やきもち?
夜会も終盤になって、私はその後も誘われるまま、貴族の子息たちとダンスをした。
(……そろそろ疲れてきたなぁ)
今日はいつにも増して華美なドレスだから、それに合わせた慣れないハイヒールを履いている。普段履くものではないから、なんだか左踵に嫌な予感がしていた。
いつも慣れない靴を履く時は色々と対策をするんだけど、それでは足りなかったみたい。
けれど、私はいつの間にか男性たちに囲まれていた。「次は私と」という声が聞こえてくる。
そりゃあ、普段は会わないような人たちばかりだしお近づきになりたいだろう。それでも足のことを考えると、それに時間的にも少し厳しかった。
何曲か踊って、少し汗ばんだ頬に髪がはり付いている。
えーと、こういうときはどうしようかな。
困ってしまって考え込んだ。
王女たるもの、断って失礼にはならないだろうけど。言い方を考えないと、それぞれに爵位の違う彼らはここでバチバチの階級社会バトルを始めそうだ。
ここはもう切り上げるのが正解よね。
そう思って口を開こうとしたとき、私を取り囲む輪をすり抜けてきた人影があった。
「王女殿下、あちらで陛下がお呼びでございますよ」
「ウィスター公爵」
私を取り囲んでいた輪がサッと広がった。割って入ってきたのはウィスターだった。
ウィスター公爵は貴族社会のトップだから当然だろう。私はいいタイミングで現れてくれた彼に安堵した。
夜会も終盤だろうから、父上が私を気遣ってウィスターを寄越してくれたのだろう。助かる。
「参りましょう」
入場のときのように、右手を差し出された。玉座までエスコートしてもらえるのだろう。ここは途中で声をかけられたりしても面倒だし、素直に甘える。
ゆっくりと歩を進め始めたウィスターに合わせて、私も歩き出した。
「王女殿下、またの機会に」
そのような声が輪のほうから上がり、私は振り返って小さくお手振りを返した。
これで変な揉め事は起きないわね。
一安心して振り返っていた顔を正面へ戻すと、そこへウィスターが顔を覗き込んできた。至近距離に群青色の瞳が、まっすぐ私を見ている。そのまま、周りに聞こえないよう小声で囁かれた。
「肘に掴まっていただいて構いませんよ、殿下」
「え?」
「左足、痛みますでしょう」
「気づいてたの…!?」
「ははは、何年一緒にいるとお思いですか」
そうしてウィスターは手ではなく、右肘を差し出してくれた。
「なんでそういうところは気が効くのよ。変な男ね」
「素直に褒めてくださってよろしいのですよ」
「…そうね。ありがとう」
周りに聞こえないこそこそとした会話だけれど、さすがの彼もここで私を揶揄う気はないようだ。
私は彼の肘を掴んで、周りから見えないように左踵への負担を減らす。細身とはいえ、剣術も嗜んでいるウィスターの腕は、私よりも筋肉がついてガッシリとしている。
「全くイリヤ王女殿下は断るのが下手くそですね。あんなに連続で踊ったら痛みますでしょう。王女殿下の足がお可哀想だ」
前言撤回。
彼を見上げると、表情こそ外向きの爽やかな笑顔だけれど、誰にも聞こえないように囁くその声は完全に面白がっている。
「だって断れないじゃない」
「断ってよろしいのですよ。王女なんですから」
「というか、見てたのね。てっきりあの令嬢と盛り上がって途中離席でもされているのかと思ってたわ」
「いやぁ、あの令嬢は話がお上手でいらっしゃいましてね。盛り上がったのは本当ですよ」
確かに、彼はずいぶん楽しそうに話をしていた。それでも、こうして最後には私を気遣ってくれるところが、嬉しい。
それは第一王女だから、かもしれないけれど。
それでも嬉しくて、思わず自然と口角が上がってしまう。
「アズライト公爵家当主は女性関係が派手でいらっしゃること」
「そんな当然のことを言われても痛くも痒くもございませんよ」
気持ちを隠すように放った皮肉は、ニッコリと、バッサリ斬られた。
この男はいつだってうまく躱していきやがる。
「そういえば、そんなに私に盾突いてよろしいのですか。私は本日王女殿下に踊っていただいておりません」
「あ」
と思った時には遅かった。
ウィスターは私が掴んでいる右肘をサッと離し、身を翻して私の正面に立った。そのまま手が私の腰に添えられて、グッと引き寄せられる。
空気を読んだのか、オーケストラの曲が変わった。今晩の最後の曲になるだろう。
「ちょっと」
「では、一曲いきましょうか」
「貴方さっきまで足の心配してなかったかしら」
「いやぁ、王女殿下が一生懸命私のことをチクチク刺してくるものですから、踊っていただいてないことをつい思い出してしまいました」
サラッと言うウィスターにうぅ、と言い返せない。
それに、新しい曲が始まってしまった。
「も〜〜〜〜………」
口ではこう言うが、私も彼も顔は笑顔で固定されている。
周りから見ると、仲の良い、いい感じの王女と公爵にでも見えるだろうか。本当にそうだったら良かったんだけど。
「それに、どこかも分からないような下級貴族たちとは踊られるのに、私とは踊らないというのも納得いきませんしね」
「え?それって」
ヤキモチ、かしら。
確かにいつもウィスターと踊っている。やっぱり、他の貴族とだけ踊るのは、さすがのウィスターも妬いたりするのかな。
少しだけ胸が波打った。
「王族と公爵家の仲が悪いと思われても面倒じゃないですか」
「……………なるほどね」
なんだ、政治か。
一瞬でも鼓動を打った心臓が、早まっただけだった。
そうだ、これはこういう男なんだった。
「さぁ、いきますよ」
思い返せば、私の初めてのダンスの相手もウィスターだった。その頃から、踊るときの合図はいつも「いきますよ」だ。
音楽に乗せて、くるくる回る、指先を伸ばす、ステップ。
ウィスターのリードは、身体がおぼえている。ウィスターの腕に掴まったまま、足を一緒に運ぶ。
どこかからか歓声も聞こえてくる。
楽しい。
自然と身体が音楽に乗る感覚。考えなくても、次の足が、手がついてくる。
彼を見上げると、ウィスターはいつもの群青色の瞳でまっすぐ私を見つめていた。
「笑顔が固いですよ。王女殿下」
「足が痛いのよ」
それでも、さっきよりは左踵の痛みは気にならなくなっていた。ずんと引き込まれる。今この時、彼の深い色の瞳に映っているのは私だけ。
あぁ、やっぱり堪らない。
この瞬間が、そしてこの空間に私を連れていく彼が、大好きで、とても楽しい。一曲なんてあっという間だった。
会場は大歓声と拍手に包まれる。
お互い向き直って、一礼をした。
「いやぁ、光栄でしたぁ」
「棒読みになってるわよ。思ってないくせに」
再度私をエスコートする体勢に戻ったウィスターは、私の言葉に可笑しそうにくつくつと喉を鳴らしている。
「本当のことですよ。王女殿下」
私はこうして二人でいられるのが楽しい。ウィスターもそう思ってくれているのだろうか。さっきの令嬢と、どっちが楽しい?
もちろんそんなこと言えないけれど。
また彼の右肘に掴まり、そのまままた歩き出す。その前に、彼の左手が私の頬に軽く触れた。私の頬に貼り付いた髪をサッと避けてくれる。もちろん、周りには見えないような自然な動きだった。
こういうことをされるから、どんなに揶揄われても馬鹿にされても、彼のことは嫌いにはなれない。
「さぁ、もうすぐですよ」
夜会は、終わりだ。
会場の拍手はしばらく続いていた。




