1-8:願いと望み
ーー帰りたい。そんな気持ちは皆が抱えている。あっちで眠りについている俺たちは、この世界で何をすれば起きれるのだろう。そんな理不尽な状況に誰が不満を言うでもなく、まるで日常を取り戻したかのようなこの時間は、俺にはとても大切なものに思えた。願わくば、あいつらにとってもそうであって欲しいーー
「そういえば今日って何日ってことになるのかしらねー。」
突然、由美子がそんなことを言い出した。
「んー?まあそうだな。こっちで一日経ってもあっちじゃ1時間だもんな。先に来たお前は俺たちより体感している日数が長いから、実際にこっちで何日っていうのは個人差があるか。」
「誕生日どーするの? 美紀のさ。」
4月14日。
当然、来た人の感覚によって日にちなどズレが生じているため、由美子からすれば既に過ぎているし、俺からすればまだその日ではない。だが、美紀がこっちに来た日からの計算ならば、明日があいつの17歳の誕生日ということになる。
「確かにそうだな……。なら何か祝ってやるかー。」
「うんうんー。美紀に内緒でプレゼント買いにいこーよ。」
となると、美紀を一人残して俺たちが出かける理由……か。
「美紀に料理を任せて、俺たちは食材の買出しってことにするか。それが一番確実だろう。」
「お、やり手ですなー。こりゃ簡単に浮気してさらっと裏でアリバイ作るタイプかなー?」
「お前なんて浮気してもそれを浮気と思ってなさそーなタイプだよな。」
銃声が鳴った。俺の顔のすぐ横の壁が抉れた。
「これでも私は一途なんですけどー? 颯汰は私をどーゆー目で見てるのかしらねー?」
「ヤダナー。由美子さんが一途だなんて世界の一般常識じゃないデスカ。」
神よ。なぜこのようなやつに銃を与えたのですか……。
「まあいいわ。美紀にはうまく言ってちょーだい。私から言うと、その、あれだからさ。」
珍しく言い淀んだ。なんだ?
「それは構わないが、美紀と何かあったのか?」
再び銃声と破壊音が聞こえた。威嚇射撃を言語の一部として組み込むのは是非止めてもらいたい……。俺の精神と家の壁がもたない。
「み、美紀に話してくる!」
俺は逃げるように、まだ寝ているであろう美紀の元へ向かった。
「美紀ー起きてるか? 入るぞー、って俺の部屋なんだけどな。」
念のため断りを入れてから扉を開ける俺ってマジ紳士。アレな展開だけは勘弁願いたいからな。下には拳銃持った野蛮人がいることだし……。
「んー。颯汰おはよー。」
どのように寝れば毎度、このぴょんぴょん跳ねた見事なアホ毛が立つのか。一度観察日記をつけてみたいものだ。
「美紀。今日の昼飯はお前が作ってくれ。俺と由美子で食材を買いに行って来る。」
「え、それなら私も行くからちょっと待ってて。」
「いや、俺らだけでいい。まだ眠たいだろう? それに作ってもらうわけだし。買出しは俺たちだけで十分だ。うん、むしろテレポートがあるから俺だけでもいいくらいだ。アハハ。」
「颯汰?」
まずい、饒舌になりすぎたか。
「いやほら、今から顔洗って着替えてって待ってる間に由美子がもうお腹すいたーなんて言ってるし、な? 俺らで行って来るからお前はゆっくりしてろよ。」
「ふーん……。由美子のことよろしくね?」
「おう! わからんけど任せとけ。んじゃ行って来るわー。」
女って怖い。俺に浮気とか無理だなきっと。彼女いねーけど。さっさとプレゼント用意して機嫌直してもらおう。
「美紀はどーだったー?」
「由美子をよろしくってさ。」
「あんのバカ……。」
由美子は額に手を当てて、なにやらブツブツと言っている。
「なんだ?」
「あーもう。まあいいから早く行くわよ。テレポートでさっと飛ばしちゃってー。」
「新宿の駅前でいいな。俺もすぐ飛ぶ。」
「りょーかーい。」
文字通り瞬時に飛んできた俺たちは、プレゼントを選ぶために店を回ることにした。やはり女物は女に任せるに限るな。俺一人だったら店を選ぶだけで時間がかかりそうなほど、たくさんの店が並んでいる。
「颯汰ー。これなんてどうー?」
ふと見ると由美子がネックレスをつけて見せびらかしてきた。いや、お前に合わせてどーすんのよ。
「お前に買うんじゃねーよ。あと、あんま高いのは無理だからな。」
この世界で金なんて必要なのかはわからないが、俺たちはできる限り支払いとしてレジに金を入れることにしている。勝手に持っていくのも気が引けるからだ。
「けちー。そんなんじゃ美紀に嫌われちゃうわよー?」
「うるせー。嫌われるも何も、俺とあいつはそういうんじゃねーよ。」
「じゃあ、どういうのなの?」
突然真剣な表情で腕を掴まれた。な、なんだよ、怒ってるのか?
「み、美紀は幼馴染だろう。今んとこそんだけだ。」
「今んとこ、ねー。なーるほど。」
「なんだよ。」
「なんでもなーい。ふーん……まだ泥棒にはならないってことかしらね……。」
並べられたアクセサリーを見ながらそんなことを言っている。
「いや、それは盗んだら泥棒だろう。やめとけよ?」
「ばか颯汰。ほらさっさと選びなさいよー。あんま遅くなって美紀に変な誤解されても困るんだからー。」
窃盗を未然に防いだ俺がなぜ罵られているのだろうか。よくわからん。その後、俺たちは色々と駄弁りながら、ようやくプレゼントにするべきものを見つけた。俺が選んだのは、三日月の縁取りの中に色々な宝石が散りばめられているようなデザインだ。あいつとこの世界で再会したとき、月の光に照らされた女神のような姿が焼き付いていたのが決め手だった。
「ふう。やっと買えたわ。あとは食材買っていかねーとだな。」
「ねえ、颯汰ー。」
「なんだ? なんか食いたいもんでもあるのかー?」
「そうじゃなくてさー。私にもネックレス、選んでくれないかなーってさ。」
「お前誕生日まだだろ。どさくさに紛れて強請ってんじゃねーよ。」
「そんなのわかってるってー。お金は自分で出すわよー?だから颯汰は選んでくれるだけでいいのっ!」
俺にセンスを求められてもな。だがまあ、頼まれたからにはこいつに似合うようなものを探してやろうじゃないか。
「うーん。そうだなあ。由美子ってお転婆とかって言われがちだけど、実は純情乙女よなー。かわいい系が好きだろ?」
我ながら的確な判断だ。そう思って由美子の様子を窺ったのだが、あれ? 間違えたか? 俯いて震えだしたぞこいつ、って顔真っ赤じゃねーか。
「ま、まあ嫌いじゃないわねーそういうのも。……ちゃんと見てくれてるんだ。」
後半は何を言っているのかよくわからないほど小声だったが、照れているのならまぁ予想は当たりってことだよな。
「これなんていいんじゃねーの?」
俺が選んだのは、蝶々結びのようなリボン形の横に綺麗な玉が添えてあるデザインのネックレスだった。
「か、かわいい。颯汰のくせになかなかやるじゃないのー。うん。これにする。これに決めた。」
そう言って由美子は俺が選んだネックレスを握りしめてレジへ向かう。その時、何か呟いていたのだが、俺の耳には届いていなかった。
「お待たせー颯汰。あのね?」
戻ってきた由美子は大事そうにネックレスを抱えたままで、どうやら包まなかったようだ。
ははーん、なるほど。
「つけてやるよ、ほら。」
「お。なかなかできる男ですなー。颯汰くんはー。」
そんな嬉しそうな顔をしてくれると選んだ甲斐があったというものだ。由美子がその綺麗なウェーブのかかった金髪を纏め上げ後ろを向く。こいつも美人だからこういうの心臓に悪いんだよなあ。そんなことを思いながら覚束ない手でネックレスを嵌めてやる。
首から下がったそれをじっと見つめていた由美子が振り返り、笑いながら俺にお礼を言った。『ありがとう』と、ただそれだけのはずだった。でもその笑顔は、俺にはなぜか泣いているようにも見えた。
「由美子?」
「帰ろ。美紀が待ってる。」
そう言った由美子は、もういつもの笑顔に戻っていた。
次回から二章になります。




