第3話 アポロは月に行っていないのよ
あの日から、花山院さんは俺によく絡んでくるようになった。
今日も彼女は一限目の授業中に話しかけてきた。
「ねぇねぇ、時丸君、時丸君」
つんつんっと隣の席から細長い指で俺の腕をつついてくる。
「なんだよ、授業中だぞ」
「いいじゃない、古村先生はどうせ注意なんてしないわ」
古村先生は教壇に立ち、お経を読むかのように、竹取物語の冒頭を朗読していた。
彼女はおっとりしたかんじの美人な先生で、今のところ怒ったところを見たことがなかった。
「まぁたしかにそうかもしれないが……」
「だからお話ししましょうよ」
「話すって何をだ?」
「知ってる? 時丸君、アポロはね、実は月に行っていないのよ」
どうせ陰謀論だろって思っていたらやっぱりそうか。
「じゃあ、あの月面に旗を立てる映像はなんなんだ?」
「あれはね、フェイク映像なのよ、スタジオでそれっぽく撮影しただけなの、騙されちゃだめよ!」
フェイク映像ときたか。
どうすればこういう陰謀論をこの女にやめさせることができるだろうか……と考えていると、古村先生が「みんな―、授業中の私語は慎んでねー」なんて穏やかな声で言いだした。
周囲を見ると、自分たち以外にもペチャクチャと喋っている奴がたくさんいた。
どうせたいして怒らないだろうと先生を舐めているんだろうな。
花山院さんも「あの映像にはね、おかしな点がたくさんあるのよ、例えばね……」と話をやめる気配が全くない。
こんな状況でいいんだろうか……と思っていると、突然、バンッという音が響いて、みんながびくっと震えた。どうやら古村先生が教卓を叩いたようだ。
「お前らうるせぇんだよ、さっきからペチャクチャペチャクチャ、私語はやめろっっつってるだろ! 小学校の教室かよ、ここは、あん!?」
先生が普段からは想像もできない鬼のような形相で怒ってきた。
みんなもすっかりびびって、「ご、ごめんなさい……」と言い、それ以降はみんな静かに授業を受けた。
*
「まさか、古村先生があんな怒るとはなぁ」
と荒内が腕を組んで言う。
一限目の授業が終わった後、俺と芝池と荒内は教壇の方で、先ほどのことについて話していた。
ちなみに、葉勢森は女子たちとトイレへ行っていて今はいないようだ。
「あれは意外だったな。僕のデータに追加しないと……」
と眼鏡をくいっと上げる芝池。
荒内が俺の肩を大きな手で掴んできて、
「ところで、時丸、お前、ずいぶん花山院といいかんじじゃねぇか、見てたぜ、さっきの授業中、仲良さそうに話しているのを」
「ああ、まぁ、不本意ながらな」
「不本意? なんでだ、お似合いだぜ」
「お似合いって……お前こそなんでだよ、あんだけ花山院さんのことを狙っていたじゃねぇか」
「ああ、あの頃はな、今は……うん、いいや、お前にやるよ」
とポンと優しく肩を叩かれる。
「ふざけんなよ、一週間前はあんだけ俺にオラついてたじゃねぇか、あの頃の荒内に戻れよ! お前、NTR作品に出てきそうな見た目なんだから人の女を寝取ろうとしろよ!」
「お、お前、自分が何言ってるのかわかってるのか?」
荒内の肩を掴んでガクガクと揺らしていると、彼は降参といった感じで両手を上げたので、解放してやった。
「わりぃが、今、俺は別の女に夢中なんだ」
と頬をポリポリと搔きだした荒内。
今まで黙っていた芝池もこれには興味があるようで、「え、だれだれ?」と訊いていた。
「葉勢森さんだ、ほら、かわいいし、いい子だろ」
「は、葉勢森ぃ? お前が? だめだだめだ」
と俺が右手を胸の前で左右に振ると、彼は目を鋭く細めてきた。
「なんでだよ、べつにお前はあの子を狙ってないんだろ?」
「まぁそうだが……」
「ならいいじゃねぇか」
いや、確かにいいはずなんだけど、なんかもやっとするんだよな……。
と思っていると、こちらにズカズカと大股である女生徒が歩いてきた。花山院さんだ。
「もう、時丸君、何をしているの、こんなところで。私とこれからアポロが月に行ったことが嘘であることについて熱く語り合いましょうよ」
と早口で言って俺の腕を掴んでくる。
「あ、待て、俺はこいつらと話が……」
と芝池の方を見ると、彼はとても穏やかな顔で「あ、どうぞどうぞ」と言ってきた。
荒内も白い歯を輝かせて、サムズアップしている。
お前ら……。
「さっきの授業中、あまり話せなくて物足りなかったのよ、授業が始まるまで、いえ、始まってからもたくさん話しましょうね!」
とうきうきした様子で言いながら、彼女は俺を自分たちの席まで引きずってくる。
そうして自席に着いてから、彼女は意味不明な陰謀論を何十分も休みなく話してきた。はぁ……。




