! テメエはよ……あっちではどんな生活してやがった? お前の周りを見てりゃわかる。誰かと仲良く、なんて友達ごっこでもしてやがったんだろ?」
うんざりした顔で木庭袋は語り始めた。
「俺はな、あっちでは邪魔者扱いなんだよ。まあ今も対して変わらねえけどな。だが能力のない現実で、多人数からそんな仕打ちを受けてみろ。俺個人にできることなんかありゃしねえよ。奏だって、俺の側にいるってだけで不当な扱いを受けてきた。だがここは違う! 俺は独りでもあいつらを捻じ伏せられる! 守りたい奴を守れる! ここは俺の世界なんだよ。俺の復讐のために生まれた世界だ。そうだろ? ちっぽけな能力しか持っていない雑魚共の中で俺だけが4属性だ。俺は選ばれたんだよ!」
現実での扱い……。大多数から受ける少数派の被害。学生、いや大人たちの世界でさえ簡単に起こり得る暴動だ。浩一の世話をしていたあの男。あいつらも現実世界では奪う側の人間だったということか。どちらも加害者であり被害者でもある。巻き込まれた俺たち……そして復讐する俺。ひょっとしたら俺はこいつと何も変わらないのではないか?
世界に選ばれた……か。そこで俺はクロの言っていたことを思い出した。
「なあ。お前はこの世界で人間以外の真っ黒な生き物に出会ったことはあるか?」
「ああ? なんだいまさら。何が目的かはわからねーが、うぞうぞと俺の周りに集まってきやがる奴らだろう。それがなんだ。」
「お前のその力はな。そいつらを、いや、まだ見たこともない怪物みたいな奴らと戦うための能力なんだよ。人間同士で争っている場合じゃないんだ。」
「化け物だ? 何を根拠にそんなこと言ってやがる。」
「ある奴から言われたんだ。そいつが言うには俺とお前がどうやらこの世界では特別らしくてな。その俺たちが争っていていい状況ではないんだ。救いを求めている人間がいる。お前に俺から強制することはできないが、俺はそいつのために行動していこうと思っている。」
そうだ、美紀も言っていたじゃないか。
「俺の能力は誰かを守るためにあるんだ。お前だってそうだ。守りたいものがあるんだろ? 誰かを傷付けるために能力を使っていれば、守りたい者にその皺寄せがくるってことくらい気付けよ。人間同士で争っている間にそんな化け物に襲われるなんて考えたくもないだろ。」
しばらく目を閉じて考えていた木庭袋であったが、やがて決断したのかその目蓋を開いた。
「守るため。ああ、そうだな。俺にとっては奏だけだが、確かに守りたい者だ。だが、いや、だからこそテメエとケリ着けておかねえとだろうが。テメエももう引けねえだろ。敵だ味方だ騒ぐ前に、俺たちが特別だっていうならまず、どっちの特別のための世界なのか決めようぜ。」
「だからどっちのとかじゃねーんだよ! 俺たちがいなかろうがこの世界は存在する。だが、ここにいる誰かが俺たちに救いを求めてこの世界に呼んだんだ!」
「うるせえ! けじめってやつだよ。テメエが今ここで引いて報われんのかよ。そこに転がってるソイツは。」
やめろ。美紀のことをそんな風に言うな……。ああ、そうか。会話でどうにかなるレベルを越えてしまっているのは俺の方なのか。こんなところで話し合いの解決をしたところで、俺は美紀や浩一の姿を見るだけで何度でもこいつに殺意に近い感情を抱くだろう。決着をつけないと、もう進めないんだ。
「わかった。てめえは一度ここでぶちのめす。」
そんな俺の言葉を聞いて木庭袋が笑った。
「ハッ! そんな半端な覚悟でやれるほど俺は甘くねえぞ。」
俺たちは再度、激突する。




