2-3:信用と奪還
それは氷の剣と表現するのだろうか。斬った先から凍り付いている。歩み寄る残骸を次々と切り裂き、氷の彫刻にしていく様は、まるで芸術のように見えた。
見惚れていた俺の視界の片隅で蠢く影。俺は慌てて蹲る少女の傍へとテレポートし様子を窺う。どうやら怯えているだけで怪我はないようだ。
「大丈夫か! 何か手伝えることはあるか?!」
剣を持つ少女はこちらを向き一瞬驚いた顔をしたが、守るべき対象を預けられると判断したのか、すぐさま周辺の残骸へ切り掛かっていった。
あっさりと残りの敵を排除した少女は、剣を構えたままこちらへ向かってくる。対峙した俺たちは互いを警戒していたため、影から沸いた残骸に気付かないでいた。そんな俺たちに向かって美紀が叫んだ。
「危ない!!」
俺たちが振り返るよりも早く、銃声が鳴り響き残骸が崩れ去った。由美子の能力を知らない彼女らは怯えている。そりゃいきなり銃声が聞こえれば怯えもするよな。だが説明をするなら今だろう。
「今の銃は俺の仲間の能力だ。安心してくれ。残骸がまだ残っていたようだ。」
「スピネル? あの化け物のことか。そ、そうか。どうやら助けられたようだな。」
そう言った少女はようやく剣を霧散させて、ため息を吐いた。ずっと気を張っていたのだろう。いつから闘っていたのかはわからないが誰かを守りながらの能力の連続使用。見た目以上に疲れているはずだ。早めに警戒が解けてよかった。俺は純粋にそう思った。
美紀に抱えられたまま由美子がこちらに降りてくる。
「どう? 颯汰。やっぱり役に立つでしょー? 私の能力ってば。」
「ああ。助かったよ。悔しいが俺にはできないことだ。」
空中を移動しながらの狙撃。本来であれば、素人ができるような芸当じゃない。由美子の能力の高さが改めて窺える。できることなら俺が守りたい。そんな考えを今も持つ俺にとっては、胸が痛くなる思いだった。
「あ、ありがとうございました。」
蹲っていた少女がお礼を言ってきた。
「いや、俺は何もできなかったよ。」
本当に何もできなかったんだ、俺は。
「君がその子を守ってくれなければ、あの化け物との距離を縮めることはできなかった。感謝する。」
氷の剣を持つ少女からもお礼を言われた。俺にも誰かを守ることができたのだろうか。
「自己紹介がまだだったな。私は、耶岐島玲という。そっちの子は私も知らないが、さきほど襲われているところを助けた。」
「わ、わたしは一廼穂胡依といいます。み、みなさん助けていただいてありがとうございました。」
「俺は愛子颯汰。翼が生えてるのが潤賀美紀、拳銃を持っているのが花厳由美子だ。よろしく頼む。」
「愛子……?」
玲と名乗った少女が驚いた顔をしている。なんだ? 俺を知っているのか? いや、こんなクール系の美少女に知り合いはいないはずだが。
「君はまさか、みちる先輩の?」
今度は俺が驚く番だった。まさかこの世界で姉貴の名前を聞くとは思ってもみなかった。
「姉を知っているんですか。俺はみちるの弟で颯汰って言います。」
クール系美少女。いや、ついさっきまで俺はこの玲という少女をそう判断していたはずだったのだが、今はどこからどう見てもただの不審者になっている。どうしたんだ? 姉貴となんかあったのか?
「き、き、君が颯汰くんか!みちる先輩に何度お願いしても会わせてくれなかったが……そうか。き、君が。」
本当にどうしたのこの人。姉貴にお願い? 会わせる? どういうことだ。
「抱きしめさせてもらってもいいか!」
何かあったのは姉貴じゃなかった。俺かよ! 不穏な台詞を吐いて暴走を始めたこの人をピシャリと止めたのは、美紀だった。
「ダメです。私が許可しない限りあり得ません。いえ、許可することがあり得ません。諦めてください。」
その黒いオーラって能力なの?なんか怖いんですけど。そしてどうやら俺は美紀さんの所有物だったようです。今は助かったけどおかしい。俺の人権が迷子すぎる。
「す、すまない。少し取り乱したようだ。みちる先輩はこちらには来ていないのか。それなら、私は君のお姉さんにはお世話になったからな。今後は私が君の世話をしよう。」
さっきの件がなければ信用に足る台詞なのだろうが、あれの後では寒気しか感じない。なんて人と知り合いなんだ、姉貴よ。そしてやはりというべきか、こっちへ来ている人間の条件は知らないようだ。
「姉貴はこっちには来れないと思います。今わかっていることと言えば、現実の世界で眠り病に侵された高校生のみがこっちにきているのではないかということ、そしてさっきの化け物は残骸という名前だということくらいですかね。」
二人は驚いている。眠り病にかかった人間はみんなそうだが、自分が眠り病に侵されたという事実には気付けない。
「それにしても、さっきの氷の剣は能力か。すごいな。あ、すいません敬語ってどうも苦手で。」
「気にしないでくれ。言葉遣い程度で怒ったりはしないさ。先輩であるといっても、この世界のことは颯汰君の方が詳しそうだしな。能力については剣であることはまぁ私の趣味だ。氷を操作できる能力らしくてな。こんなこともできるぞ。」
そう言ってすぐ傍にあるビルに向かって手を伸ばすと、そこから強烈な吹雪が現れ、簡単に凍りつかせてしまった。
「すげーな……。」
この人も攻撃的な能力か。羨ましいな。素直に感嘆の声をあげた俺に気分を良くしたのか、なにやらモジモジし始めた。この人もなんていうか残念系美少女だよな。そんな心の声はそっと鍵をかけておいた。
俺とは間接的に関係者となるようだから影響力っていうのが効いているのだろうか。そうなるとこっちの子は……。
「えっと、一廼穂さんだったか。君は何か能力とかっていうのはあるのか?」
「いえ、能力と呼ばれるものを見たのもさっきが初めてですし、わ、私にはそんな……。」
まだ能力の発現に至っていなかったか。今後、何かのきっかけで発現するのだろうが、俺と一緒にいたらこの子はどうなるんだ?影響力によって何か変わってくるのか? そんなことを思いながらクロに目をやるが、どうやらこいつはある程度俺の思考を読むことができるらしく簡単に答えた。
「颯汰と一緒にいれば特殊な能力が身に付くと思うニャ。」
俺の持つ特殊な影響力を説明すると、二人は疑いを持つこともなく信じてくれた。現に美紀や由美子という例がいたためだろうか。そして俺たちと一緒に行動することを決意したようだ。この世界での単独行動はいとも簡単に死に直結する。生存率を上げるためにも一緒に行動した方がいいだろう。
「あらためてよろしく頼む。これからどうするかは決まっていないんだがな。」
そう言った俺だったが、由美子が割り込んできた。
「颯汰。守るにしても拠点は必要よねー? まして女の子ばかりこれだけいたら外にいるなんて危険すぎると思うんだけどー。」
「それには同感だが、どこに安全な場所がある? どこにいても敵がくるかもしれないんだぞ。」
「颯汰の家の残骸をどうにかしましょ。」
「だがそれは!」
「危険だなんて言ってたらどこにも行けないと思うけどー? さっきも見たけど影から突然沸いてくるような化け物なんだし。安全なんて言い切れる場所はないんだから、よく知る場所を確保するべきじゃないかしらね?」
確かにそうだ。誰かを守るにしても、見知らぬ土地の見知らぬ建物の中では難易度は桁違いだ。こちらから打って出るべきなのか。
「……わかった。だが安全が最優先だ。一度近場に飛んで様子を見て、確実に外からしとめる。玲さんの剣も頼りにはなるが接近するという危険が伴う。由美子。すまないが頼めるか?」
「まかせてー。安全圏の確保は颯汰にまかせるからね。」
不甲斐ないと感じていた俺への配慮か、役割分担として由美子は俺の役目をはっきりと声に出して言ってきた。こんなところでも俺は助けられている。悔しいが、今の俺にできることを探すしかない。
「行くメンバーだが、俺と由美子の二人で行く。玲さんは残りのメンバーが襲撃を受けた際の攻撃の要として、そして美紀、最悪の場合はお前が二人を抱えて逃げて欲しい。」
俺について来たかったであろう美紀が不満を言いかけたが、一応の納得はしたようだ。
「颯汰、由美子、本当に気をつけて。何かあったらすぐに戻ってきてね?」
「わかってる。俺は無茶はしないし由美子にも無茶はさせない。約束するよ。それじゃあ行ってくる。」
それぞれから激励の言葉をかけられ、俺と由美子は家の近くへと飛んだ。
外から見る限り残骸は見当たらない。
「見当たらないってことが安心に繋がらないのは辛いな。もう少し近づくべきか。」
「見えない相手には銃も当てられないしねー。どうしたものかしらね。」
やがて俺は一つの決断をした。
「由美子。俺はお前を信用している。だから俺が中に行く。残骸がいたら窓際へ誘い出すからお前が倒してくれ。」
二人同時に中に行くという愚行を考えれば策としてはこれが一番だろう。由美子もそれがわかっているためか、苦い顔をしてはいるが反論らしい反論はしてこない。これでいい、危険は本来俺の役割だ。
「行くぞ。」
意を決してリビングへとテレポートした俺はすぐに残骸を見つけた。キッチンに2匹いる。こいつらは俺たちがいなくなってからもここにいたのか。あまり賢いタイプではないのかもしれない。
俺の姿を確認した残骸はのろのろとこちらへ向かってくる。ゆっくりと窓際へと誘導していくとすぐに銃声が二発聞こえ、残骸は崩れ去った。他には見当たらなかったため、俺はすぐに由美子の元へ戻った。
「すまない由美子。助かった。」
「いいのよー。颯汰が誘き寄せてくれたから撃てたんだしさー。私だけじゃダメなのよ。だからさ? みんな同じ。一人じゃダメなのよ。ね?」
「ああ、そうだな。こんな言葉を何度もかけてもらってようやくだ。情けねーけど、俺にできることで皆の力になっていくよ。ありがとな由美子。」
「少しはいいとこ見せないとねー。美紀に負けてらんないからさー私も。」
こうして俺たちは無事、家の奪還に成功した。すぐに美紀たちを迎えに行き、あらためて家の中で落ち着くことになった。次にいつ残骸が襲いか掛かってくるかわからない状況ではあるが、交互に見張りをつけてどうにかしていくしかない。
「部屋は好きに使ってくれ。人数分あるわけじゃないがこんな状況だ。みんながまとめて寝るなんてこともできないだろうから交互に見張りを立てて休もう。」
「見張りならボクがするから安心していいニャ。作られたボクに睡眠というのは不要だからニャー。」
クロのこの発言には驚かされた。まさかこいつが不眠で見張りをやれるとは。有能なこいつをGとか名付けようとしていた自分を恥じた。悪かった。俺は口には出さずクロに謝った。
どうニャ! みたいな顔をしてクロがこっちを見ているのがちょっと気に障ったが、ふいに疑問に思ったことを聞いてみた。
「ん? なら、お前はどうやって生命活動を維持しているんだ?」
「颯汰に引っ付いてるから生命エネルギーは充電できるニャ。」
「俺から奪ってるのかよ!!」
Gより性質が悪かった。俺の謝罪を返せこのやろう。




