ミグリの山
「ウィスター、どうする」
馬から降りると、それ騎士団副団長のルイが声をかけてきた。ここまで走ってきた馬は熱い息を吐いている。
朝一番に騎士団を集め、そこから駆け抜けて時刻は昼過ぎになった。一刻も早く捜索にとりかかりたいところではあるが、さすがに休憩の入れどころだろう。
「…二組に分けよう。徒歩で捜索する者と、馬に乗った者。道を外れた捜索に馬は邪魔だ。あと、伝令係を一人か二人。あとは、見つかった際の合図を考えたい」
「あぁ、誰かが見つけた時に知らせる手段がいるな」
さすがルイは話が早い。ウィスターも頷いた。
「組分けはルイに頼む。あと、山に入る前に休憩をいれよう」
「賛成だ。一呼吸いれないと山でこっちが倒れちまう。見つかった際の合図は何か考えてるか?」
「いや………銃声が響くからいいかと思ったが、紛らわしいか」
「確かにな。煙幕弾も山に入ると見えないし、フェルディナ側が持っているかも分からない。銃声で、合図のリズムを決めておくというのはどうだ?」
「リズム?」
「そう。例えば、殿下を見つけたときは空砲3回、とか」
「なるほど。じゃあ見つけて捜索終了にするときは空砲3回にしよう。賊の襲撃に遭って人手が欲しい時は空砲2回でどうだ」
「オッケ、それいるね。あとは…ちょっと軽食とりながら考えよう」
ルイはげっそりした顔でウィスターの肩をぽんぽんと叩いてから振り返った。団員に今の話を伝えてくれるようで、遠慮なく任せる。
アレキサンドとフェルディナの国境の山は、ミグリの山と呼ばれている。交易も一時は全てこの山を通っていたが、今は輸入や輸出などは船の方が効率がいいため使われていない。
麓から見上げると、かなり高いように感じる。馬車が通れる程度の道であればそのままフェルディナまで繋がっているのだが、何せ深く険しい山ではあるので、人目のあるような山ではない。
ウィスターは辺りを見回した。麓はオパール領の小さな町と田畑になっていた。いきなり王宮騎士団がぞろぞろと数十名やって来たので、何事かと少し騒然としている。
ウィスターはその中に立っていた一人の年配の女性に声をかけた。
「…失礼。昨日のこのくらいの時間に、この辺りを豪華な馬車が通りませんでしたか」
「え…ええ、通ったみたいですよ。私は見とりませんが、娘が見たとはしゃいでおりましたねぇ…」
「山の方でしょうか」
「そうです、ミグリの山の方へ向かっていたみたいですね」
「ありがとうございます。感謝いたします」
年配の女性は戸惑いつつも答えてくれた。その他、野次馬に来ている女性たちに聞いてみても同じような回答だったため、やはりミグリの山に一行が入って行ったところまでは間違いなさそうだった。その他、診療所や食料を分けてもらえそうな店の場所を教えてもらう。
町の人間たちは「何があったんです?」と不安げな表情だったので、曖昧に濁した。王女が乗った馬車が行方不明、という噂は極力立てたくはない。
あらかた情報収集を終えて、ウィスターは団員たちがそれぞれ持って来た軽食をとっているところに戻った。
「やはり昨日ミグリの山に入ったところまでは足取りが取れるな。これが、診療所や食べ物の店の地図だ」
手書きで雑に書いた紙を、ルイに渡した。
「助かる。……ウィスター、お前も食っとけ。結構体力勝負になりそうだぞ」
「…分かってる」
正直食欲は全くないが、素直に応じて腰掛けた。持ってきていた堅いパンを齧って、水で流し込む。
味は感じないが、義務のように無理に飲み込む。その間に、ルイは作戦を皆で練り始めていた。
「ウィスターどうする、麓から人海戦術で登っていくか?」
「…いや、登るのは負担が大きいだろう。二人一組で馬で登る。そこから一人は徒歩、一人は馬に分かれて降りて行こう」
「なるほど、降りながら探すか。山小屋の類は?」
「道沿いに所々ある。そこも確認しながら登ろう。あとは馬車だ。あんなでかいものが消えるとは考えづらい。きっとまだ山のどこかにある。そこに事情を知る者がいるだろう。一緒に探せ」
「了解。まぁ確かに、車輪の跡とか見ながら一回登っちゃったほうがよさそうだね」
「ルイから聞いたと思うが、応援要請は空砲2回、殿下発見時は空砲3回。空砲が聞こえたら周囲を警戒しつつ音の鳴った方へ迎え。俺たちは捜索要員だ、はぐれたり遭難したりするな。必ずペアの所在と自分の位置を確認しながら進むこと」
『はい!!』
団員たちが揃って、気合いの入った顔で頷く。
「君は伝令係だ、まず馬で駆けて、フェルディナの捜索隊を探してきてくれ。こっちの状況と、向こうの状況も聞いてきてまた報告を」
「はい!」
ルイがテキパキと指揮をしている。
飄々とした男であるが、ウィスターはこういう場のルイは信頼していた。
ウィスターが立ち上がると、パン屑が地面にこぼれる。急いで食べたので行儀が悪いのは致し方ない。
「よし、いくぞ」
「出発!」
ルイの声で、麓の町に残る伝令係一人を除いた全員の団員たちが、一斉に騎馬に跨った。
*
山に入ると、なだらかで曲がりくねった獣道が続いている。馬車の車輪と思われる跡も確認できた。
登っていくと、途中に山小屋が一つ。中は空で、全員それを確認したあと無言で先へ進む。
道は先へ進むほど険しく、細くなり、馬車一台がやっも通れる程度の所もあった。山は冬だというのに木が生い茂り、太陽を隠しているため薄暗い。
「……冷えるな」
風は入らないが、森林特有の芯から凍える冷たさが地面を這っている。
ウィスターが呟くと、ルイも「これが夏ならなー…」と答えた。思っていても口には出せない。この寒い中で一晩を明かすなど想像もつかなかった。どこか冷えを逃れられる場所を見つけられていればいいのだが、今のところ辺りを見回しても木と植物しか見えない。
「ま、うちの王女殿下なら強いしどうにかしてそうだけどね」
「ただの遭難ならな。襲われてたらどうする」
「襲ってどうするの、金品を取ればいいじゃないどうせ山程持ってる。命まで取る愚策は起こさないでしょ」
「お前みたいに賢い賊ばっかりとは限らないだろ」
「へー、俺賢いんだ、ありがとう」
ウィスターは前で手綱を握る、古くからの友人で同僚であるルイをチラリと見やった。彼にしてはやけに軽薄で、楽観的だった。
「珍しいな、ルイがそういうこと言うの」
「なーんかさ、緊張しちゃうからこういうの。極力緊張はほどいて、リラックスして辺りを見回しといて。俺は前を見てるから」
「了解」
捜索ということは、いずれ終わりが来る。
最悪の事態を考えるとーーー冷たくなった一行を見ることになる。そしてイリヤも。
だめだ、考えるな。ウィスターはできるだけ視野を広く持ち、後ろに過ぎ去っていく景色に異常がないか見張ることに集中した。
かなり駆けたところで、ウィスターが「止まれ!」と声を上げた。ルイが手綱を引いて、馬が不服の声を上げながら回るように立ち止まる。後に続いてきた団員たちも同じように止まった。
「……ここ、馬車が通ったんじゃないか」
ウィスターはひらりと馬から降りて、低木が茂ったところを覗き込んだ。ぼんやりと、違和感を探すように景色を観察していたところで、この部分だけ低木がすっぽり抉れたようになっているのが気になった。
「ツゲの木ですね」
詳しそうな団員が、およそ身長の二倍はありそうな低木を見上げて言った。
「詳しいな」
「はい、山育ちなもので」
そして問題のそこは、馬車道から脇にそれるように、先に進んだように抉れが続いている。馬車が強引に押し通ったのか、枝が折れて脇に落ちていた。
「確かにこの先に何かがある可能性はある、か」
ウィスターはゆっくりと辺りを観察しながら歩いた。風で木々がざわめく音と、遠くで鳥の声がする。襲撃を受けたのであればこのあたりに矢などが落ちているかとも思ったが、その形跡はない。
「ウィスター、車輪の跡がある。こっちで間違いないよ」
ルイの呼ぶ声に戻ると、ツゲの木の割れ目の先に、真っ直ぐ突き進んでいくように車輪の跡が残っていた。肌に触れないように、慎重に木をかき分けている。
「変だな。これはまるで」
「真っ直ぐこっちに突き進んでいったように見えるね……」
てっきり賊に襲われたのだと思っていたが、それにしては痕跡が少なすぎる。何かがあって、こちらの道に進まざるを得なかったのだろうか。
「…計画変更。この中へ行こう」
ウィスターが言うと、皆が一斉に頷いた。




