ネックレス
「ねぇこれ」
私は真剣に悩んでいるレオン王子とウィスターに割って入った。
「これ、二つ組み合わせたものを目玉にしましょうよ!」
「え?」
「組み合わせる?」
「そう、一つだけ、この素敵なネックレスの真ん中にこのアレキサンドライトを入れたものを作ってもらうの。そしてそれを目玉にするのよ!この両方のお店で買うと、こんなアクセサリーができるという宣伝になるわ!」
「そんなッ…アレキサンドライトをネックレスにするのは穴を開けなければなりません」
慌てふためく男性店主に、レオン王子もウィスターもどこかぽかんとしている。メラニーだけは、私の言葉に目を輝かせてくれている。
「中に傷は入っているんでしょう。見本の一つだけよ。それに、この市場が終わったら私が買い取りましょう」
「殿下…!」
ウィスターが低い声で私を止めるように声を出す。
「交互に出すと言っても、また先か後かで揉めるようなことになっては意味がないでしょう。それに情けではなくて、私が本当に欲しいと思っているから買い取るのよ」
「わざわざ傷物のアレキサンドライトを殿下が購入する意味がありません…!」
「公の場ではつけなければ問題ないわ」
「しかし」
と、間にレオン王子も入ってくる。
「目玉にするからには、同じものが欲しいと言われた時に用意できなければならないのでは。さすがに売るだけで、あとは知らんぷりというのも難しいぞ」
「ふふふ、レオン王子。我が国の職人たちも出店するために来ております。その中には宝石をネックレス化する職人もおりますわ。そんな方達には、彼らを紹介させていただきます。我がアレキサンドの誇る職人たちですが、購入者のご要望なら紹介するのは良いでしょう?」
少しおどけて言う。
「同じ商品が欲しい人は、ネックレスとアレキサンドライトをそれぞれ購入したあと、その職人のテントへ買ったものを持って行ってもらう。もちろん職人にも技術料は支払ってもらいますので、それはアレキサンド側の売上になってしまいますが」
ぽかん、としたレオン王子が、やがて大きく笑い出した。
「はっはっは!!!!アレキサンドの姫君は本当に優秀だ!!きちんと自国の利益のことまで考えられているとは…これは参りました」
「恐れ入りますわ」
スカートを持ち上げて一礼をすると、レオン王子が私の肩にポンと手を置いた。
「その潔さ、発想!非常に気に入った!よし、イリヤ姫の案でいきましょう!!良いですか、二人とも」
レオン王子の言葉に、二人の店主はこくこくと頷いた。
そうして二人顔を見合わせて、ぺこりとお辞儀をする。決して仲が悪くて揉めていたのではない。ただお互いのプライドが折れるのを許さなかっただけだろう。
周りにいた見物人たちも、なるほどなるほどと納得したように散らばっていく。
ウィスターも諦めたようにため息をついて、メラニーに問いかける。
「目玉商品として飾ったあとは、殿下がご購入なさる。一番出来の良いものを見繕ってください。宝石の方は私が選びます」
「は、はい……!!」
メラニーは慌ててたくさんある商品の中を確認し始めた。一件落着かな、と一息ついたと思ったら、急な衝撃が背中に走った。
「きゃっ…!!!!!」
「ありがとうございます、イリヤ姫!!」
レオン王子が私の腰に手を回して、抱き抱えるように持ち上げていた。いつも見上げていたレオン王子の顔が私より下に見える。思わずバランスを崩しそうになって、慌てて彼の両肩に手を置いた。軽々と私を持ち上げたレオン王子は、生き生きと笑っている。
「今日で分かりました、本当に聡明でお優しい方ですね、イリヤ姫!!」
「ちょっ…恥ずかしいです!」
「俺とウィスター殿では思いつきもしませんでした!本当にあなたが来ていただいてよかったです!!」
「お、降ろしてくださいっ…!」
驚きと、あまりの恥ずかしさに耳まで赤くなるのが分かる。
「しかしイリヤ姫、お軽いですね!そうだ、お昼に我が国でよく食べられている屋台料理を一緒にいただきましょう!!!」
「降ろしてくださいぃいっ……」
レオン王子の体格がいいとはいえ、持ち上げられるのは恥ずかしいし少し怖い。
私の懇願したような声に、レオン王子はまた豪快に笑って、そっと地面に下ろしてくれた。
*
それからはあっという間だった。
その後持ってこられた、魚の入った麺料理はまた不思議な味がしたけれど、とても美味しかった。それに、外でテーブルもないままに食べるというのは私にとって初めての経験で新鮮だ。
そのあとは加工職人たちを含め打ち合わせ。加工職人たちも、客が増えるということで乗り気になってくれる。
見本となるネックレスは、メラニーが選んだものとウィスターが選んだものを組み合わせた。時刻はあっという間に夕方である。
帰り、フェルディナ城へ向かう馬車の中で私はウトウトとしていた。行きと同じように、侍女のマーヤが隣に座っている。
「到着しましたよ」
その声にハッと気づくと、いつの間にか揺れはおさまって、私はマーヤにもたれかかっていた。
馬車の入口からは、呆れたような顔のウィスターが顔を覗かせている。
「お疲れのようですね。部屋まで行けますか」
「あ、うん……ごめんなさい」
少し寝ぼけたまま慌てて髪の毛を撫で付けた。ウトウトどころではない、マーヤに安心しきってしっかり寝てしまったようだ。変な顔してなかったかな。さすがのウィスターにも、寝顔を見せたことはないはず。少し恥ずかしい。
マーヤが降りた後、ウィスターに手を借りて馬車を降りる。なんだかとても疲れたようで、眠たい。
あくびを噛み殺しながら歩き始めると、左隣に立っているウィスターが、こっそり囁いてきた。
「眠たそうですね」
「え?あぁまぁ…ちょっと疲れたけど、大丈夫よ」
「私は王女殿下を見くびっていましたね。初めての外交先で、まさかあんなに堂々と、そしてはっきりと意見を言われるとは思っていませんでした」
「ダメだった?」
これはお叱りだろうか。外交経験はウィスターの方がずっとある。確かに、土壇場で配置を変えさせたりとドタバタしてしまった。おずおずと見上げると、ウィスターは笑っていた。
「いいえ。私やレオン王太子殿下では、王女殿下のような解決はできませんでした。私たち両国はただのライバルではなく、手を組んでもっと良い関係になれる。王女殿下からはその方針が伝わってきました」
よかった。お叱りではなく褒めてもらえているようで安堵する。
「天下の公爵様よりお褒めをあずかり光栄ですわ」
「たまには素直に褒められておけばいいのに、全く素直じゃないですね」
「素直に褒められてるつもりよ」
「ははは、私のことを天下の公爵様と思ってるとは思いませんでした。では王女殿下の素直な気持ちとして受け取っておきます」
「ごめんなさい、公爵様はちょっと言い過ぎたわね」
「いや〜光栄ですねぇ」
「もう!」
あはは、とウィスターがまたおかしそうに笑う。
「まぁでも、今日のMVPは王太子殿下ですね。まさか王女殿下を軽々と持ち上げてしまうとは」
「なによ、見てたの!?」
昼間、抱き抱えられたのを思い出してまた顔が火照る。優雅にエスコートされた経験はあるけれど、それとはどこかまた違う距離感。ここはアレキサンドではないけれど、あんな風に接されるのは恥ずかしい。
「はい。微笑ましく見ておりました。これは国王陛下に真っ先にご報告しなければなりませんね」
「他に報告することあるでしょう、私の活躍とか!」
「そんなことよりこっちの話の方が皆さん食いつきそうですし」
「そんなことって何よ!」
くすくすと背後でマーヤが笑っている。笑い上戸のマーヤはいつもこのやり取りを面白く眺めているが、たまには止めてほしい。
「あれっ、二人ともどうしたんだ!?」
先を行っていたレオン王子が私たちに気付いて、振り返って手を振っている。ウィスターと言い合ったおかげで少し目が覚めた。
「イリヤ殿下はお疲れのようで」
「そうか、イリヤ姫。本番は明日からだ!今日は部屋に食事を運ばせますので、ゆっくりお休みください」
「…いいのですか?」
「もちろん。では手配を。……ウィスター殿は、俺に付き合ってくれるか?」
レオン王子がクィッと、グラスを傾ける仕草をした。ウィスターも満更ではなさそうである。
「私でよければ、いくらでもお付き合いいたします」
「よし決まりだ!ではイリヤ姫、また明日」
「王女殿下、何かあれば言ってください」
「はぁい、また明日」
男二人はやいのやいの言いながら、食堂に向かって歩いていく。晩酌でもするのだろうと、私は苦笑した。
昨日のアレは何だったのよ。
けど人懐っこいレオン王子だ。ウィスターも楽しそうにしているし、うまくいっているようで安心できる。
「マーヤ、いきましょう」
「ええ、お嬢様」
本番は明日からだ。今日はゆっくり寝よう。そう思って、マーヤと一緒に自室の方へ足を向けた。




