海沿いの王城
海風にさらされる位置にあるフェルディナ城は石造りで、かなり頑丈そうだった。砦のように大きな門があり、脇には兵士が立っている。
アレキサンドの王宮は静かな森の中にあり、優美さや気品を重視した造りになっているので対照的だ。私は興味深く城を観察した。
てっきり従者にでも城の案内を任せられるのかと思ったが、レオン王子が進んで案内をしてくれる。
私たちアレキサンドからの使節団一行には、3階がまるごと与えられた。
「このフロアは今回皆さんのためにご用意しておりますので、好きに使ってください。従者の皆さんの部屋は手前で、奥二つがイリヤ姫とウィスター殿の部屋になります」
先頭を歩くレオン王子は、大きな身振り手振りで説明をしながらずんずんと進んでいく。
あまり早歩きに慣れていない私はついていくのに必死で、説明はあまり聞けていない。まぁ、一歩後ろに控えているウィスターが聞いて後から従者を手配するだろうとあまり気にしないでおく。
3階の廊下の一番奥まできた所で、右手の扉を開けてレオン王子が説明をした。
「ではまずこちらが、ウィスター殿の部屋です。景色は良くありませんが、2番目にいい客室がここしかないもので申し訳ありません」
「感謝申し上げます。私は仕事もありますし、男なので寝れさえすれば構いません。ご準備いただきありがとうございます」
相変わらずウィスターの返事は堅いが、これは嫌味ったらしいものには思えなかった。
私はウィスターの部屋が気になって、開いた扉からひょっこり中を覗く。
客室らしく、応接セットと奥に大きなベッドが整えられていた。シーツはピンと張っていて真っ白く、この城の従者たちが優秀であることを物語っている。石造りの壁で重厚感がある部屋だった。
「それで、こちらがイリヤ姫のお部屋になります。どうぞ」
くるりと方向転換して、今度はその正面の扉をレオン王子が開けた。顔はどこか自慢げだ。果たしてその部屋は、扉こそ他の部屋と全く変わらない造りだけれど、中はウィスターの部屋よりも随分と広かった。
「うわぁ………!!!!」と思わず歓声をあげる。
敷き詰められているのは、フェルディナらしい青い絨毯。シミひとつないその色は、どこかフェルディナの海を思わせる。
大きな天蓋付きのベッドは、ウィスターの部屋と同じようにシーツがピンと張っていて真っ白だ。中に入ると、応接セットやバスルームも備え付けられている。調度品も品がよく、しかし一級品で揃えられているのが分かる。
何よりも目を引いたのが、窓の外だった。
部屋の奥は壁一面大きな窓になっていて、その向こうには大きなテラス、そして広大な海が贅沢に広がっていた。開いた窓から海の風、匂い、光が全て差し込んでくる。
私はまっすぐテラスに出た。すぐ下に砂浜、そこに打ちつける波飛沫までハッキリ見える。
そして、その向こうが見えないほど続く海。今は夕暮れ時で、オレンジ色に染まっている。
「すっごい、綺麗…!」
「よかった、やはりこちらの部屋は景色が格別なんです」
レオン王子が安堵したようにテラスに出てきたので、仰ぎ見る。レオン王子は海を慈しむように、目を細めて私の横に立った。
「本当、素晴らしい景色ですね!私ずっとここに住みたいくらいです」
「はっはっは!いつまでもいてもらって構いませんよ。うちは小さな国ですし、この城に賓客を泊めることなど滅多にありませんので。今日も朝から従者たちが張り切っておりました」
「本当どこも綺麗に手入れされていて、優秀な従者の方達なんですのね」
「いえいえ、本当に遠慮のない者たちなんですが、イリヤ姫にそう言われていたと知ると喜ぶでしょう」
「あら、そうなんですね。是非褒めてさしあげてください。こんな素敵なところに来られて、とっても嬉しいです」
海風に長い髪が靡くので、乱されないように慌てて耳にかける。
「あ、イリヤ姫見てください。あちらです!」
レオン王子が海の向こうを指差した。その様子はまるで少年のようで、なんだか微笑ましい。
「……見えますか?だいぶ向こうですが、イルカが跳ねております」
「えっ、イルカ!?イルカがいるんですか?」
私は慌てて目を凝らす。
あそこですあそこ、とレオン王子も一生懸命指さしてくれるが、私にはそれが光なのかイルカの跳ねた飛沫なのかが分からなかった。
「……すみません。レオン王子は目がいいんですね」
「ええ。毎日見ていますから。この時期はイルカがやってくることがあるんですが、滅多に見れるものではありません。イリヤ姫を歓迎しているのだと思います」
「そうだと嬉しいですね!」
海風を胸いっぱいに吸い込んだ。爽やかな空気が満ちる。
「さて、……あれ、皆さんは?」
レオン王子に倣って部屋を見ると、さっきまでゾロゾロとついてきていた従者たちも、ウィスターもいない。
てっきり着いてきて景色を見ていると思っていたが、よく考えると私の部屋にのこのこ無断で入ってくるような従者たちではない。ウィスターも空気を読むだろう。
「きっと自分たちの部屋の片付けをしているんでしょう」
「そうですか。ウィスター殿にも見てもらいたかったのですが…」
「いえ、ここは私の部屋ですから。ウィスター公爵は嫁入り前の女性の部屋に無断で入ってくるようなことはしないと思います」
「あぁ、そっか、そうですよね!!すみません、俺は全然気にせず……!!!」
ウィスターを庇ったつもりだった言葉だったが、そのままレオン王子に刺さってしまったらしい。慌てて申し訳なさそうに顔の前で手を振るレオン王子に、私はまた笑ってしまう。
「あら、ごめんなさいそんなつもりは…。いいのです。レオン王子が案内してくださったおかげでイルカがいることも知れましたし」
「いやぁこれは大変失礼いたしました」
焦っていたレオン王子が、切り替えるようにパチンと手を叩いた。
「さ、夕食をとる場所へご案内いたします。どうぞこちらへ」
またエスコートするようにレオン王子が一礼して、扉の方に手を差し出した。
*
夕食をとる食堂は流石に大きく、また正面に海が見えるつくりだった。ここも一級の調度品で揃えられている。
ウィスターと合流し、軽いお茶のもてなしを受ける。そうこうしているうちに、フェルディナ国王夫妻が食堂に入ってきた。
「初めてお目にかかります。アレキサンド王国第一王女の、イリヤ・レイ・アレキサンドと申します」
ここは国王夫妻なので、最上位の敬意を払って丁寧な挨拶を行う。私の父上や母上とはまた違う、闊達で明るい印象の国王夫妻だった。
「よくきたね」
「どうぞゆっくりしていらしてね」
「勿体無いお言葉、ありがとうございます」
その後、ウィスターももちろん完璧な挨拶を済ませ、夕食の時間。運ばれてくる料理はあまり馴染みのない味付けだったがとても美味しいもので、フェルディナ国王夫妻は話が面白く、レオン王子も明るく豪快で、会話が非常に弾む楽しい晩餐となった。
「はぁ……流石に疲れたわね」
フェルディナ城の執事に案内されて部屋に戻ると、王宮から連れてきた部屋付き侍女のマーヤが紅茶を淹れて待っていた。
「お疲れ様でした、お嬢様」
「あっ、紅茶…!ありがとうマーヤ、ちょうど飲みたかったの」
客室のソファーに倒れ込むように座る。夜明け前に起きて、丸一日馬車に揺られた後もずっと気を遣った行程だった。一気に緊張が解けて、どっと身体に泥のような疲れが溜まるのを実感する。
とりあえず一日目は無事クリアかな、と自分で自分を褒めてあげる。
「お疲れかと思って、疲れが取れやすいようにとカモミールブレンドを淹れておりますよ」
「さすがマーヤね、本当疲れた…でも外交ってこんな感じなのね。意外と楽しいわ」
「それは良かったです。フェルディナ国はいいところですね」
「……そうね」
カモミールブレンドの紅茶を口にする。華やかな香りに包まれて、私は思わず深い深いため息をついた。
「湯浴みの準備をしましょうか」
「ええ、お願い」
マーヤが立ち上がった時、私の部屋の扉をコンコンとノックする音が聞こえた。
「…誰かしら」
「出てみますね」
立ち上がっていたマーヤがそのまま扉の方へ向かう。そして、ノックの主を尋ねる前に、扉の向こうからは少し低く抑えた声が聞こえてきた。
『すまない、レオンだ。イリヤ姫、もしよろしければ今よろしいでしょうか』
「え」
私も低く抑えた声を出す。正直、今からレオン王子と話すのはしんどい気持ちがある。やっと部屋に帰って来れて、明日も市場の準備風景を視察する予定だ。さっさと湯浴みをしてぐっすり眠ってしまいたい。
しかし、賓客の部屋にわざわざ訪ねてくるということは、きっと何か用事があるのだろう。明日の公務に関係する話かもしれないから、無下にすることもできない。
マーヤが(どうします?)と言いたげな顔で私を見てくる。いやこれは断れない、という意味で首を縦に振った。
マーヤが扉を開けると、レオン王子が立っていた。
私も再度顔にスイッチを入れてそちらへ向かう。大事な外交相手だ、疲れを見せるわけには行かない。
「どうされたんですか、レオン王子」
「いや……その、ちょっと。イリヤ姫にご相談がありまして」
「はい、なんでしょうか」
レオン王子は何やら言いたげだが、何やら言い淀むようにキョロキョロしている。ここでは言いづらい話なのだろうか。しばらく逡巡した後に、マーヤの方をチラリと見た。
つまり、二人で話したい、と。
私は心の中でこっそりため息をついた。部屋で二人きりになるのはいくらなんでもまずいだろう。
「食堂は今空いておりますか?場所を変えましょう」
「はい!本当に申し訳ありません!こちらです」
「マーヤ、さっきの準備だけしておいてもらえる?」
「かしこまりました」
私の助け舟にパッと明るい顔になったレオン王子に、マーヤは少し心配そうな顔をしている。この侍女は私と大して年齢が変わらないのに、よく気が利いてしっかりしている。こんな夜更けに連れ出すなんて非常識だ、とでも言いたげだ。
確かに、少なくともアレキサンドでは非常識と言われる行動だろう。しかし、ここはここの常識もあるだろうし、仕方のないことだ。
「いきましょうか、レオン王子」
そうして場所を変えるために食堂へ歩く。レオン王子は、昼間の明るい様子とは裏腹に何やら考え事をしている様子だった。私も、無言で着いていく。




