騎士団
華やかな夜会から数日経ったある日、私は王宮内にある騎士団の訓練所を訪れていた。
定期的に剣術を習うのは、護身のためというのと、シンプルに運動のためだ。王族というのは体力勝負なところもあり、私は体力作りのために時々訓練所でウィスターに剣の稽古をつけてもらっていた。
騎士たちは、心身ともに鍛えている者が多くて気持ちが良い。貴族たちの夜会のような、遠巻きに見られて羨望の眼差しを浴びることも嫌いではないけれど。騎士団のメンバーは皆真正面から大きな声で挨拶をし、明るくハキハキとしている。私はこの空間がとても好きだった。
「わざわざ今日も負けに来るなんて、本当にイリヤ殿下は物好きですねぇ」
目の前のウィスターは、半ば呆れたような表情をしていた。先日の夜会の、背筋が伸びた立ち方とはまた違う。少し力を抜いて、左手は腰に差した剣の柄に乗せるようにしている。
私はといえば、稽古の邪魔にならないようにはちみつ色の髪の毛はまとめて、頭の高い位置で一つに結んでいた。二人とも動きやすさ重視の、訓練服を身につけている。
「負けるとは限らないじゃない」
「逆になんで勝てると思ってるんですか。私は騎士団副団長ですよ」
「いいじゃない。騎士団副団長の公爵から一本取った伝説の王女になってやるわ」
にやりと笑って、右手に持っていた訓練用の木刀の矛先をウィスターに向けた。
「相手が弱いからって油断している隙が一番危ないのよ」
「ほう、なんだかそれらしいことを言うようになりましたね」
ウィスターもにやりと笑みを浮かべた。しかし立ち方は、力を抜いたままで変わらない。
と、こうして向かい合う私たちに割って入る挨拶があった。
「イリヤ王女殿下!おはようございます!!」
「あら、ルイ伯爵、ごきげんよう」
大きな、明るい挨拶をしながら駆けてきた彼は、ルイ・オニキス伯爵。ウィスターと同じく副団長で、ウィスターの友人でもある。
年齢は確かルイの方がウィスターよりさらに二歳ほど上だったけれど、二人は幼馴染みらしく、お互い遠慮はない。
「今日も稽古に来られたんですか?さすが殿下、素晴らしいお心がけですね」
「ありがとう。よかったら貴方も一度お相手してくださらない?」
「滅相もございません。殿下のお身体に傷でもつけたら私は父にぶっ飛ばされてしまいます」
「ルイ、たまには変わってくれよ。手加減するもんだから俺は何の稽古にもならない」
「何言ってるんだよウィスター。王女殿下の担当はお前だろ?」
「俺の知らない業務を勝手に作るな」
「こないだの夜会で確信したね。お前は王女殿下の専属だ!!!」
「おいやめろ!」
「ふふふ」
いつものような、随分と砕けた二人の様子に笑みが溢れた。
普段は貴族たちにも表向きの、爽やかで理知的な表情をするウィスターの素の部分。やはり友人のルイといるときは自然な姿である。
ルイは大きな手のひらで、ウィスターの背中をバシバシと叩いている。それを嫌がって避けるようにウィスターが振り払う。長身の男二人が戯れあっているようでなんだか可笑しい。
二人とも先日の夜会とはまるで別人だ。
「ほら殿下、やるならとっととやりましょう。ルイ、そこ邪魔」
「はいはい、邪魔者は退散いたしますよ」
「ルイ、そこで私がウィスターから一本とるのを見ていて」
「承知しました。イリヤ殿下、がんばってくださいね」
小さくガッツポーズをしてみせるルイに、私も小さく拳を作って答えた。
ウィスターはといえば心底面倒臭そうな顔で、腰に差していた剣を抜いて少し離れたところに置き、木刀に持ち替えた。
「………では王女殿下、始めましょう」
「望むところよ」
お互い剣を構える姿勢になる。
ウィスターは公爵子息として、幼い頃から政治の教育を受けてきたから屈強な兵士というわけではない。それでも、副団長に任命されるというのだから、それなりの実力者だ。
一本とるのはなかなか険しい道のりである。
「……………」
私は大きく息を吸い、呼吸を整えた。
静寂が満ちる。
ウィスターとの距離をはかった。私の足だとニ………いや、三歩ほど。うまく間合いを詰めないと、ただ普通に受けられて終わってしまう。
ウィスターの表情を観察する。
この間の夜会ではニヤニヤと馬鹿にするような笑みを浮かべていたり、爽やか笑顔だったりしたが今日は違う。吊り目気味の目がまっすぐと私を捉えている。
ダンスの時とはまた全然違う真剣な目に、感情は読み取れない。
いや、面倒くさいとは思ってそうだけど。
私は息を吸って、そして、
間合いを一気に詰めた。
足捌きだけは自信がある。伊達に社交界でダンスばかりやっていない。
右手で木刀を振りかぶって、一気にウィスターの胴を狙う。
ガツン、と木刀同士がぶつかりあう、重たい音がした。ウィスターは当然のように、木刀で私の太刀筋を受け止めた。
しかしこれは想定の範疇だ。
最初の一撃は受けられて当然。
そのまま木刀の筋を変えて、また反対方向から攻める。
ガツン、ガツンと続けて音が響く。
胴、背後、頭と様々な場所を狙うが、全て易々と受けられてしまった。
そのまま何度も木刀を交わす。
木刀がぶつかり合うたびに、右手には重たい衝撃と痺れが走る。けれど、嫌な痛みではない。この間の靴擦れの方がよほど嫌な痛みだった。
楽しい。
私は、こうしてウィスターに相手をしてもらえている時間は楽しいのだ。身体を動かし、汗をかくのも悪くない。
「王女殿下、息があがっておりますよ」
「……うるさい、わねっ………!随分と余裕なことでッ…!!」
また背後に回ろうと試みたが、やはりウィスターの正面しか視界に入らない。
私の動きは完全に読まれている。彼の顔をチラリと見上げると、また意地の悪い、右の口角だけあげるようにニヤリと笑っている。
腹が立つ。
一瞬、左手の方に視線をやった。左足もその方向に踏み出し、左手に回り込む、
……と見せかける!!!!!
案の定、ウィスターはそちら側に身体の正面を持ってくる動きをした。
いまだ。
私はスッと身を屈める。体重は左足にかけているけれど、まだ余力を残していた。一瞬で右足に体重を移動させる。そのまま木刀は小さく順手に持ち替えて、右側に回り込む。
バシッ!!!
衝撃が背中に走った。
気がついたら目の前の景色がくるりと翻って、青い空が広がっていた。
「あまり隙をつこうと考えすぎてもいけませんよ。背中がガラ空きになってしまいます」
「はい、ウィスターいっぽ〜ん」
やれやれといったウィスターに、ルイの声が少し離れたところから聞こえてきた。私は地面に倒れ込んで空を見上げる格好になっている。
「殿下は私から一本とろうとしすぎです。それに固執するあまり、自分を守るということがお出来になっていない」
むむぅ。そんなことは分かっている。
分かっているのだ。
それでも、いつかウィスターから一本とってみたい。手合わせをしていると、その気持ちが大きくなってついつい攻めすぎてしまう。負けたくない。負けたくない。
「殿下の一番の目的はご自分の身を守ることですから、私を狙うより、まずは攻撃を受けないように。考え方が異なります。しかし、太刀筋は前よりかなりよくなりました。持ち替えなども〜〜〜………」
ウィスターは講釈を垂れながら、身を屈めて横たわる私が起き上がれるように右手を差し出してきた。
私も右手で彼の手に掴まる、と見せかけて、彼の肘の辺りを思いっきり掴んで地面に投げ飛ばした。
「はっ?」
驚いた顔のウィスターが地面に倒れ込んでゆく。完全に油断をしていて、屈むような姿勢になっていたからこそ体勢が崩せた。
「今ッ!!!!」
今度は横たわっているウィスターに再度木刀で狙いを定める。
「とったわ!!!!」
彼の頭に思いっきり木刀を振り下ろした。
つもりだった。
またもやバシィンという音がして、今度は肩の辺りに痛みが走る。そして私の木刀は虚しく地面を叩いていた。
ウィスターは素早く私の右手の方に転がって起き上がり、そのまま逆手で私の肩を攻撃したのだ。
「いぃっ…………たぁぁ〜」
「だから無謀だと申しております」
右肩を左手で押さえたら、バランスを崩して頭から倒れ込みそうになった。地面が近づいてくる。
「きゃっ」
あ、転けた。と思った。
むにり。という感触がして、結果的に私が地面に倒れ込むことはなかった。ウィスターが恐らく反射的にだろう、左手で私の胴体を抱え込むように支えてくれていた。
もんだいは、位置だ。
む、むむむむむね。
ウィスターの左手が、私の胸元に触れていた。恥ずかしさで顔がいきなり赤くなるのが分かる。鼓動が上がる。
む、胸、さわられた。
勿論わざとではないし、こういう下心を向けてくるような男ではない。だからこそ剣の稽古をつけてもらっている。これは事故、事故。
必死に言い聞かせる。
たぶん私今、耳まで赤い。
「……失礼しました」
ひょいと私の身体を起こしたウィスターはといえば、まるで何事もなかったかのように手を離した。
そのまま背中についた埃をサッと払っている。
「殿下は本当に負けず嫌いでらっしゃる。普通あそこからまた攻撃するなど、人間であればプライドが許しません」
「はーい、ウィスターがいっぽーん」
鼓動が早い。思わぬ出来事に頭はぐるぐるしている。嫌味を言われたような気がするが、それを咀嚼する余裕はなかった。
チラリとウィスターを窺ったが、まるで何事もなかったかのように…私を見下していた。本気で呆れているようだ。
ドキドキしているのは私だけのようだった。落ち着け落ち着け。たかが胸。事故。息をついて呼吸を整える。ウィスターにとっては何でもないことだったのだろう。何せ直後に嫌味を言う余裕アリだ。
「……いけたと思ったのに」
ようやく絞り出した台詞に、ウィスターがため息をついた。
「いけませんよ。大技がすぎます。貴女が一番隙だらけですよ。本当よくぞ思いつきましたね。感心します」
呆れてモノも言えないといった様子だ。
「ぷっ……あっはっはっはっ!!!いやぁこれは面白いものを見せていただきました!」
しばらく経って、離れたところで見ていたルイが大きく笑い始めた。
「イリヤ王女殿下、本当に負けず嫌いでいらっしゃいますね。プライドなど関係なく、勝ちにいくその姿勢は非常に見応えありました。しかも、非常に素晴らしい考えでもあります。ウィスターは………全くお前も素直じゃないんだから……はっはっはっ!」
「あ?」
ウィスターは何を言われてるか分からないといった表情でルイを睨みつけている。ルイはといえば何か可笑しいところがあったらしく、しばらくツボに入ったのか笑い続けて、「私は絶対殿下のお相手は無理です怖いです」と言って、その後も手合わせをしてくれることはなくなった。




