2-2:残骸と決意
それはなんとも不気味な生き物だった。いや、生き物というのが正しいのかもわからない。一言で言い表すならば黒いもの。人型と言えばいいのだろうか、身長で言えば1mに満たない大きさだが、こいつらには頭があり両手両足が存在している。胸に赤く光る宝石のようなものが浮かんでいるが、それが脈打っているのが殊更不快でたまらない。
「な、なによこいつら……。」
由美子が疑問を投げかけるが俺にだってわからない。
「おい猫! こいつらはなんだ!」
「だから敵って言ったニャ。ぼーっとしてていいのかニャ? はやく対処しニャいと危ニャいニャ。」
「くそっ!美紀、由美子、離れてろ!」
俺は近くにあったソファーを持ち上げ、それを化け物に投げつけた。身体能力が上がっているので、この程度の力技は容易い。だが一度押し潰されたそれは、ぐにゃぐにゃと歪みながら人型の形状へと戻っていく。
「なんなんだこいつらは!俺の能力じゃ逃げることしかできねーだろうが! くそっ! 一旦逃げるぞ! お前ら掴まれ!」
駆け寄る二人の腕を取り、しっかりと掴んだ。猫は美紀が抱えたようだったが、それだけを確認して俺は瞬時にテレポートした。
どこに逃げるか迷ったが、咄嗟に昨日由美子と訪れた新宿を選んだ。今は家から離れられればどこでもいい。
「おい猫。さっきのはなんだ。説明しろ。」
俺は美紀に抱かれたままの猫を引き剥がし、地面に放り投げた。
「今後は一緒ニャんだから、もう少し大事に扱ってもバチは当たらニャいと思うのだけど。」
「説明しろ! あれはなんだ? そしてなんで俺たちを襲ってきたんだ!」
猫は優雅に毛繕いをした後、ゆっくりと顔を上げた。
「残骸。ご主人はそう呼んでいるニャ。目的はご主人を含んだこの世界の住人の殺害かニャ。」
「殺害って……。なんでそんな……。」
「正確には能力に使用されている力の源と生命力を摂取しているニャけど、根こそぎ奪うから結果は死と同じニャ。要は食事ってとこかニャ。」
食事って、俺たちは家畜かよ。なんなんだあいつらは。なんで突然現れたんだ。いや……それを言うならーー
「猫! 答えろ。なぜお前が来た途端にあんな化け物が現れたんだ。お前が敵だからじゃないのか?」
「それはすまニャいと思っているニャ。おそらく今回はボクを追ってきたのニャ。でもこれだけは言える。ボクが君たちの元にやって来なくても、あいつらは近いうちに君らを襲ってきていたニャ。」
確かに能力者から力を奪うっていう話が本当なら、そうなるのは時間の問題だろう。だが、そもそもあいつらはなんなんだ。
「あいつらは何者だ? なぜこの世界にあんな化け物が存在しているんだ。」
「力の残骸ニャ。この世界を漂っているそういう力の集合体みたいニャものニャ。」
「俺たち能力者が生み出しているってことか?」
「そうじゃニャいニャ。同じこの世界の力を利用する者ってところかニャ。」
そうか。能力者が力を生み出しているのではなく、この世界に蔓延した何かしらの力が俺たちに所謂能力というものを与えているのか。同じ力……そこで恐ろしい疑問が生じた。俺は恐る恐る尋ねる。
「まさか……俺たちが力の制御を誤ったらあんな化け物になるっていうことなのか?」
「それは違うニャ。残骸はあくまで残骸として生まれてしまったニャ。君たちではニャいんニャ。」
どこか含みのある言い方をしている。どういうことだ。
「君たちではない? じゃあ誰なんだよ。」
「颯汰は気にならなかったかニャ? 本来この世界にはいないボクという存在。そして彼ら同様、ボクも黒いのニャ。」
ゾッとした。こいつを作ったのはこいつがご主人と呼ぶ存在のはずだ。そいつがこの猫を作ろうとして出来損なったモノ。それがあの残骸という化け物の正体だっていうのか。
「猫……もう一度聞くぞ。お前は俺たちの敵ではないんだな?」
「それは断言できるニャ。ただ、残骸に関してはボクほどの知識がニャいから食事という単純ニャ行為しかできニャいのニャ。」
「なんのためにお前を作ったんだ。」
「作られたからには目的があるってことニャ。」
「ご主人ってやつがお前を作る理由。それが救いを求めているっていうことと関係があるんだな?」
「そうニャ。そこをしっかりと理解していて欲しいニャ。ご主人は救いを求めているのニャ。」
こいつにも言えることと言えないことがあるようだ。それならばーー
「あとはご主人ってのに直接会って聞いてみるしかねーってことだな。」
「そういうことニャ。」
となれば、今は現状をどうするかだ。こんな化け物が徘徊しているような場所で美紀や由美子を守っていかなければならない。いったいどうやって……。
「ねえ。猫ちゃんさー。あいつら倒すのってどうすればいいの?」
「由美子? 何を言ってるんだお前。倒すって化け物だぞ。」
「逃げ続けてれば終わるもんでもないでしょ? 幸い私にはこれがあるしねー。」
そう言って由美子は銃を出した。
「胸に核があったのは見えたかニャ?あれを潰せば形を保っていられニャいニャ。」
「そっ。ありがと。案外なんとかなるかもねー。」
「ばかな!あんな化け物とやり合うっていうのか! 殺されるかもしれないんだぞ?!」
「じゃあ聞くけどさ。美紀や私が危ない目にあっていたら、颯汰どうするの?さっきみたいに戦うんじゃないの?」
そんなことは当たり前だ。俺がこいつらを見殺しにできるわけがない。能力があるとかないとか、そんなものは関係ない。
「ああ、戦う。戦えないなら連れて逃げる。なんとしてもお前らは守る。」
「私らの中じゃさ。颯汰も美紀もどちらかと言えば逃げるための能力じゃない? でも私だけなのよねー。今戦うための能力を持っているのはさ。」
確かに由美子の銃を、俺はどこかで火力として認識していた。だがそれは戦闘の矢面に立たせようとか、そういうことを考えていたわけじゃない。そんなんじゃないんだ。
「俺に、俺に力があれば……。」
「ねえ颯汰。」
今まで黙っていた美紀が口を開いた。
「私と颯汰の能力ってさ。逃げるための能力なんかじゃないと思うの。結果としてそうなることもあるのかもしれないけど。」
「戦うための能力だとでも言うのか?」
「ううん。守るための能力なんじゃないかな。私たちが守りたい人を守るための。」
「何が違うんだ? 攻撃の能力のない俺に何ができるんだ。」
「結局さー。猫ちゃんが言ってたでしょ。チームワークってゆーの? 例えば私の銃なんて遠くから撃てるんだしー、美紀に抱えてもらって空から撃てば案外いけたりするんじゃないー? 颯汰にビルの屋上に飛ばしてもらって安全な場所から撃つこともできるだろうし?」
平然とそんなことを言ってのける。なんでこいつらはこんなに積極的に戦おうとするんだ。怖くないのか。あんな化け物が相手で。
「生きるためニャよ颯汰。彼女らはそれをよくわかっているニャ。守りたいものがあるニャら戦う。君が思っていることと同じニャ。でもそれは君一人が戦えばいいという問題ではニャいのニャ。」
「男だからとか、そういう話じゃないのよ颯汰。今はみんなで協力していかないと。浩一くんも早めに探さないといけないし、そういう意味では颯汰の能力だって必要なものよ?」
男らしく。そんな考えに縛られ過ぎて、俺が一番今置かれたこの状況をなめていたってことか。テレポートしかできないなら、それを活かしてこいつらの力になる。前向きに、そして生きるために考えて動いていかなければならない。
「大丈夫ニャ。君は強くなる。ご主人もそれを待っているのニャ。だから、それまで絶対に死んだらだめニャ。」
二人も頷いている。俺だけがこんな顔しているわけにもいかないじゃないか。絶対に死なせない。みんなで生きて、必ず帰る。
「わかったよ猫。俺たちは絶対に生き残ってやる。」
「君に伝えておくことがもう一つあるニャ。ボクは君に仕えるために作られたのニャ。だから君に名前をつけて欲しいニャ。」
俺に仕えるためだけに、わざわざこいつを作ったのか。そこまで俺の能力に救いと呼べる何かがあるものなのだろうか。俺自身は俺の能力に納得していないっていうのに皮肉な話だ。だが、こいつは信用できる。俺は今の直感を信じることに決めた。
「名前か。じゃあなんか黒いしG……」
「「やめて!」」
二人の発狂する声が聞こえた。うん冗談だよ。半分くらいは。
「そうだな。単純だけど黒いからクロでいいだろ。どうだ? クロ。」
「センスないわねー。」
由美子が呆れているが知らん。だって黒いんだもの。いいじゃないか。
「君がつけてくれるニャまえなら喜んで受け取るニャ。颯汰。じゃあボクはクロとして君に仕えることを約束するニャ。よろしくニャー。」
そう言ったクロはあろうことか俺の頭の上に乗っかってきた。お前……仕えるべき主の頭の上に登るとか。いい根性してやがるな。
「ぷっ。あいこちゃん可愛い。どんどん女の子っぽくなっていくわね。」
瞬間、俺はクロを引き剥がし地面へと投げ捨てた。
「ひどいニャ颯汰! ボクの居場所を奪わニャいで欲しいニャ!」
俺によじ登ろうと足元で纏わりついてくるクロ。ええいちょろちょろと、やはりGと名付けるべきだったか。最終的に、クロが美紀の服の中に納まろうとしやがったので、仕方なく俺の頭の上に置いてやることにした。そこは一流のロッククライマーでも匙を投げるほどの危険地帯だからやめておきなさい。
こうして、俺たちはクロのおかげでこの世界の一端を知ることができた。でも、それは俺たちの望む日常とは酷く相成れないものであり、それでも受け入れて進むしかなかった。
「さて、これからどうするか。」
「颯汰! あれ!」
美紀が遠くを指差して叫んだ。追いかけた視線の先にいたものは。
そこには、残骸に怯え蹲る少女と、その子を守りながら残骸を剣で切り裂く少女がいた。




