まっすぐな人
レオン王子が案内したのは食堂の隅、一人掛け用のソファーが2つと小さなティーテーブルが置いてあるスペースだった。レオン王子がそこに腰掛けたので、私ももう一つのソファーに座る。
「それでご相談というのは?」
「あの…‥」
レオン王子は歯切れが悪い。何を悩んでいるのか知らないが、私はレオン王子が話し出すのを待って、顔をじっと見た。目鼻立ちはくっきりとしていて、パーツが大きい気がする。アレキサンドではない、異国の人。顔立ちからもそれが感じ取れた。
「すみません。男らしくないですよね。俺、こういう男同士のことって苦手で…」
男同士?
話が全く読めずに私は頭の中にクエスチョンマークが乱立した。その間にも、意を決したようにレオン王子が話し始める。
「俺、ずっとアレキサンド使節団の皆さんがくるのを楽しみにしていたんです。特にウィスター殿は手紙で何度もやり取りをしていましたが実に丁寧で、こちらの事情も汲み取っていただいて、感謝しています。そして、年齢も比較的近いから、俺、友達になれるかなって思ってたんですけど……」
「え?」
何言ってるんだこの人。
率直な感想に思わず口から変な声が出た。
「ウィスター公爵と、友達になりたいのですか?」
「えっ、やっぱりおかしいですかね。ほら、フェルディナって貴族とかないし、俺兄弟もいないもんで、男友達みたいな存在欲しかったんですよね。いや、いないことはないんですけど、ウィスター殿はまさに俺が憧れる貴族!って感じの方で……仲良くなりたいなと思っているんですけど。ウィスター公爵は俺には素っ気ないし」
「何の話ですか、これ」
思わず吹き出した。真面目な顔して悩んでいるかと思えば、変わった人だ。
「俺は、ウィスター殿に何か失礼なことをしてしまったのでしょうか…。イリヤ姫なら、何か聞いているかもしれないと思いまして」
「何も聞いておりませんが、違うと思いますよ」
「本当ですか!?」
くすくすと笑いながら即答した私に、レオン王子が食いついてくる。
私はウィスターのことを思い浮かべた。確かに、明るく人懐っこい雰囲気のレオン王子とは対照的だ。けれど、機嫌を損ねたから冷たく当たるというのは、どうしてもウィスターの人物像からは考えられない。むしろ機嫌を損ねたらネチネチと攻撃してくるタイプだろうと私は踏んでいる。
そして、私の部屋の前でこの話をしたくなかった理由も分かった。本人が聞いてるかもしれないところで相談するのは気まずいだろう。
「単にレオン王子が、フェルディナ王国の王太子だから敬意を示しているだけですよ。公爵ですし、それに今回は私の付き添いということもあります。私が困った時以外は、基本的に私に任せるスタンスなので一歩引いてくれているんです」
「本当ですか。何かずっと堅いし、てっきり俺怒らせてしまったかと…」
「ウィスター公爵はそんな人間ではないですよ。まさか王太子にそのように思われてるとは考えていないだけです」
「そうなんですか。いいですね、なんだかイリヤ姫とウィスター殿のような、そういう信頼しあっている関係に憧れるな〜」
「信頼し合っているんですかね…実を言うと喧嘩もしますけれど」
「いいじゃないですか!それって本音で話せているということでしょう!」
「確かに本音ではあります。でも、こうしてレオン王子と話しているのも常に本音ですよ」
「え〜本当かなぁ。でも嬉しいです。本音で話してもらえるの」
正直に言うと、これは少し盛った言葉だった。
確かに本音ではあるが、ウィスターといるときとはまた違う。レオン王子の前ではどこか取り繕っているし、どこかいい子に見えるように気にしている。常に気を張った状態ではあった。どうしてウィスターにはあんなに強気な私になるのかは、私自身にも分からない。
そうしてある程度話が続いたところで、背後からコンコンと、壁を叩く音が聞こえた。振り返ると、侍女のマーヤが申し訳なさそうな顔で立っていた。
「お話中申し訳ありません。…レオン王太子殿下、イリヤ様はそろそろ明日の支度がございます。また明日、ということにしていただけないでしょうか」
やるわね、と心の中でガッツポーズ。正面切って断れないだろうから、こうしてしばらく時間が経ったタイミングで迎えに来てくれたのだ。レオン王子も自分の膝を叩いて、合点がいったようだ。
「あぁ、そうか、そうだな!また明日もあるからな」
「ありがとうございます。…レオン王子、先ほどの話ですが。まずはその、レオン王子の気持ちを直接伝えてあげるのが一番だと思います。無下にされることはありませんから、明日頑張ってみてください」
「…そうか。確かにそうだ。明日、少し話してみよう。遅くまですまなかった、イリヤ姫。本当に感謝します!」
「いえいえ。うまくいくと良いですね」
笑顔で立ち上がると、レオン王子も明日に向けて気合の入った顔をしていた。
正直、レオン王子には悪いが相談内容はかなりどうでも良かった。わざわざ呼び出されてまで話すこととも思えないし、まだ来て初日だ。しかし、彼なりの実直さというかまっすぐな性格が見えて良かったと思う。そして、彼を通してこのフェルディナという国のことも少し分かった気がした。
「ではまた明日、よろしく頼みます!」
レオン王子に手を振られて食堂を後にした。
3階に上がり、私は近くにフェルディナ城の関係者がいないことをこっそり確かめた。
「マーヤ、ありがとう〜。タイミングを見計らって来てくれたのね〜〜」
「いえ、お嬢様も大変ですね。それにタイミングを見計らったのは私じゃありませんよ」
「え?じゃあ誰が」
答えは、3階の廊下の突き当たりに近付くと分かった。
ウィスターが部屋の扉に寄りかかり、腕を組んで立っている。本能的にやばい、と思った。なんだか怒ってそうな。
「ウィスター様より、お嬢様を迎えに行くようにとご指示いただきまして」
「…王女殿下が夜、見知らぬ土地で侍女もつけずにフラフラするような方だとは思っておりませんでした」
まるで睨みつけるような眼をされて、私は背筋がゾッとする。そうだ。この男は機嫌が悪いとこんなふうに嫌味ったらしいことを言ってくるのだ。
私のことを好きでもないくせに、心配しているフリが妙に勘に触る。
「私だって思ってなかったわよ。仕方ないじゃない、元はといえば貴方がそうやって怖い仏頂面してるせいでしょ」
「は?」
ウィスターはその眼のまま、まっすぐ私に向き直った。
「一体何の話ですか」
「私だって聞きたいわよ。私は何の話を聞かされてたのかしら」
「殿下が知らないものを私が知るわけないでしょう。何のお話だったんですか。話してください」
「言えないわよ」
「いいですか、今回はイリヤ殿下の初めての外交で、私は成果を国王陛下にご報告する義務もあります。フェルディナの王太子と何を話していたのか分からないというのは困ります」
そんなこと言われなくても分かっている。
心配しているようで、いつもこういう堅い理屈でしか動かない男だ。そして、話した内容は本人に言うわけにはいかない。私が「仲良くしてあげて」と言えばウィスターはそう動くだろうが、それはレオン王子のためにもならない。
「……大した話じゃないわよ。帰りにでも言うわ」
つんとそっぽを向いて、無言で自分の部屋に入る。部屋の前に立っているウィスターを見た時、少し前だったら心配してくれていたのか、もしかして嫉妬したのとドキドキしていたと思う。そして、その後必ずウィスターに落とされるのだ。こんな風に。
彼を好きでいても幸せになんかなれない。
(………でも、本当は嬉しい)
心がそう叫んだ声が聞こえた。
翌日。
この日の予定は、明日から開催される共同市場の設営状況を確認しに視察に行くというものだった。私と、ウィスターと、レオン王子。さらに数名の護衛や従者を引き連れて、それぞれ馬車に乗り込む。
ウィスターが当然のような顔で私と同じ馬車に乗り込もうとしていたので、慌てて馬車にマーヤを引っ張り上げて扉を閉めた。
「ウィスターはあっち。レオン王子とご一緒しなさい」
「はっ…?」
驚いて固まるウィスターを追い払うように、しっしっと手を振ってカーテンを強引に閉める。
さっさと二人友人にでも何でもなればいいんだわ。
ウィスターの驚いた顔はあまり見れるものではない。私は胸がすくような思いで、馬車の窓から外を見つめた。




