救出
ツゲの木は昨日の馬車の混乱を示すように抉れていて、それに沿って進んでいく。道はゆるやかな登り坂だったり下り坂だったり、馬車が通れる程度の、緩やかな起伏で続いた。
強引に進んでいたため、車輪の跡が土についている。一体何故こんなところに迷い込むことになったのかは分からないが、全員が無言で先を進んだ。
念の為、元の道に戻れるようところどころの木に布を巻いている。
十分程歩いただろうか。先頭を歩いていたルイが無言で手を挙げた。
「この先、人の気配がする」
騎士団員は全員身を屈め、ウィスターも極力音を立てないように、ルイに忍び寄った。
こっそりと窺うようにツゲの木の間を覗くと、もう少し進んだ先は広い空間が空いているようだった。ぽっかりとあいた山の中の広場。下手したら公式の山小屋より広い。そしてその先にーー木々の間にようやく、馬車が見えた。
「馬車だ」
ウィスターの声におお、と団員たちがどよめく。しかしルイは厳しい表情を変えず、仕草だけで「シッ」と合図をする。
「……賊か?」
「おそらく。殿下の一行は何人いたんだ?」
「侍女と…御者に護衛が二名くらいだったから、八人か」
「…もっといる気がするな」
ルイは眉をひそめて、ツゲの木越しに感覚を掴もうと集中していた。ウィスターもそっと聞き耳を立てた。団員たちも息を潜めて屈み、極力気配を殺す。
小屋の方で、急に男たちの大きな笑い声が起こった。
「……んだよお前、………もん持ってご機嫌じゃねぇか」
「そりゃーこんだけいいもん食って………俺はもう……でもいいや」
「でもあの馬車の中はどうする……こがバレたら面倒だ…」
「なぁに、分かりゃしねぇさ……山なら俺たちが一番……」
ざっと十名程度だろうか。主に話している男と、周りで笑っている男たち。
ウィスターは険しい顔は崩さずに、ルイに囁いた。
「人数はそこまで多くない。俺たちだけで叩けるだろう」
「命は?」
「第一優先は生け捕りだ。命の危機を感じたら殺害もやむなし」
ウィスターの声は低かった。その低い声に、全員が無言で頷く。
「小屋の前に見張りもいないっぽいね」
「好都合だな。窓がある。誰か撹乱で窓を割れ。それに気を取られているうちに一斉に突入しよう」
簡単に役割を決める。
一番危険な突入の先陣を切るのは、度胸や経験のあるベテランの団員。窓を割るのは比較的若い団員を割り当てる。窓を割るためには、小石を拾い袋に入れる。
ウィスターの小声の合図で、団員たちが小屋の前に猫のように忍び寄った。身につけた鎧の音もほとんどしない。王宮騎士団は戦争に行くというより、こういった賊や反乱分子の討伐が主な任務だ。要は、慣れている。
扉の前には突入組が六人、それぞれの窓の前に一人ずつ。ウィスターとルイは他十数名と共に、小屋から少し離れたところを取り囲んだ。
山の中に先ほどまで息づいていた生き物たちも、何やら不穏な空気を感じたのか静まり返った。
やがて、バリィン!!!!!という剣呑な音が鳴り響く。
ーーー結果は、圧倒的だった。
制圧まで、一分足らず。
小屋の中にいたのは九名の男たちだった。この辺りを縄張りにして、手頃な馬車を襲っているのだろう。急に割られた窓に驚き、唖然としている中突入した団員たちに取り押さえられた。
馬車の中に一人いた見張りも、同じく窓の音に驚いて何事かと出てきたため、そこはすかさず近くにいた団員が取り押さえる。時間にして十数秒、あっという間の拿捕劇だった。
「制圧完了!」
その声を聞くや否や、ウィスターは馬車に駆け寄った。
三台の馬車は、小屋の裏に乱雑に停められている。馬は繋がれていないが、馬車の外には微かに何かの出血の痕跡があった。不穏な空気を感じる。
ウィスターが馬車を覗き込むと、縛られた護衛や御者が計四名、ぐったりと中で倒れていた。
もう一台は。次の馬車を覗き込むと、侍女二名と御者が一名、同じく縛られている。もう一台は……荒らされた荷物のみ。
くそっ、と思わず声に出し、侍女が閉じ込められている馬車の扉をこじ開けた。脱走防止だろうか、表側から木の皮を打ちつけてある。半ば木の皮を引き剥がし、侍女の一人の肩を揺らす。
侍女は、背中に回した両腕を縛られ、足までも縛られていた。抵抗の跡だろうか、服や髪が乱れている。顔はやつれ、口には布が縛られていて、冬だというのに汗をかいていた。名前は…マーヤといったか。
ウィスターはイリヤのお気に入りだった侍女の名前を記憶から引っ張り起こす。
「おい、おい!!大丈夫か!!!」
少々乱暴に肩を揺らす。しばらくすると、侍女がゆっくりと目を開けた。
「……!!!!」
目を開け、しばらくウィスターの顔をぼっと見ていたマーヤは、状況を理解したのかいきなり悲痛な顔になった。
そっとマーヤの頭の後ろの布の結び目をウィスターが解くと、それを待っていたかのように、マーヤが叫んだ。
「ウィスター様!!!お嬢様が…!!!」
「イリヤがどうした!!!」
呼び捨てで呼んでいることにもウィスターは気づかなかった。
嫌な予感が背中を這っていた。馬車にも小屋にもイリヤはいない。
「お嬢様は……連れ去られました…!!!」
マーヤの両目にみるみるうちに涙が溜まった。マーヤのほとんど叫びのような声に、ウィスターの顔がこれでもかと歪む。もう一台の馬車でも、助けられた御者や護衛が口々に「殿下が…!」と叫び始めていた。
いっそ、いっそここで同じように捕らえたままにしておいてくれたら。縛られてても気絶してても、ここで気のおける侍女といた方が、よほど楽だったろうに。
「どこへいった!」
ウィスターの声もほとんど怒声だった。
その勢いのまま、腰に差した短剣をとり、マーヤの手と足のロープを一気に切る。隣でまだ気を失っている侍女のロープも切った。自由になったマーヤの手首には、ロープの模様がひどく赤く、皮膚を傷つけた跡が見える。
「あいつらの仲間の一人が…連れ去ったんです。お嬢様を…」
「あいつ、殿下のことを…!分け前はこの女でいいと言って、殿下だけを…」
「昨日襲われて、そのあと夕方頃、殿下を連れてここを去って行きました……!!!」
くそ。最悪だ。
ウィスターはゆらりと立ち上がった。小屋にいた賊たちは皆捕えられて、団員に縛られて組み敷かれている。その中の、中心人物であろう男の前にしゃがんだ。
「おい、お前らの仲間の一人。殿下を連れて出ていったろう。どこいった」
男は「へっ」と笑い捨てた。答える気などなさそうに、「本当に王女様だったんかよアレ…」と呟いている。
ウィスターはまた立ち上がった。表情は冷たく、もはやそこには何の感情も載っていない。
そして、足で男の顔を派手に蹴り上げた。
「ぐへええっっ!!!!」
情けない声を出して男の歯が飛ぶ。その様子を見下ろしたウィスターは、もう一度今度は反対足で男を蹴り上げた。
「ブフアァッッ…!!!!」
「話す気になったか?話す気になったら殺さないでやるよ」
ウィスターが発した声は刃のように冷たかった。手加減も何もない、今ある怒りを全て足にこめたような、勢い。
ルイが背後で「あー、汚い…」と呟いているのが聞こえる。確かにこの男の血液が靴につくと思うと汚らわしかったが、ウィスターはあまり気にしていなかった。
「わ、わあったわかった…!!って言ってもよ、俺らも場所はよくしらねぇんだ…」
歯が抜けた衝撃で舌足らずな喋り方になった男は慌てて首を振る。
「だからどこだ」
「さぁ、フェルディナの方にそういう店があるからさ、そこに行って楽しむんじゃねぇの?」
「そういう店?」
男が下品に笑った。
「あいつぁさ、俺らに見られんのがやなんだよ。自分一人しかいない場所でゆっくり楽しみたいの。今回も、取り分は金はいらねぇ、女だけで良いっていふから、揉めたけど結局それで手を打ったんだ…!」
楽しみたい、の言葉にウィスターの眉がぴくりと動いた。
しかし表情は変えず、冷たい言葉だけを放つ。
「人をモノ扱いか。随分いいご身分だな」
「やっ…俺らはずっとこうやって生きてきてんだよ!フェルディナで稼いだってちっとも生活ぁよくならねぇ!今日この日にアレキサンドの王女様が通るって噂になっててよぉ、試しに来てみただけなんだ!!お前らアレキサンドの兵士だろ?いいよなぁお前らこそいいご身分でさァ!!!」
「そうだな、少なくともお前たちよりはいい暮らしはしているよ」
「そういう見下したところがウゼェんだよ!!」
ケイトが、いつかフェルディナは治安が悪いと言っていた。
王城の厳重さ。多い兵士たち。レオン王太子は、見た時はどんな時も護衛をつけていた。
フェルディナで半年前に出会った人、見た町は本当に上澄みだったのか。少なくともこういう不満を持つ層もいるのは事実だろう。
「どうせお前らは、王女様がいらないからフェルディナに売ったんだろ!?あんな可愛いのに男の名前がつけられた可哀想な王女様をさぁ、いらないからあの国王に体よく押し付けたんじゃねぇのか、いらないんだったら俺らがちょっと貰ったっていいだろぉ!!」
「…実に豊かな想像力で結構。もういい」
ウィスターは再度男の頭を踏みつけた。また変な声を出して、男の頭が地面にめり込む。
いらない?
フェルディナですらうまく生きていけないお前らが、勝手にあいつの価値を決めるのか。何も知らないくせに。
「……殺す価値もない。生かしておけ。フェルディナに引き渡そう」
「はい。……閣下、イリヤ殿下はどうしましょう」
男を捕まえている団員もどこか不安そうだ。見つかりさえすれば、場所がわかると思っていた。
居場所が分からないのが一番辛い。
ーーーーーと、そこへ。
麓の方から、三発の空砲の音が鳴り響いた。




