共同市場
今回の公務のメインである共同市場の会場に到着すると、外は人々が集まってテントを立てたり、商品を置くカウンターを作ったりと忙しく働いていた。
アレキサンド王国の宝石などの鉱物と、フェルディナ王国の魚介類などの名物、そして観光の集客を利用し、お互いにとってメリットのある市場を作るのが目標だ。
開催されるのは、明日と明後日の午前中の丸一日半の予定だ。そして市場には客がたくさん来てもらわないといけない。そういうわけで到着した市場会場は、フェルディナ国の有名観光地の一角に設けられていた。観光客が多いだけあって、アレキサンドにはない活気に満ちている。太鼓を叩いていたり、屋台で何かを焼いている美味しそうな匂いが漂ってきたり。私は何だかワクワクしながら従者の手を借りて馬車を降りた。
前の馬車からは、ウィスターとレオン王子が二人降りてくるのが見える。
「何ッ、アレキサンドにはそんなに美人が多いのか!?」
「そうですね、特に貴族の女性たちは気品があるお綺麗な方が多いですよ。レオン王子も今度遊びに来られますか?」
「いいなぁ。今回は来てもらったことだし俺も行ってみたいな。馬で駆ければ日帰りも可能そうだし」
「いえ、それはかなり強硬日程なのでお勧めしませんが」
「俺は海の男だから体力はあるんだ!」
二人並ぶとレオン王子の方が背が高く、しっかりした身体つきをしているのが分かる。そんな二人は馬車の中である程度打ち解けたのだろう、ウィスターの口調も少し柔らかい。二人を同じ馬車にして良かった。
……なんか美人がどうとか聞こえたけど、聞かなかったことにしよう。男性は男性同士、盛り上がる話題が違うというし。
レオン王子、良かったですねと心の中で語りかける。
「…イリヤ殿下。大丈夫ですか」
レオン王子がずんずんと歩いていく、それを横目にウィスターが振り返って私を見た。
「ええ。大丈夫よ。仲良くなれたようで良かったわ」
「私の方が上ですが年は近いですしね。フェルディナの王太子殿下はまっすぐで面白い方でいらっしゃいました。どこかの意地っ張り王女殿下もこのくらいまっすぐだと扱いやすかったのですが」
「うるさいわね。どこかの意地悪公爵がひん曲がっているせいで、一緒にねじまがっちゃったんじゃない?」
「公爵に製造責任はございませんので」
くつくつとウィスターが笑いを堪えている。何だか楽しそうで、私もホッとする。
前を歩いているレオン王子はというと、早速フェルディナの民たちに囲まれていた。
「王太子殿下!」
「みて下さい、今朝獲れたイカでございます!」
「おお、これは艶やかないいイカだな!」
「王太子さまぁ。これ僕が作ったのー」
「おおすごいな、上手に作れてるぞ!そういえばジョエルは船には乗ったのか?」
「乗ったらね、具合悪くなっちゃった」
「そうかそうか、気にするな、最初はそんなもんだ」
大人やら子供やら、大人気である。レオン王子の人柄だろう。
「あっ、そうだみんな。この市場の視察に来られたアレキサンドの方を紹介しよう!アレキサンド国の第一王女のイリヤ姫と、ウィスター公爵殿だ!」
レオン王子が振り返って私たちを紹介する。視察といってもここまで民衆と距離が近いものだと思わなかった。先ほどの子供たちが一斉に私たちのところへやって来て、大人たちも興味津々といった具合に声を上げる。私も思わず身を屈めて、子供たちと視線を合わせた。
「お姫さまだぁ!キレー!」
「ねぇねぇこのお花あげるー」
「ありがとう。大切にするわね。みんなは近くに住んでるの?」
「うん!僕たちすぐそこに住んでるよ!お家に遊びにくる!?」
「コラっ!王女様をおもてなしできるような家じゃないよウチはっ!」
「本当王女様お綺麗な方ね」
「公爵様も何だかスラッとしてるわねぇ。ちょっとレオン様、あなたも見倣いなさいな」
「え?いや〜、俺には無理ですよ。もう筋肉ついちゃってついちゃって」
とても活気のある国民だ。物怖じしない。私の方が少し圧倒されていて、ウィスターをチラリと見るとさすがのウィスターも少し面食らったようだった。
「ささ、ここはまだ入口の方ですから。中の方にいきましょう」
レオン王子が案内するように奥を指差した。振り返って子供たちに手を振ると、みんな笑顔で手を振り返してくれる。アレキサンドとは全然違う距離感だけど、それでも嫌な気持ちには全くならなかった。
*
奥の方へ進むと、ぽっかりと空いた広場があった。
丸く取り囲むように、テントが立っていて店主たちが各々準備をしている。
「ここはダンスなんかできるように、当日は音楽隊が盛り上げてくれる予定ですよ」
「へぇ、いいですね」
「奥にはステージもあります。当日イリヤ姫がご挨拶されるのはあそこです。そして、ステージに向かって右側がフェルディナの出店、左側がアレキサンドの出店の予定です。そしてそれぞれの一番の目玉商品はステージ横のテントで、一番目立つようにします」
「……この配置はどなたが考えられたのですか?」
「これは俺の側近が。なぁに、適当ですよ」
レオン王子の側近であろう人物が、そっと一枚の紙を渡してきた。会場全体の見取り図のようで、テントの位置と、そこに出店する予定の店の名前がずらりと並んでいる。真ん中の広場を境目に、本当に綺麗にクッキリ分かれているようだ。
というか、分かれすぎだ。
「あの…この配置、今から変えるというのはいかがですか」
「殿下?」
私の提案に、レオン王子もウィスターも、そしてそれぞれの側近たちも怪訝そうにしている。
「市場というものは、あらかじめ目当てのものが決まっているというより、あちこち歩いているうちにとっても気に入るものが見つかるものです。いわば宝探しです。こんなにたくさんあるお店の中から見つけ出すのが楽しいのですよ。でも、お店がクッキリ分かれているのはその楽しさが減ってしまいます。宝石が目当ての者は左に、食べ物が目当てのものは右に行って終わりでしょう。新たな商品と出会う機会が減ってしまいます」
うーむ、とレオン王子が考え込む。
これは持論だけど、私には自信があった。伊達にアレキサンドの市場を巡っていない。あれこれ買い物をするのは楽しい、そしてそれがなぜ楽しいのか、何となくわかっていた。
「客はできるだけ歩かせるのです。端から端まで、ゆっくり見て回る。その中でお目当てのものが見つかるか、見つからないかは運次第です。それが市場の良さというもの。その中で、アレキサンドの商品目当てで来られた方がフェルディナのものにも興味を持つ、逆もまたあるでしょう。そうした相乗効果を狙って開催されるのが今回の共同市場だと考えています。ですから右左で分けずに、アレキサンドとフェルディナのお店を交互に配置するのです」
「なるほど!それはいい案ですね。よし、それで行こう」
「王太子殿下…!」
「なぁに、まだ準備は始めたばかりだろう。何のために丸一日準備期間があると思ってるんだ。すぐに担当者を集め、配置変更を告げるんだ」
レオン王子が側近に命じる。側近は呆然としながらも、「はっ!」と言い駆け出していった。
「さすがイリヤ姫、女性ならではの視点ですね」
「ありがとうございます。確かに実体験に基づいてはいますが」
一礼をして、チラリとウィスターを見る。ウィスターは驚いた顔をしていた。やればできるのよ、私も。そう少し得意げな気持ちになる。
まだ昼前だ、店の場所を変えるだけなら今日中に終わる作業だろう。
それからしばらく、店の配置変更で慌ただしく皆が動いていたが、1時間ほどですぐに落ち着いた。適当に交互に配置するだけだから、新しい場所は簡単に決まったようだ。
よく観察すると、隣になった店同士、アレキサンドとフェルディナの店主で話し込んでいる様子も見られた。お互いにいい影響を受けて、人脈の発展などにもなればなお良いだろう。
「イリヤ姫、こちらが今回の目玉商品のテントです」
レオン王子に案内されたのは、市場の一番奥、ステージの目の前にある大きなテントだった。タイミングが悪かったのか、店主たちが何やら言い争っている。
「宝石の方が目玉になるに決まってんだろ!絶対にこっちの方が客がくる!」
「いいえ、そんな安い宝石怪しいに決まってます。うちの商品の方が値段相応ですし、興味を持っていただけます!」
「んだと?そんなんただの骨じゃねぇか!」
「骨ではありませんッッ!!!」
「あぁあぁあああどうしたんですか!落ち着いてください!」
割って入ったのはレオン王子である。アレキサンド側の年配の男性店主と、フェルディナ側の若い女性店主が揉めているようだ。周りでは見物人が様子を窺っている。女性店主はレオン王子に気がついて、慌てて頭を下げ、男性店主も私たちに気がついて、「殿下…!!!」と頭を下げた。
「何かあったのですか?」と男性店主に話しかける。
「いえ……このテントで向こうの店と一緒に出すのは決まってるんですが、どちらを目玉として真ん中に置くかで揉めてしまいまして。お恥ずかしいところを見せてしまいました」
「そう。…あなたのお店の商品は?」
私が問うと、店主がパッと青緑色の宝石を取り出した。大きさは小ぶりで、指輪などに加工するとちょうど良いサイズくらいである。
「なかなか出回らない格安のアレキサンドライトでございます。残念ながら内部に傷が入っているため限界まで安くしておりますが、我が国が名前を冠する貴重な宝石!これを目玉に据えず、共同市場などと言えるでしょうか!」
値札を見ると、確かに安い。この値段で本物のアレキサンドライトが手に入るのであれば、買う人は多いだろう。
「失礼」と言ってウィスターが手袋をつけた手で宝石を一つ取り、太陽にかざしてじっと見た。確かに、偽物の行商人が紛れ込んでいる可能性を考えるほどには安い。
「本物でしょう」
「当然でございます!なんせこの市場の目玉として据えていただけることになりましたので、かき集めて参りました」
「なるほど。あなたの努力は分かりますが、公衆の面前で女性を怒鳴りつけるのは感心致しませんわ」
ここはアレキサンドの名誉にも関わるので、しっかりと叱っておく。さすがの店主もまさか王女が現れるとは思っていなかっただろう、「すみません…」と少し小さくなった。
フェルディナ側の目玉はどんなものかしら、と移動して女性店主の商品をじっと見る。
鮮やかなネックレスだった。素材がわからないが、光り輝く細かい粒を繋げているので、遠目からでもわかるほど煌びやかだ。値段を見ると、これまた驚くほど安い。
「これは…??何でできているの…?」
「これは今フェルディナで流行している珊瑚礁で作ったネックレスでございます」
メラニーと名乗った女性店主が説明してくれる。
「珊瑚…?これが…!?」
「はい、綺麗に洗浄して、均等な大きさに砕いて、それを繋げてネックレスにしているのです。フェルディナの砂をかけるとこうして綺麗に光るので、女性に大人気なんです。他にもブレスレットや指輪もありますよ」
「すごいわね、これ。初めて見たわ」
思わず感動して笑顔になる。その綺麗で丁寧な作品を素直に褒めると、メラニーは嬉しそうに微笑んだ。
二つを見比べたウィスターとレオンが、二人で話し始める。
「確かにどちらの商品も目玉にはなりますね」
「うーん、そうだな。どちらかだけというのは勿体無い。ここは公平にくじで決めるというのはどうだろう?」
「いえ、それだと負けた方が勿体無いですね。例えば午前、午後で交代して目玉にしたほうが良いかもしれません」
「なるほど。一日目、二日目で分けるというのも一つだな」
「しかし先に置く方が有利になりませんか」
「それはあるかもしれない。二日目は午前中で終わってしまうし…どうしたものか」
「ねぇこれ」
私は思わず二人に割って入った。




