第5話 俺のために争わないで!
「遅刻遅刻―!」
と言い、フランスパンを咥えて、学校までの道のりを走る。
これって女子が食パンを食べながら言うのがお約束じゃないっすかね?
なんて思っていると、曲がり角から突然、女性が出てくる。
危ないっ! と思ったが、時すでに遅し。ぶつかってしまう。
「いたた……」
とぶつかった相手は顔をしかめている。
よく見ると、彼女は幼馴染の葉勢森だった。
これまたなんてべたな……と思っていたが、よくあるパターンと異なることが一つだけあった。
それは先ほどまで俺が咥えていたフランスパンが彼女の頭に載っていることだ。
「あれ、私の頭になんか載っている……フランスパン?」
彼女が頭のパンを手に取って、まじまじと見つめている。
「ああ、悪い、それは先ほどまで俺が咥えていたやつだ」
「て、英斗じゃない……なんでフランスパンなんて食べながら登校しているのよ」
「さぁ、なんでだろうな?」
「なんでだろうなって、自分のことでしょ……て、あっ!」
その時、彼女は自分のスカートがめくれていることに気づき、慌てて空いている方の手で元に戻した。
「……見た?」
と上目遣いで訊いてくる。
「見ているわけないだろう、俺は紳士だからな」
「そっか、だよね……」
と穏やかな笑みを浮かべる彼女。
よし、難を逃れることができたと、そう思っていた。
「ところでさ、今日、私、何色の下着を穿いていると思う?」
「黒じゃないか?」
「見ているじゃない!」
ぺちんっ! とフランスパンで俺の頬を叩いてきた。
痛いっ。
「ごめんなさい、本当は見ました、俺は紳士でなく、変態でした……」
深々と頭を下げると、彼女はふっと微笑んでくれた。
「もう、しかたないわね、許してあげる。今日だけだからね?」
「ありがとう、あとフランスパン返して」
フランスパンを返してもらった後、俺たちは学校までの道のりを並んで歩く。
「それにしてもさ、今日は嬉しいな、朝から英斗と会えるなんて……」
葉勢森が顔を赤くして、こちらをチラチラと見てくる。
もぐもぐ、もぐ……。
「その、さ、なんだか、運命を、感じちゃうよね?」
もぐもぐもぐっ、もぐ。
うーん、歩きながらフランスパンを食べるのってけっこうきついな……。
「ねぇ、私の話、聞いてる?」
彼女の声のトーンが急に不穏なものになった。
まずいと思い、慌てて彼女の方を見る。
「ああ、もちろん聞いてるよ。ベートーヴェンの運命の話だろ? いい曲だよな、あれ」
彼女は無言で俺の手からフランスパンを奪い取ると、それで俺の頭をバチンッと叩いてきた。
痛いっ。なんで怒ってんの……?
俺は叩かれた頭を自分の手で撫でていると、後ろから女性が声をかけてきた。
「時丸君、おはよう、一緒に登校してもいいよね?」
花山院さんだった。彼女は葉勢森とは逆側の隣へ並んでくる。
「ああ、もちろんいいぞ」
と俺が言うと、葉勢森がムッとした顔で、花山院さんの方を見た。
どうやら彼女は花山院さんのことがあまり好きじゃないようだ。
「ふぁー……」
と花山院さんが歩きながらあくびをしている。
「花山院さん、寝不足か?」
「ええ、昨日は夜遅くまでネットで、アメリカのエリア51について調べていたから……。ねぇ時丸君、知ってる? エリア51には宇宙人がいるの。あそこでアメリカ人は宇宙人とUFOの研究をしているのよ!」
目をキラキラさせながら語っている花山院さん。
朝から彼女はぶれないなぁ、と思っていると、葉勢森が先ほど奪い取ったフランスパンを俺の口にぶち込んできた。
「むぐっ、むぐぐっ」
「英斗、だめよ、その女と話しちゃ、頭がおかしくなるわ」
「む……いきなりなに? あなた、葉勢森さんだっけ? 私と時丸君の会話の邪魔をしないでくれる?」
「あなたこそ、邪魔しないでよ」
「私が時丸君と話すことがなんの邪魔になってるというの?」
「え、そ、それは……と、とにかくあなたは邪魔なの! どっか行って!」
「あなたがどっか行きなさい!」
「英斗、この女を置いて、早く学校へ行こ!」
と葉勢森が俺の右腕を引っ張ってくる。
「時丸君、早く行きましょう、こんな女置いていって!」
花山院さんが俺の左腕を引っ張ってくる。
いててててっ!
ふ、二人とも、俺のために争わないでぇえええええっ!




